第6話 ハロー異世界

 零斗が目を覚ました時、教室ほどの広さの部屋で倒れていた。

 地下なのか、ほんのりと涼しくじめじめとした空気が漂っている。

 そして、わずかに埃の匂いも混ざっていた。


 周囲を見渡すと、自分以外にも十人ほどの少年少女が倒れている。その中には案の定、自分が見知った顔の者も混じっていた。息をしていることから、気絶しているだけのようで一先ず安心である。


 ――――部屋はどうやら何かの儀式をしていたようで、岩壁に囲まれ、何本かの柱が天井を貫くように立っており、それらの中心部に描かれた幾何学模様の中に自分たちはいた。

 正直、部屋の内装を決めた者のセンスを疑うが、それは今考えるべきことではない。


 それよりも自分たちを取り囲むように立ち並ぶ、白いローブに身を包んだ大勢の人間。


 さっきまでいたところと情報量の多さはさして変わらないが、似たようなことが起こると不思議と混乱しなくなってくるもので、今度は零斗はいたって冷静でいられた。


 ――――逃げるか?

 否、それにしては囲んでいる人数が多すぎる。それにここがどこか分からない以上、無策に逃走するのはかえって危険だ。


 だが、このまま寝転んでいても状況は変わらない。

 ……さてどうしたものか、と考えていると、聞き覚えのある声に自分の名前を呼ばれた。


「零斗ッ!」

「……やっぱり、颯も来てたんだね」

「分かってたのか? 一先ず、お前も何ともないみたいだな」

「まぁ、何かされたような形跡はないね」

「……お前なんでそんなに落ち着いていられるんだ?」


 やけに落ち着いた対応をする零斗にやや困惑する颯だったが、ひとまず安心したのでため息を吐く。

 こうして何よりも先に友達を思いやれるところは本当に尊敬すべき点だと零斗が思うと同時に、やはり少し眩しく感じた。


 ――しかし、心配すべきは自分ではなく、咲夜の方だろうと思いつつ、倒れている者達に零斗が目を向ける。

 いつの間にか倒れていた他の者達も目を覚まし始めたようで、だるそうに体を起こしている。


「新城さんは大丈夫かな……」

「――そうだな。新城もあの変な模様に捕まってたから」


 零斗が周囲を見渡す。すると、すぐに咲夜の姿が目に止まった。


 ……何やら見知らぬ男に話しかけられていたが。


 制服らしきものを着ていることから、自分たちと同じ境遇だと思われる。

 しかし、お目覚め早々女性を口説くとは、よほど肝の据わった大物か、それとも事の重大さを理解できていないただのアホか。

 どちらにせよ、声をかけられている咲夜本人は、不安と困惑、迷惑という感情が入り混じった表情をしていたため、速攻颯を連れて彼女の元へ向かう。


「新城?」 

「あ、桜井くん。それに灰瀬くんも」


 颯が声をかけると咲夜がこちらへ向き、見知った顔を見て、ようやく安心した表情を浮かべる。

 ……だが、それを快く思わない者がいた。


「……咲夜ちゃん。その二人は?」


 先程まで咲夜に話しかけていた男である。

 咲夜が颯に話しかけるために背を向けた際に、彼女に見えない位置で不機嫌な表情を見せたのだが、それを見た零斗はあまりの分かりやすさに笑いそうになったのは内緒である。


「俺は桜井颯。新城とは同じ学校の同級生だ」 


 彼はは颯を品定めするような目つきで一瞥すると、そのまま零斗の方に目を向ける。

 少し間をおいて視線の意味を理解すると、めんどくさいのを何とか隠しながら零斗が口を開いた。


「……灰瀬零斗、です。同じくその二人とは同級生」

「……ふ、あっそ」


 零斗が話をしている途中で鼻で嗤いながら、少年がもういいよと言わんばかりに遮った。


 ――――なんか嫌われるようなこといいましたっけ、僕。

 少なくとも自分の知る常識では名前を言った程度で嫌われるようなことはないはずなんですけど。


 半目で零斗がそう訴えていると、聞いてもいないのに少年が勝手に自己紹介を始めた。


「――――俺は葉山真司(はやましんじ)。まぁ咲夜ちゃん以外はあんまり話すことないと思うけど、よろしくな」


 刺々しい言い方で咲夜というよりは、後ろにいる颯と零斗に向かってそう言った。


 ――――ここまでしている人間に言っても無駄だとは思うが、その除外した咲夜に物凄い引いた目で見られていることに気づくところから始めるべきだというのが、零斗が真っ先に抱いた感想だった。


 そして、咲夜の後ろで二人が一瞬顔を見合わせた後、すぐにお互いが同じことを考えていると悟り、静かに目を合わせて頷き合った。


「――――おおっ、成功しましたか!」


 そんな時、何やら興奮した声を上げながら、異様な雰囲気を持つ一人の老人が部屋の中に入ってきた。

 髭を蓄え、杖を突きながらローブの端を引きずって歩く姿は、真っ先にあるものが連想させられる。

 同時に彼がこちらへ歩いてくる際に零斗は、あの時対面した“神”に近い雰囲気というべきか、正体の分からない圧迫感を覚えた。


 尤も、その程度は神そのものに比べたらはるかに小さく、意識しなければ感じない程度のものだったが。


「お初にお目にかかります。私は国家魔導士長、マクス・ウィズと申します。どうぞお見知りおきを」


 零斗達を見るなり、マクスと名乗った老人がきれいなお辞儀をしたので、つい反射的に彼らは日本人の性でお辞儀を返してしまった。


 ――――魔導士、と確かにマクスはそういった。


 と言うことは、零斗があのよくわからない空間で神に言われたことは、どうも本当らしい。

 それにあの格好、どう見ても、誰もが思い描くような魔法使いそのものである。

 杖もよく見たら持ち手の部分に宝石が埋め込まれていて、ただの装飾ではないことを示すように、杖に刻まれた模様は宝石を中心に伸びていた。


「突然召喚されて困惑していることでしょう。話すと長くなります、どうぞこちらへ」


 そう言って上品な笑みを見せると、マクスは部屋から出て行ってしまった。それを見て、自分たちの周りの者達はみんな互いに顔を見合わせて話し合いはじめる。


「おい、どうする?」

「付いて行くしかないんじゃ……」

「……行くだけ行くぞ」


 周りの少年達は先に部屋から出ていき、マクスの後を追った。そして気が付けば、後に残ったのは颯と咲夜、零斗だけになった。


「俺達も行くか」

「そうだね」

「………」


 零斗が無言で周囲を見渡す。そして、ある一人の白ローブの者に視線を合わせて一人で頷き、今度は彼の元へと歩いていく。


「……ど、どうかしましたか?」


 まさか近づかれるとは思っていなかったのだろう。男は、やや動揺しながら、突然自分の元にやってきた零斗に声をかける。

 それには答えずにじっと男を見た後、零斗が口を開いた。


「……一つ確認したいんですが、貴方、魔法が得意じゃないですか?」

「――――? いえ、魔力こそ有り余っていますが、適性が弱く、魔法そのものはあまり得意ではありませんが……」

「そうですか。どうも」


 その回答を聞いた零斗は何やら納得したような表情をして、男の元から離れ部屋を後にする。


「ちょ、零斗! 待てよ」

「灰瀬くん? どうしたの?」


 突然の零斗の行動に若干置いてけぼりにされていた二人だったが、彼が部屋を出ていくのを見ると慌てて後をついていった。


「……彼らの世界にも魔法はあったのか?」


 後になって零斗に質問された男は、ここまでの説明で彼らにはまだ“魔法”という単語を使っていないことに気が付き、疑問に思ったが、その答えは出ないままだった。

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