Loop3 5/20(金) 11:53【油甲怪獣:2】
五月二十日は雨だった。前の五月二十日も、さらにその前の五月二十日も。
「ごめんフジマ君。先に行っておいて」
適当な言い訳をし、ジュンペイはアキラをウラサカの元へと向かわせた。彼は何も知らない。ジュンペイのことも、ウラサカのことも。それでも彼ならば、ウラサカを守ってくれると信じられた。たった一日の付き合いだが、それぐらいのことは分かる。
「……よし」
刹那、ジュンペイは走り出す。傘も持たず、雨をかき分けて。力が欲しいと願えば、自然と体の中に心地よいエネルギーが沸いてくる。それは光となって、ジュンペイの体を包んだ。
超人マイティ。彼は地面を強く蹴り上げ、ダイダロ目掛けて両足を向けた。
2022年 5/20 (金) 11:53『天羽沢商店街周辺』
まるで戦艦大和の大砲が発射されたかのような爆音、それは開戦の合図だった。超人マイティが両足を揃え、ダイダロの胸にドロップキックを浴びせたのだ。
「うお、ホントに出てきたよあの巨人! おっしゃやれー!」
「うるさい、黙ってて気が散る」
すぐさま、ジュンペイの頭に声が響く。
(聞こえるジュンペイ? あいつの体温はどう?)
後ずさりし、吠えるダイダロ。乱暴な目覚ましにかなり不機嫌そうだ。マイティは向かい合い、超感覚を発動した。
(……うん、ウラサカの言った通り少し低い)
ダイダロはいつもより激しく蒸気を纏う。原因は雨だ。ダイダロの表皮に滴る雨がすぐさまアスファルトの熱で蒸発し、ダイダロの体温を奪っていた。
(思った通り動きも鈍いわね。作戦通り、このまま海に叩き落とすわよ)
ウラサカの作戦はシンプルだ。ダイダロを海水に浸けて機能を停止させる、以上である。曰く、海水に浸ければ体表のアスファルトが固まったまま動けなくなるし、運が良ければ甲羅の隙間から海水が侵入し、体内の発電機構を破壊できるかもしれないという。
マイティが助走を付け、渾身の飛び膝蹴りをダイダロに打ち込む。効いている様子はないが関係ない。少しでもダイダロを海に向かわせる、それこそに意味があるのだから。
マイティの攻撃に、ダイダロが下がっていく。方向は南、工業地帯を越えて海の方へ。ウラサカの所まで離れると、その様子がよく見える。
「……いいよな。あいつは」
アキラが上げてた両腕を、ふと力なくおろした。
「守りたいものを好きなだけ守れるんだから」
「……そんなことないわ。彼はまだまだ弱い」
アキラの肺から空気があふれ、ため息となり大気に混じる。
「俺さ、守りたい人がいたんだ」
「……そう」
「一生かけて幸せにするって決めたのに、俺何も出来なかったんだ」
「……それが普通よ。人間はそこまで強くなれないわ」
「だよな。だからあいつが羨ましいんだ」
拳を握りしめる音が、その場に響き渡る。
「もっと強くなりてえよ。どんな方法でもいい、後悔しないだけの強さが欲しい」
ウラサカは返す言葉もなかった。
同日 12:34『渡辺工業コンビナート地帯』
小さな爆発がマイティを襲う。足元の石油パイプが破損し、そこに火がついたのだ。だがそれでもマイティは、ダイダロに立ち向かう。海まで残り百メートルほど。キック、タックル、投げ、あらゆる手段を使ってダイダロを海へと追い込んでいく。
もはや時間との戦いだった。ダイダロの体温が急激に上がっているのだ。プラズマ熱線、あれを吐かれれば今度こそマイティは終わりだ。
(急いでジュンペイ!)
(やってるよ! けど——)
ジュンペイは、ダイダロへの攻撃が通りにくくなっていると感じていた。ダイダロの体を包むアスファルトが軟らかくなり、衝撃を吸収してるのだ。さらに粘着質のその体表に体がくっつき、攻撃を繰り出しにくくなっている。
(どうすれば——)
その時、ジュンペイの頭にアイデアが浮かんだ。武器。アキラと初めて会った時、彼は鉄パイプを使っていた。マイティもそれと同じで武器を使えばいいのではないか?
マイティは距離を置き、周りを見渡す。当然の事だが、超人の武器になりそうなものなど都合良く置いているわけがない。サイズ、固さ。少し取り回しが悪そうだが、今武器になり得るのはあれしかないだろう。
(——!? ジュンペイ、何してるの!?)
マイティが目を付けたのは、市民に愛され築三十年。朝霧市最大の橋、天羽川大橋だった。
(ごめんなさぃぃぃ!)
凄まじい罪悪感と戦いながら、橋を持ち上げようとする。正直に言うと、欲しいのは道路ではなく金属でできたアーチの部分だ。ナットが弾け、鉄板が裂ける。結果として、天羽橋は今までの建築基準法を満たしているのか心配になるくらいあっさりと持ち上がった。
瞬間、マイティはアーチの部分を持ち体をぐるんと回転させた。遠心力。当然、天羽橋もそれにあわせて勢い良く回転する。そして——
(おりゃぁぁぁ!)
まるでバットをフルスイングするかの如く。ダイダロの顔面に、天羽橋が最期の勇姿を見せつけた。
もはや橋が砕けているのか、それともダイダロの骨が砕けているのか分からない。ただ、人類では到底作り出せないような衝撃だということは確かに分かる。口舌尽くしがたい凄まじく重い音と共に、天羽橋は粉々になった。
粉々にになった橋を踏みしめ、マイティは勝負を決めに走る。大きく後退したダイダロ、その腹に向かい全力のタックルを叩きこんだ。意識が朦朧としているダイダロは、呆気なく押されバランスを崩し、そのまま海へと転がり落ちる。
凄まじい蒸気と共に、ダイダロの体温が下がっていくのを超感覚で見て取れる。ウラサカの言った通りだ。ダイダロの体が固まり、その両腕から力が抜けていった。その瞬間ジュンペイは勝利を確信する。
(やっ——)
刹那、鈍い音と共にダイダロの腹に亀裂が走った。それと同時に、ありえない速度で体温がはね上がる。瞬きするような一瞬。マイティに離脱する暇などなかった。
まるで雷神の誕生だった。朝霧の海に無数とも思える圧倒的な雷撃が、地から天に向かい昇る。自爆。プラズマ熱線を遥かに超えるダイダロ最大の一撃が、瞬く間にマイティを光に包んだ。
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