Loop3 5/18(水) 10:40【藤間輝:3】

 2022年 5/18 (水) 10:40『天羽沢商店街外れ』


「ストーップ!!」


 タックル。ラグビーなら間違いなく反則になるであろう鋭すぎるジュンペイのタックルが、鉄パイプの学生に突き刺さる。


「うおっ、誰だお前!」


 予想外の不意打ちに、少年の上半身がよろめいた。だがジュンペイの華奢な体のタックルで大した威力が出るはずもなく、あっさりと振りほどかれ地面に投げ飛ばされる。


「ちょ、君何やってるの!? 落ち着いて! とりあえず水飲んで!」

「うるせえ! 俺はあのデカブツに一発くれてやるんだよ! あいつを殴らなきゃ気がすまねえ!」


 ジュンペイは彼の目に既視感を覚えた、血走って瞳孔が開いた瞳、正気を失った目。かつてウラサカがしていた目とそっくりな気がした。


「邪魔すんじゃぁねぇ!」


 少年が叫びながらジュンペイに向かって鉄パイプを振り上げた。あ、ヤバイ。ジュンペイは一瞬死を覚悟したが、間一髪のところで自衛隊員が男を羽交い締めにして押さえる。


「——ありがとうございます。そのまま押さえていてください」


 瞬間、ジュンペイの横に足を踏み込んだウラサカが、先程のタックルよりはるかに鋭い一撃を、少年のみぞおちに叩き込んだ。


 ウラサカパンチ。かつてミゾグチをノックアウトしたその鉄拳は、今回も少年の意識を一瞬で刈り取った。


「——うちの学校のバカがご迷惑おかけしました」


 ウラサカがオモテザカになりきれない歪な笑顔を向けると、隊員はただ苦笑いするだけだった。



 同日 11:02『西天羽沢レイブンズハイム付属公園』


 商店街から歩いて10分と少し。といっても今回は人を背負っているので、さらにもう少しかかる。歩いて見えてくるのは、住宅地の真ん中に溶け込んだ築二十五年の小さなマンションだ。レイブンズハイム。全国いたるところにある変哲もないそのマンションの足元に、忘れ去られた公園がある。五歳の子供でも狭く感じるであろうひっそりと眠る公園が、今日は少し騒がしかった。


「ねぇ、良いのウラサカ?」

「良いに決まってるじゃない。また暴れたらたまったものじゃないわ」


 ジュンペイとウラサカ、それと危険な男子夢高生。ジュンペイ達は、彼を地面に半分埋まったタイヤに、ぐるぐると縛り付けていた。


「よくあることよ。現実が八方塞がりになったとき、人は狂乱することしかできない。そうしないと心が持たないから」


 ジュンペイは返す言葉もなかった。おそらく彼女はそんな人々を何度も見てきたのだろう。いや、もしかしたら彼女自身が——


「——っ?」

「あ、起きた」


 その時、ハッと言う息づかいと共に少年の目が見開いた。寝ぼけているのか、辺りを見渡す少年。自分が縛られている事実に気がつくのに、そう時間はかからなかった。


「……おい、外せよ」

「嫌よ」

「何でだよ」

「自分の胸に聞いててみなさいな」


 瞬間、少年が歯を噛み締めた。両腕に全力を注ぎ込み、縄を断ち切ろうとする。だが世の中の縄をなめてはいけない。縄はびくともせず、少年の顔が真っ赤になるだけだった。


「……寝て少しは冷静になったんじゃない?」


 諦めて脱力する少年にウラサカが語りかける。


「貴方寝てなかったでしょ? ひどい顔してたわよ」

「……おかげさまで、スッキリしましたくそったれ」

「夢高生よね? 名前は?」

「……アキラ。藤間輝」


 その問いかけに、少年はふて腐れながらそう答えるのだった。



同日 11:07『西天羽沢レイブンズハイム付属公園』


 藤間輝には近づくな。そんな言葉が一年生の教室に流れていた。狂犬、悪ガキ、鬼、悪魔。ジュンペイもそんな異名を聞いたことがある気がした。もちろん理由は知らない。ただ、不良だということに想像に難しくないので近づこうとは思いすらしなかった。


 バイオレンス、バッドボーイ、アナーキー。何故だろうか? ジュンペイは当の本人を目の前に、不思議とそんな印象はあまり沸いてこなかった。襲われまでしたというのに……ジュンペイは、彼に言葉にできない親近感を覚えていた——


「お前、表坂夏鈴だろ?」

「あら知ってたの? はぁ……人気者は辛い——」

「めちゃくちゃ可愛いって聞いたけど、噂が独り歩きしてたみたいだな」

「——ジュンペイ、帰るわよ」


 ちょ、タンマタンマ。ジュンペイがウラサカの前に立ち道を塞ぐ。


「えっと……フジマ君? さっきは何しようとしてたの?」

「決まってんだろ。あのデカブツの小指を粉々にしてやろうとしてたんだ」


 ジュンペイは思わず言葉に詰まる。


「……えっと、何で?」

「何でもいいだろ。とにかくあいつを痛め付けなきゃ気がすまねぇんだ」

「……その後はどうするつもりだったの? もしあいつが起きたりしたら……」


 あっとアキラは口を開けた。どうやら考えていなかったらしい。


「……じゃあ俺はどうすればいいんだよ? このままあいつが寝てるのを、黙って見てろってか?」

「安心しなさい、仇なら取ってくれるわ。二日後に、あの巨人がね」


 そんなウラサカの言葉に、アキラは懐疑的な目を向ける。


「あの巨人が? あいつ手も足も出ずに死んだじゃねえか。何で生きてるって分かるんだよ?」

「多分ね」

「おい、今取って付けただろ」


 あくまでもしらばっくれるウラサカ。やがてアキラは追求を止め、力無くうなだれた。


「まあ、あの巨人が生きてるのなら大歓迎だよ。あいつには恩がある。出来るなら力になりてぇもんだが、俺、あそこまででかくねぇしなぁ……」


 その時ジュンペイの頭に記憶が駆け巡った。あの時アキラと少女を助けた記憶だ。ジュンペイは、反射的に少女がどうなったかを聞こうとした。が、喉元でその言葉をしまった。彼の顔を見たら聞くまでもないからだ。無力感がジュンペイを襲った。


「ちなみにだけど、貴方が巨人ならアイツをどうやって倒す?」

「……何だよいきなり」

「いいから」


 突拍子もない質問が、アキラの頭を締め付ける。


「……海に沈めるな。あいつ絶対泳げないだろ」

「いいアキラ、ここは瀬戸内よ? 瀬戸内海の水深は大して深くなくて……」


 ウラサカの声がすぼんでいく。


「いや、もしかしたら——」


 ウラサカはおもむろにアキラの背後に周り、その縄をほどく。


「貴方、帰るところは?」

「……ねえよ、元から」

「じゃあ私たちが面倒見てあげる。ね、ジュンペイ?」

「え? あ、うん」

「じゃあ今日はジュンペイの家に泊まりなさい。避難所よりは居心地いいと思うわ。ごはんもあるし」

「え? ちょ——」

「お腹へったでしょ?」

「……減ったな」

「じゃあ決まりね」


 もはや拒否権は無かった。ウラサカは、まるで子犬を拾うかのごとく、人の家に高校男子を押し付けたのだ。自分の家に止めればいいじゃん! ジュンペイが抗議の声をあげると。


「レディの家は、聖域なのよ」


 そんな意味のわからない答えだけが帰ってくるのであった。

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