Loop2 5/19(木) 16:26【一刀怪獣】
2022年 5/19 (木) 16:23『朝霧市中央区 市街地』
不思議な感覚だ。恐怖と不安で押し潰されそうなのに、体から沸き上がる無尽蔵な力に後押しされて勇気が沸いてくる。テレビの向こうのヒーローがもしいたら、同じような感覚を感じていたのだろうか?
切り刻まれたビルが散乱する変わり果てた街、そこに超人は降り立った。意味も分からず逃げ惑う人々。マイティは誰もいなくなった車道を歩いていく。
(聞こえるジュンペイ? あいつは一刀怪獣ムシャギラス。見ての通り右腕の刃しか取り柄がないヒョロガリよ)
ウラサカの声が脳内に響き渡る。一刀怪獣ムシャギラス、目の前のカマキリは、その言葉通りアンバランスな姿をしていた。
まるで全身真っ黒な体、特にその胴体は実際のカマキリと同じく枝の様に細い。しかしそれ以上に目を引くのはその右腕だ。自らの背丈ほどはある巨大な刃、鈍く輝く漆黒の黒刀をムシャギラスは軽々と操っている。
侍、ジュンペイは不思議とそんなイメージを抱いた。背格好もそうだが、何よりそこから放たれる殺気がそのイメージを助長する。静かで冷たい殺気。まさに腰に手を掛け居合いを抜こうとする侍の様だ。
不意にムシャギラスが腰を落とし、刀を構えた。あまりにも自然で美しい動作。ジュンペイは、その動作の意味を理解するのが遅れていた。そのぐらい、ムシャギラスの構えは意識の隙を突いたものだった。
刹那、ジュンペイの中の何かが最大級の警笛を鳴らした。
(伏せなさい!)
ウラサカの言葉も遅い。一瞬、ほんの一瞬の内にムシャギラスはマイティの背後にいた。まるで血潮を払うかのかの様に、ムシャギラスが刀を振る。その瞬間ムシャギラスの背後にあったビル群がゆっくりとずれ落ちた。
(——!?)
その時、ジュンペイは胸に痛みを感じた。直後、胸から輝くエネルギーが血飛沫の様に吹き出る。それに遅れてさらに鋭い痛みがジュンペイを襲った。何が起きたか分からない。ただ自分が辛うじて無事だと言うことだけは理解できた。背中の悪寒に身を任せ、伏せていなければ原型を止めていなかったであろう。
(何が……!)
(ムシャギラスの特徴は二つ。一、ほぼ何でも切れること。二、めちゃくちゃ速いこと。超人でもあれを食らえばひとたまりもないわ)
(弱点は——!?)
(攻撃に特化しすぎて防御力は全く無い。当たれば一撃で決まるわ、当たれば)
マイティが、伏せた体制から勢いよく地面を踏みしめた。次の瞬間、マイティは跳ぶように駆け出す。ロケットスタート。マイティはその勢いのまま、背中を向けているムシャギラス目掛けて拳を振り抜いた。その時、マイティの脇腹に重い衝撃が走った。
峰打ち。ムシャギラスの刀は腕から生えているという特性上、刃の角度を変えることを苦手としている。だが使い勝手が悪いというわけではない。その質量のある幅広い刀は、例え刃を突き立てなくても、十分な威力があった。
マイティは釣られたのだ。カマキリの視野は人間よりはるかに広い。そこであえて相手に背中を向けることで、攻撃を誘ったのだ。
切り落とされ無惨な姿になったビルに叩きつけられるマイティ。まるで砂の城に水をかけるように、ビルが崩れ落ちていく。
土煙が舞い上がる。止めを刺そうと近づくムシャギラス、ふとその足が止まった。次の瞬間ムシャギラスを、特大の瓦礫が襲う。マイティが、先ほど斬り倒されたビルの上階を勢いよく投げつけたのだ。
幅広い刀の刃で急所を守るムシャギラス。しかしその細身の体では衝撃を受け止めきることは出来ない。瓦礫は砕け散弾となり、ムシャギラスを大きく後退させる。
(こいつ賢いぞ……!?)
(脆いからこそね。攻撃を食らわないように知能を特化させたのかしら)
脇腹を抑え起き上がるマイティ。それと同時にムシャギラスが腰を落とす。
(やばいあれが来る!)
(いい、ジュンペイ? マイティの能力を使いなさい。それを使えばあの一閃も何とかなる——)
(能力——?)
(いいから、さっさとしないと死ぬわよ!)
集中力研ぎ澄ます。目の前の敵に意識を集中させて感じる、全てを——。ウラサカの言葉。やがてそれさえも意識の外に捨てられた。
刹那、ムシャギラスが跳んだ。まるで稲妻のような一閃。光よりも速く感じる斬撃。だがそれは切り裂いたのは、街を照らす赤い夕焼けの光だけだった。
ムシャギラスは慌てて振り向いた。自らの刀、必殺の一撃。その手応えの無さに、何が起きたか分からなかったのだ。自らの剣に切れないものはない、切れないものなど無いはずなのだ。そこに立っていた者を見た瞬間、ムシャギラスのプライドは沸騰するようであった。
超人マイティ、彼は無傷でそこに立っていた。
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