Loop2 5/19(木) 17:04【マイティ】

 2022年 5/19 (木) 17:04『朝霧市中央区 市街地』

 

 世界が止まるようであった。あらゆる物が静止して動かない。だがその中で、ジュンペイは全てを感じていた。風が皮膚を撫でる感触、日光がもたらす温もり、逃げ惑う人々の叫び声さえ詳細に聞き取れた。


 そして目の前のムシャギラスが刀を振り抜く。が、遅い。凄まじい速度だということが地面を舞い散る破片から分かる。恐ろしく狙いが性格だということもムシャギラスの目線の先から見て取れた。だがそれでも遅い。マイティはムシャギラスの刀が振り抜かれる前に、その脇を転がるようにすり抜けた。


 残響、ムシャギラスの刀が空を切る音がその場に響く。気がつけば攻撃は終わっていた。


(——出来たじゃない)


 ウラサカの声が脳内に響いた。世界は今まで通りの時を刻み、ジュンペイは何も感じない。今まで通り見て、聞き、触れていた。


(今のは——!?)

(超感覚。それがマイティの能力よ)


 ムシャギラスが吠えた。恐ろしく高い金切り声。必殺の剣、それで獲物を仕留め切れなかった怒りの咆哮だ。振り返り、再び刀を構えるムシャギラス。今までよりも深く、深く腰を落とす。


(どれだけ賢くても所詮は虫ね。ジュンペイ——)

(うん、次で決める)


 ムシャギラスが跳んだ。それと同時にマイティは能力を発動させる。全ての感覚が研ぎ澄まされ、全ての時間が静止したと錯覚する。


 ——超感覚。一言で言えば脳の回転をスーパーコンピューターレベルまで引き上げる能力よ。


 ウラサカの言っていたことを思い出す。その言葉もその時の情景ごと全てクリアに思い出せた。


 ——脳の回転を上げることによって、思考速度が大幅にアップするし、超人が持つ本来の五感を最大限に活かすことができる。


 ムシャギラスが刀を開いた。狙いはマイティの首だろうか?


 ——例えば視界。本来じゃ気づかない細かい所まで目が届くし、人間じゃ知覚できない赤外線なども見ることが出来る。


 刀の根元、よく見たら球体関節の様になっているな。体温も低い。


 ——あとは精密動作ね。体を素早く精密に動かせるようになるわ。多分生卵も掴める。


 刹那そこにある刀ごと、ムシャギラスの右腕が吹き飛んだ。ムシャギラスが刀を振り抜く瞬間マイティが一歩踏み出し、右腕の関節目掛けて手刀を叩きつけたのだ。


 だが、マイティはまだ止まらない。次に狙うは、悶え苦しむムシャギラスの顔面。超感覚を発動するまでもない。右足に意識を集中させると体を流れるラインが集まり、自然と足が輝き出した。


(とどめだ——!)


 ジュンペイ人生初の回し蹴りは、見事にムシャギラスの頭に叩き込まれた。



 同日 17:24『瀬戸ノ夢学園 屋上』


「お疲れ様——」


 気がつくとジュンペイは屋上に戻っていた。戻れと胸の中で念じると自然とマイティの体が光り、消えていったのだ。目の前にはウラサカの顔がある。ん——?


 そこでジュンペイは気がついた。何でこんなにウラサカの顔が近いのだ? ていうか僕は何に寝転がっているのだ? とりあえず起き上がろうとすると、スッとウラサカの手が視界を遮る。


「えーっと、ウラサカさん。何をやっていらっしゃるのでしょうか?」

「ん? 膝枕」


 甘ったらしい声が暗闇のすぐ向こうで響いた。それを聞いたとたん、ジュンペイは腹筋に全力を注いだ。


「起き上がろうとしても無駄よ、まだダメージが残っている。超人の力で治癒力が高まっているから、しばらく大人しくしてなさい」


 体に力が入らない。それともウラサカの力が強いのか? やがてジュンペイはもがくのを止め脱力する。


「ねえ~ウラサカ~?」

「何かしら?」

「君本当に何なの~?」

「女の子よ」

「いやそれは分かってるけど……」

「急にマジトーンにならないで」


 燃えるような夕焼けが屋上を照らす。ジュンペイも、それを手のひらの隙間から感じていた。


「……ジュンペイ、死なないでね。これからどんなことがあっても、私のそばから離れないで」


 ウラサカはポツリとそう呟いた。


「もう一人は嫌なの……」


 ジュンペイからの返事はない。身動きも取っていない。さすがに心配になったウラサカは、ゆっくりとその手を下げる。


「寝てる……」


 よほどオモテザカの膝が気持ちよかったのだろうか? ジュンペイは穏やかな寝息を立てていた。好きな人の膝の上でよく寝られるな? ウラサカはその鼻を摘まもうとして、そして止める。私のために戦ったのだ、これぐらい許してやろう。


「お休み、ジュンペイ……」


 永遠とも思える時間を、ウラサカは一人で生きていた。もう数えるのも止めた滅亡の運命。何回も何回も繰り返しても、その歴史は変えることが出来なかった。


 だが今は違う。遂に現れた希望のカケラ。彼は何かを変えてくれる、そんな淡い希望を抱いていた。淡くてもいい、今まで忘れていたこの感情を大切にしておきたかった。



 同日 18:56『オカルト研究部 部室』


 その時間ぐらいだったと言う。オカルト研究部のメンバーが変死体となって発見されたのは——

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