Loop2 5/19(木) 15:51【札森純平:2】

 2022年 5/19 (木) 15:51『瀬戸ノ夢学園 屋上』


「昨日のあれは傑作だったわね。せっかくのランチタイムが台無しよ?」


 ウラサカは髪を指で流しながらそう言った。


「で、出てきたの? 超人」

「サダコさんからの連絡はまだありません……」

「当然ね。それで出てきたら誰も苦労しないわ」


 オカルト研究部の行動は早かった。一昨日の相談を手短にテキストデータにまとめ、それを翌日には放送部にリクエストしたのだ。


『未来が見える生徒。特に世界滅亡の未来が見える人間は、直ちにオカルト研究部に来るように』


 昼休みに恥ずかしいラブソングと共に流されたその御触れは、学校の話題を独占している。幸いにもジュンペイの名前は出てこなかったが、口の軽いミゾグチの事だ。いつジュンペイの事がリークされるか気が気じゃなかった。


「だけど行動に移すのは良いことよ。その調子で精進しなさい」

「何様だよ全く……。ところでさ、前から疑問だったんだけど——」

「何かしら?」

「今オモテザカさんはどうなってるの?」


 つまりウラサカが出ている間、オモテザカはどうなっているのか? ジュンペイの疑問はそれだった。


 実はウラサカが表に出ている時間はそこまで多くない、精々ジュンペイと話している間ぐらいだ。普段の学校生活では、ジュンペイのよく知るオモテザカが今まで通りに過ごしている。


「寝てる。私が表にでている間は彼女の意識は無いわ。オモテザカは普通の人間。だから今までのループの記憶もない」

「え? じゃあ今ここでウラサカが引っ込んだら——」

「あれ、ジュンペイ君? ……何で私屋上にいるの?」


 一瞬、ジュンペイは思わず吹き出しそうになった。


「えっ? お、オモテザカさ——」

「この様に、彼女の記憶は虫食いみたいに穴が空くことになるわね」


 瞬きするほどの間。そのわずかな時間の間にオモテザカはウラサカに戻っていた。


「何か言いたげな顔ね?」

「……ウラサカ、君はいったい何なんだ」


 分かっているのは表坂夏鈴の中にいる別の誰かということだけ。それ以上踏み込むと、彼女は決まってこう言うのだ。


「さあ? 少なくとも、時間を好き勝手する人間はいないのは確かね」


 そう、彼女は自分の事を決して語ろうとしない。そもそも超人とは何か、怪獣とは何か、なぜ世界は滅ぼうとしているのか、全て教えられていないのだ。


「今日の今日こそは教えてもらう——」

「伏せなさい!」

「——え?」


 瞬間、凄まじい衝撃がビリビリとジュンペイの肌を揺らす。音だ。刹那、ジュンペイの上空を燃える何かが凄まじい速度で通り過ぎ、市街地の真ん中に落下した。爆炎と土煙日が上がる。その土煙が衝撃波に巻き込まれ、辺りに広がっていくのが屋上からよく見えた。そして低い爆音が学校にこだまする。まるで大太鼓を叩いた様な重低音だ。


「早すぎる……!」

 

 ウラサカが絞り出すようにそう呟いた。そして鳴り響く。壊れたバイオリンの様に、本能が拒絶するけたたましい叫び声が。


 今、ビルが真っ二つに切り裂かれた。まるで竹に向かって刀を振り抜いた様に、ビルがゆっくりとずれ落ちる。そんな芸当が出きるのは一つしかない。


「怪獣——」


 土煙から現れた怪獣。右腕だけが肥大化した直立する黒いカマキリの様な怪獣は、まるで雑草刈りでもするかのように、右腕でビルを斬り倒していった。



 同日 16:13『瀬戸ノ夢学園 校内階段』


 ウラサカ曰く、こんな事態は今まで無かったらしい。怪獣は決まって日曜日の16時に現れる、それは絶対のはずであった。黙示録が早まった? その可能性は低い。降ってきた怪獣はその一体だけだからだ。とにかく何か異常な事態が起きている。


「ウラサカ……時間を巻き戻して……!」

「無理よ! 再発動まで一週間の溜めが必要なの!」


 ウラサカもひどく動揺しているのが分かった。目は泳ぎ、声は震えている。そこには今踏み潰されている人間と変わらない、死の恐怖に怯える一人の少女がいた。


 その時、ジュンペイの足は自然に動きだす。


「——待ちなさい!」


 自分でも驚くほど速かった。扉を勢いよく開き、階段を跳ぶように降りる。踊り場までたどり着いたころ、周りの時間ごとジュンペイが静止した。


「行かないでジュンペイ。今ここで私から離れるのは得策じゃない」


 静止した時間の中、ウラサカがゆっくりと階段を降りるのが見えた。これも超人の力なのだろうか? ジュンペイの意識は止まった時間の中でも働いている。


「いい? 私が死んだ瞬間にこの世界の滅亡は確定するのよ? なら貴方がする行動はただ一つ、私を守ること」

(そのために他の人達を見捨てろって言うのか!?)


 ジュンペイの声が静止した時間に響いた。超人の時と同じだ。口は動かせないが、テレパシーの様なもので意識を伝えられる。ウラサカは、その意識に呆れ混じりのため息を吐いた。


「当然よ。世界の滅亡とたかが数百人、どっちを取るの? 貴方は」

(どっちも取るに決まってる! 僕に救える命があるなら、手を伸ばすしかないだろ!)

「その救える手で、是非とも私を守ってほしいわね。理解出来ないわ。どうせ私が時間を巻き戻したら、その死は時間の虚空に消える。それは救ったも同じでしょう? 何が貴方を動かすの?」

(人が死ぬのが嫌なんだ! どんな人だって死んだら悲しむ人がいる。僕だって悲しい! ジーっとしてられないんだよ!)

「……自己満足ね」


 瞬間、時間が進み出す。ジュンペイは受け身が取れずに踊り場に転がった。


「分かったわよ、貴方とは良い付き合いをしたい。どうぞ気の済むまでヒーローごっこを楽しみなさい」

「ウラサカ……!」

「ただし、私が呼んだらすぐに来ること。良いわね?」


 その言葉にジュンペイは立ち上がり背を向ける。


「ウラサカ——」

「なに?」

「ありがとう」

「……はあ?」


 ジュンペイは返事を言う間もなく駆け出していた。あっという間に消えるジュンペイを見送り、一人残ったウラサカは呟く。


「……おかしなやつ」


 屋上の扉を開くと、そこから超人マイティが街へ降り立つのがよく見えた。

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