第5話 ハーレムスキルでハーレムの兄嫁に突撃!

 意地を張ってみても、ホレイントに打つ手があるわけではなかった。

「さて、どうしたものか……」

 空腹で、頭が働かない。従卒が無言で放り出していったスープやパンを、凄まじい勢いで口に運ぶ。

「あ……」

 身体が、妙に熱かった。朝食を食べつくしてから窓を開けて、外の冷気を浴びても汗がじっとり滲んでくる。

 服を全て脱ぎ捨て、ベッドのシーツにくるまっていると、部屋のドアがけたたましく叩かれた。

「一大事でございます! この扉を開けてはなりません!」

 今朝は口も利かなかった従卒が、わけの分からないことを叫んでいる。

「どうした!」

「門が……門が突破されました!」 

 そこで聞こえてきたのは、女たちの喚く声である。

「ホレイント様!」

「全てを捧げます!

「アタシたちを奴隷にしてください!」

 ある意味、反乱や暴動よりも恐ろしかった。

 体当たりでもしているのか、扉が揺れている。

 裸のままベッドから転がり出して、扉に鍵をかける。

 ベッドもバリケードにしてみたが、叩きつけられるものも、人の身体ではなくなったらしい。

 武器庫から持ち出したらしい破城槌で、城の門より遥かにもろい扉は無残に破壊され、ホレイントはベッドと共に床へ引っ繰り返された。

 目から火花が散って、気が遠くなる。


「やっと気付いたのね」

 目が覚めると、そこにはグレムジュの端整な顔があった。

 どうやら、ここは後宮の寝所らしい。

「見事に騙してくれたな」

 グレムジュは、さもおかしそうにからかった。

「こんなに女たらしだったなんて……だからお妃に選んでくれたのね」

 深紅の衣を1枚脱ぎ捨てて、胸と局部を小さな布で隠したグレムジュがさっと撫でるのは、ベッドに裸のままくくりつけられた身体だ。

「触るな……!」

 だが、身動きできない傍らに、グレムジュはぴったり添い寝した。

「凄い汗。この香炉の煙と、同じ匂い」

「香炉……」

 そこで閃いた。

 ドラウミュルの言う媚薬とは、これだったのだ。

「やっと気付いたの?」

 グレムジュは、くすくす笑いながら、肌を密着させようとする。

「やめろ……」

 顔を背けると、グレムジュは熱い吐息と共に身体を起こした。

「いいわ、お兄さんより可能性がある」

「何の?」

 その呻きに、うっとりとグレムジュは答えた。

「私たちの、子どもを残してくれること」

「お前と……兄上の?」

 だが、グレムジュは意外なことを言った。 

「後宮を仕切るのは私。誰かが誰かの子どもを残せば、産んだ女を操ればいい」

「その香でか……?」

 全ては、この女が仕組んだことだったのだ。

 後宮を利用して、王国を支配するために。

「そう、これを嗅いだ者は、嗅がせた者の魅力に捉われる……」

 グレムジュはそう言うが、集めた宮女たちが兄王に魅了されなければ意味がない。

「女たちは?」

「香の効き目は、汗の匂いを嗅いだ者にも及ぶの。お兄様が命じれば、どんな奉仕でもしたでしょうね」

「じゃあ、兄上は?」

 不審に思って尋ねると、グレムジュは自嘲気味に鼻で笑った。

「手も触れようとしない……私にも、女たちにも」

 ベッドから滑り降りたグレムジュは、さっき脱ぎ捨てた深紅の衣をまとうなり、長い金色の髪の中から細い短剣を取り出した。

 それを逆手に握って、ホレイントに振り下ろす。

 だが、切られたのはホレイントをベッドに縛る縄だった。

 跳ね起きようとすると、グレムジュは悲鳴を上げた。

「助けよ! 王弟が乱心した!」

 これも罠だった。

 鼻から口までを分厚い布で隠した軽武装の女たちが、剣や槍を手に、寝所になだれ込んでくる。

 後宮を守る女衛兵たちだった。

 グレムジュは短剣を胸元に構えて、泣き叫んだ。

「何をしておった! このような狼藉を許すとは!」

 女たちは、一斉に武器を構えるとベッドを取り囲んだ。

 どうやら、媚薬の香は吸い込まない限り、効果がないらしい。

「待て、私は!」

 王妃を裸で襲ったように見えるホレイントが弁明する前に、喉元を剣が襲った。

 紙一重の差でかわしたところで、聞き覚えのある声がどこかで囁いた。

「キミの力を、信じて……」

 横目で眺めた女衛兵の顔は、すでに陶然と潤んでいた。

 そこで、背後から槍が突き出される。

 その穂先は横から振り下ろされた剣で斬り飛ばされていた。

「分かってるだろ? どうすればいいか」

 そこにいたのは、革の服に鋼鉄の胸当てを付けたドラウミュルだった。

 グレムジュはと見れば、その姿はもう、寝所にはなかった。

 そうしている間にも、ドラウミュルに新たな刃が襲いかかる。

 ホレイントは、裸のままベッドの上に立ち上がった。

「その者に手を出すな! 私は逃げも隠れもしない!」

 女衛兵たちの視線が、大理石の彫刻のような身体に集中する。

 ホレイントが辺りを見渡すと、床の上に落ちた武器が一斉に音を立てた。

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