Loop3 5/16(月) 16:27【藤間輝:2】
2022年 5/16 (月) 16:27『天羽沢商店街』
まるで竜巻が通過した後のようだった。怪獣が空から降ってきた時の衝撃波、凄まじい質量を持つその怪獣のショックウェーブは、街を粉砕し余りあるものだった。
「どこだよ姉ちゃん! 返事してくれよ!」
怪獣の足元100メートル、アキラは必死に駆けていた。車椅子のトモエが遠くに逃げられる訳がない、きっと衝撃に飛ばされたのだ。
地面が激しく揺れる。怪獣の鈍く重い歩行。この度に大地が砕け沈み、そして動く。まるで金槌で叩かれた、硬いビスケットのように。
瞬間、アキラの目の前に壁が迫ってきた。いや違う、尻尾だ。旋回した怪獣、それに振り回された尻尾が、地面をえぐり取りながらアキラの眼前を多い尽くそうとしていた。
「——まるか……死んでたまるかぁぁぁ!!」
アキラは叫んだ。だがちっぽけな蟻に、神の定めた運命を回避する力も権利もない。だがそれでもアキラは神を睨んだ。生まれた時から大嫌いだった、神という存在に向かって。
「——?」
そしてアキラは知った。神様はひどく気まぐれだと言うことを。
もはや感覚が麻痺していた、だから特に驚きもしない。それに、それをどこかで見たことがあるような気がしたからだ。巨人、子供向け番組に出てくるチープな奴なんかじゃない。なんかこう……もっとキラキラしていて豪華な、ハリウッドクオリティのでかい奴が、怪獣の上半身に抱きついて食い止めていた。
一瞬の間の後、アキラは我に返った。アイコンタクト。そいつには目がないのでその単語が適切かどうかは分からないが、巨人がこちらに向かって早く行けと言った気がした。
「すまん!」
アキラは巨人にその場を任せ、再び崩壊した街を駆けていった。
同日 16:34『天羽沢商店街』
神様と神様の喧嘩に、アリンコごときが何かしようと思うことすらおこがましい。戦況は刻一刻と悪化していた。少しでも格闘技や喧嘩をしたことがある人間なら分かる、あの巨人は素人だ、ものを殴り慣れていない。
腰を入れず腕だけで振るう拳。そんなものでは威力も出ず、ただ腕を痛めるだけ。そもそも相手は見るからに硬い、接近戦は不利だ。素人には鉄パイプとかバットとか、とにかく武器が必要だ。
そんな中、不意にあるものが目に留まった。ひしゃげた車椅子、一瞬信じたくなかった。だがそこにぶら下げられたお守りの束が、嫌でもそれがトモエのものと思い知らされる。
「姉ちゃん!!」
その言葉に、そこにいた人間が振り返った。お肉屋のおばちゃん、そして店主のおじちゃんだ。
「アキラちゃん! 早く、早く来てぇ!!」
おじちゃんが、必死に何かを持ち上げようとしていた。崩れ去った瓦礫の山、そしてその下には——
アキラは言葉もなく加勢した。木のささくれが突き刺さろうが関係ない。全力、それを越えた馬鹿力で瓦礫を持ち上げる。
「トモエちゃん、アキラちゃんも来たから! もうすぐ助けるから頑張って!!」
おばちゃんが必死に呼び掛ける。だがトモエの返事は無かった。辛うじて目は開いている、だが瞳孔は開き、口からおびただしい量の血が流れていた。
「む、無理だ、重すぎる!」
「無理じゃねえ、やるんだよおっちゃん!」
爪が割れ、激痛が脊髄を貫く。そんなことは知らない、トモエ姉ちゃんはもっと痛いはずだ。奥歯が砕ける思いで全身を研ぐ。
「くそがぁぁぁぁっ!!」
その時、ふっと全身が軽くなった。見ると瓦礫が中に持ち上がっている。
「——!?」
見上げると巨人が瓦礫を摘んでいた。まるでうずらの卵を持ち上げるように、繊細に。よほど耳がいいのか、そんなものは後からいくらでも考えられる。
すかさずトモエを引きずり出し、声をかける。返事はないが心臓は動いていた。おばちゃんはひたすらありがとうと巨人に頭を下げ、おじちゃんはお経を唱えながら巨人を拝んでいた。
「おばちゃん! 近くの避難所は!?」
「——え? あ、区民体育館!」
すかさずトモエを背中に背負う。信じられないほど軽かった。血が抜けすぎている。
「おじちゃん、先に行っていいか!?」
「早く行け! 年寄りに構うな!」
悪い、そう心の中で唱えアキラは走り出す。速く速く速く、呼吸も忘れただ走る。動かないトモエを背負いながら。
瞬間背後で爆音が響く。怪獣が放ったプラズマ熱線が、巨人の胴体を貫いたのだ。だがそれでも怪獣は止まらない。怪獣は、その勢いのまま極太の熱線を縦横無尽に走らせる。まるで地図にマジックで線を引くように、そこを全て消し飛ばす。命を、住みかを、思い出を——
そして怪獣は全てを壊し終わった後、凍ったように動かなくなった。
同日 16:52『天羽沢区民体育館』
「なぁ誰か助けてくれよ……姉ちゃんが死んじまうよ……」
彼に目を合わせるものはいなかった。そして彼らに構う暇もない。救える命は多く救わなければならないからだ。
「なぁ……誰か……誰か……」
アキラは動かなくなった彼女の胸元に置かれた黒いトリアージタグを、力無く見つめていた。
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