第3話 幼女と巨乳お姉さんの誘惑

 そして次の朝のことである。

 ホレイントは、日の昇る前から物売りに身をやつし、城の門から出た。

 霜の下りた門の外で、出入りの商人の使いらしい、幼い娘に会った。 

 その前に立つなり、その目を見つめる。

「顔見知りの洗濯女がいたら、昼にこの門の前に来るよう伝えてくれ」

「うん……分かったよ、お兄ちゃん」

 子どもには似つかわしくない、潤んだ目が朝焼けの光に輝いていた。

 背後から夕べの少女の声が聞こえる。

「それでいいわ……」

 振り向いたときには、朝日の中に行き交う人々の群れがあるばかりだった。


 日が高くなってから微行(おしのび)と理由をつけて護衛付きで外へ出ると、裏門の前に若い女がいた。

 護衛に足止めして近寄ると、目が合うが早いか、遠目にも胸の谷間のくっきりした胸を見せてするすると近寄ってくる。

「洗濯女にございます」

 護衛の目もあるので、用件を手短に告げた。

「王弟ホレイントである。洗う下着に数字が刻まれていたら、日暮れにここで告げよ」

 潤んだ目で、女は答えた。

「ひとつ残らず調べてまいります」

 護衛が駆け寄ってくるよりも早く、女は裏門の向こうに消えた。


 夕方まで市中を見て回って、再び城の裏門に戻ったときである。

 あの洗濯女が、家路を急ぐ人々の間を縫って駆け寄ってきた。

「分かったか?」

 洗濯女は熱い吐息と共に耳元で囁いた。

「陛下の生まれた月日にございます」

「宜しい。褒美を取らす」

 懐に手をやりながら囁き返すと、洗濯女は一言だけ答えた。

「そのお情けだけで充分でございます」

「情け……?」

 何のことだか、見当もつかなかった。


 いつも自室に運ばせている夕食を取ってすぐに寝ようとしていると、食事を下げさせた従卒が困った顔をして戻ってきた。

「後宮の洗濯女が、お目通りを願いたいと」

「いかなる用か」

 あの難題についてのことかとも思ったが、従卒は目を背けて答えなかった。

「会おう」

 そう言うと、従卒は深々と頭を下げた。

「思し召しにより、支度はしてございます」

 促されるままについていくと、城の奥の、普段は使っていない小部屋に案内された。

 人払いを命じて従卒を下がらせると、ホレイントは扉の中に滑り込んだ。

 しばしの沈黙の後。

 ホレイントは、凄まじい勢いで部屋から飛び出した。

 従卒が静かに歩み寄ってくる。

「ご用はもうお済みで……」

「何だあれは!」 

 声を低めて尋ねると、従卒は怪訝そうに首を傾げた。

「お情けを賜りたいと」

 部屋に入ると、ロウソクの灯の中で、あの豊かな胸をした女が清潔な白い夜着を脱ぎ捨てたのだ。

「追い返せ!」

 従卒は顔をしかめる。

「……お気に召しませんでしたか?」

「いいから!」

 ホレイントはそう言い捨てて、その場を離れる。


 逃げるように戻った自室には、もう1人の従卒がいた。

 月明かりの中で振り向いたのはあの少女、ドラウミュルだった。

「……ね? ちゃんと誘惑しないと、ああなるんだ」

「お前は……!」

 怒りと情けなさで、身体が震えた。

「キミが素敵だってこと、ちゃんと知ってた方がいいよ」

 すっかり混乱したホレイントは、ムキになってごまかした。

「どうだっていい、そんなこと」

 間髪入れずに、ドラウミュルは口を挟む。

「よくない。キミが正しいと思うことをすればいいんだ」

 目を開けると、窓から冷たい風が吹きこんでくるばかりだった。

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