第二章 ウラオモテ、オモテザカ
Loop2 5/16(月) 00:00【表坂夏鈴:3】
2022年 5/16 (月) 00:00『札森純平宅』
悪い夢を見ていた気がする。ジュンペイは暗闇の中で意識を覚ました。見慣れた天井が目の前に広がっている。ここが自室だという事実に気がつくのに時間はかからなかった。
すごい汗だ、相当うなされていたのだろう。当然の事である、自分が死ぬ夢なんて典型的な悪夢だ。しかも巨人ときた。夢の内容は自分の潜在意識だと科学雑誌で読んだことがある。これはいよいよ空想Qシリーズにも手を出すべきか? そんな下らないことを考えながら、ジュンペイは再び眠りにつこうとした。
「へぇ、高校生で一軒家。身の程知らずもいいとこね」
その時だ、どこからか聞こえたその言葉に、ジュンペイは慌てて起き上がる。カーテンを開け月明かりを部屋に入れると、そこには安物の椅子に座り足を組む表坂夏鈴が浮かび上がった。
「来ちゃった」
刹那、ジュンペイはカーテンを閉じ布団に潜る。夢に返答するだけ無駄だからだ。何も見てないこれは夢、心の中で唱え目を閉じる。そう、だから今ほっぺをつねられているのも、鼻を引っ張られているのも全部ゆ——
瞬間布団が取っ払われるのを感じた。その肌寒さを覚える間もなく、重量感のある何かがジュンペイの腹に勢い良くのし掛かる。
「これでもまだ起きないつもり? ああそう、確かにこのまま寝てればもっといい夢見れるかもね!」
ジュンペイは目を開け絶句した。自分の体に腰掛けるような形で、表坂夏鈴が座っているのだ。何故か制服姿の彼女は、普段見せないぎらついた目でジュンペイを見下す。そして遅れて目についたのは大きく振りかぶった左手だ。
「ちょ、ストップ!? 起きました、起きましたから!」
ジュンペイは思わず目を閉じた。一秒、二秒、何秒待ってもビンタは来る気配がない。助かった……。ジュンペイが安堵の息を漏らした瞬間、眉間に鈍い痛みが走る。
「いてっ!?」
目を開けると、彼女の手のひらが視界を覆っていた。
「おはよう、ジュンペイ君」
デコピン。その手の後ろで、彼女は優しく微笑んでいた。
同日 00:12『札森純平宅』
「えっと、つまり僕は今週の日曜日に一度死んで、一週間前に戻ったと?」
「ちーがーう! 私が! 私が戻したの! まったく、いちいち時間を巻き戻す身にもなってみなさいよ」
信じがたい話だった。どうやら僕は前の一週間で巨人になって戦い、死んだ。だけどそこでオモテザカさんが時間を戻し、全ては無かったことになったと言う。
「ヒーローは、一度死んで蘇る?」
「あ? なんか言った?」
「いえ何でもございませんすみません」
だが信じるしかないだろう、僕には前の一週間の記憶があるからだ。その証拠に、真マスクドオンのあらすじを一から十まで暗唱できる。
「で、僕にどうしろと言うのですか?」
「私に協力する。どうせこのままじゃ死ぬんだし、そのぐらい安いものでしょ?」
「え? けど——」
「ちなみに。私が屋上で言ったこと覚えてるよね?」
「お、遅すぎるわよ超——」
「そのあと」
拒否権はない。彼女が言っていたその言葉がジュンペイの心を締め上げる。
「協力します……」
「二言は無いわね?」
「はい……」
その言葉を聞き、オモテザカは妖しく口元を歪めた。
「せっかく協力してくれるのに、お礼がないのは忍びないわね。そうだ、せっかくだしチューでも——」
「あの、すみません。貴女本当にオモテザカさんですか? イメージが違うんですけど……」
前の週からの疑問は、改めて話し合うとあっさり確信に変わった。正直彼女と知り合って一ヶ月ちょっとしか立っていなかったが、彼女はこんな人間ではないと間違いなく言える。これはなんて言うか……あまりにも酷い。
「身体はオモテザカよ。貴方の大好きな、ね?」
その時、彼女がジュンペイの腹からやっと立ち上がる。そして最後に言葉を残して、パチンと指を鳴らした。
「眠くなってきたから帰る。続きは明日の放課後で——」
瞬間、彼女の姿はそこには無い。消えた。そうとしか言いようがなかった。夢? 現実? もはやその感覚すら曖昧。自らが持つオカルト感を粉々に砕かれたジュンペイはあることを考え、布団に潜る。
ヤバい、めっちゃ柔らかかった——!
当然ながら、その夜ジュンペイは一睡も眠ることは出来なかったという。
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