Loop3 5/16(月) 15:59【表坂夏鈴:4】

 2022年 5/16 (月) 15:59『ゲームセンターHAIZARA』


 人はなぜもぐらを叩くのだろうか? 彼らに何の恨みがあるのだろうか? 特に理由はない、というのが答えだろう。そこから良い感じに頭を出すから、たったそれだけの理由。そんなもののために、もぐらは頭が剥げるまで叩かれ続けるのだ。


 ジュンペイは彼らを笑えなかった。なぜなら人類は今、もぐらになろうとしていたからだ。圧倒的な理不尽に蹂躙される矮小なる生き物。怪獣の前では、人間ももぐらもたいした違いはない。今週末には——


「とうっ!」


 ピコッ。そんな軽快な音と共にジュンペイの頭に衝撃が走る。顔を向けると、覗き込むような形で彼女と視線が合った。


「フダモリ君、元気ないよ?」


 ひまわりのような笑顔がジュンペイに向けられる。あっちと違って屈託もない華々しいスマイル。それを見た人間は、自然と笑顔になるのだ。


「ごめんオモテザカさん。せっかく誘ったのに湿った顔して……」


 口元だけで笑うジュンペイ、それを見た彼女は人差し指を自分の顔に持っていく。そしてその柔らかい頬を上に歪ませた。


「ほあ、ああっへ?」

「え?」

「ふに~~!」


 口が開かず何を言っているか分からないが、そのニュアンスは伝わってくる。ジュンペイは彼女の勢いに押され、人差し指で満点を越えたスマイルを作り出した。


「ほ、ほう——?」

「ふんふん!」


 勢いよくうなずく彼女に、ジュンペイの口の隙間から息が漏れる。


「あ、やっと笑った!」

「へ?」


 さっきから笑ってたけど……。そう言うと、彼女は静かに首を振った。


「人が笑えるのは、楽しいときだけだよ?」

「……そうかな?」

「そうなの」

「うーん……」

「人は楽しくなると笑うし、笑うと楽しくなる——」


 ——だから人は悲しい時や辛い時に、無理やり笑って楽になろうとするの。笑顔の達人はその一瞬、悲しそうな目でそう告げた。


「……ありがとうオモテザカさん」


 ああ、やっぱりこの人が好きだなぁ。その時ジュンペイは、心の底が暖かくなるのを感じていた。



 同日 16:23『ゲームセンターHAIZARA』


 今日の五十円部はずいぶんと華やかだった。マドンナ表坂夏鈴。その存在一つで、煙草臭いが染み付いた店内が浄化されていくように感じる。あっちの彼女だとこうはならないだろう。


「しっかしおかしいよな? 何で向こうのゲームが50円で、ただのもぐらたたきが100円なんだよ。値段設定間違えてるだろ」


 ミゾグチはそう言うが、10円のパチンコもどきを弾きながら言っても説得力がない。


「いやーガムっていいイメージなかったけど、いざ食べると美味しいねぇ」


 オモテザカが砂糖付けのチクルを頬張りながら言った。ジュンペイからすると飽きるほど食べたピンボールの景品だが、彼女からすると未知のごちそうなのだろう。だがそのとろけそうな笑顔ももう見納めだ、そろそろあごが疲れてくる頃だから。


「どう、ミゾグチ君。当たりそう?」

「いやさっぱり。このパチンコ当たった試しがないんだよなあ」


 ミゾグチ曰く、このパチンコは闇だと言う。底知れぬ闇。当たりと思わしき穴はいくつも空いているのに、入りそうで入らない。よって何をくれるのか誰も知らない。


「もう止めたら? どうせ当たらないんだし」

「まあ待てよジュンペイ、まだ玉は一発残ってる」


 そう言ってミゾグチは手動のバネに手を掛ける。


「フダモリ君……」

「放っておいたらいいよ。いっつもこうだし」

「いやそうじゃなくて……」


 振り向くとオモテザカのしおれた顔がそこにあった。


「あごが疲れてきた……」


 瞬間玉が台をさかのぼる。オモテザカの不意打ち。硬いバネに耐えていた親指が、体の代わりに滑ったのだ。あっ、三人の声が見事に重なる。完全なミスショット……のはずだった。


「お?」


 その時、奇跡が起きた。脱力したミゾグチの絶妙な力加減。その時玉は最上部にたどり着く前に勢いを失い、釘に弾かれる。


「お? お!?」


 今までに見たことのないルート。玉は右に左に向きを変え、その終着には未踏の穴が待っていた。


「行っ——」

 

 瞬間地面がはね上がった。鋭い縦揺れ。当然その上にいるジュンペイもオモテザカも、ミゾグチもパチンコ台も一瞬宙を舞う。


「ノォォォォ!!」


 これは運命と言ってもいいだろう。玉は揺れに惑わされ、結局いつもの定位置に収まり去っていった。


「なんでだよぉぉぉ! おかしいだろぉぉぉ!」


 悶絶するミゾグチ。哀れというか、むしろ10円で済んでラッキーと言うべきか。こんな時に地震なんて……地震?


 刹那、街を吹き飛ばんとする爆音が辺りに響いた。深淵でチェロを弾いたような深い深い金属音。窓ガラスはビリビリと揺れ、人々の悲鳴が遅れて耳に届く。


「まさか——」


 振り替えると、崩れ落ちるミゾグチの姿がそこにあった。可愛げのない彼女の拳が、彼の鳩尾を貫いたのだ。これで邪魔者は居なくなった、彼女の笑みはまるで茨の様に——


「出番よ、ジュンペイ」


 ウラサカはガムをゴミ箱に吐き捨て、そう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る