Loop1 5/16(月) 17:31【表坂夏鈴】

 同日 17:31『リサイクルショップ ワオ!』


「あれ、フダモリ君? それにミゾグチ君も」


 クラス全員に好かれるクラスの華。それが表坂夏鈴だ。そのまぶしいまでの笑顔はヒマワリに例えられる。バラのように卑しくなく、かといって桜ほど華々しくもない。素朴で等身大、十五歳の子供らしさも残るきらめく笑顔。オモテザカは最初の挨拶で、クラス全員の心を鷲掴みにした。


 そして今、その笑顔がジュンペイ達に向けられている。


「えっと、いやそのさっき——」

「いやー向かいのゲーセンで遊んでたらオモテザカがここに入って行くのが見えて。ジュンペイの奴どうしても会いに——!?」


 ミゾグチ君、怒るよ。その言葉の代わりにジュンペイがミゾグチの脇腹へ肘鉄をドスッと打ち込んだ。恐ろしいことにジュンペイは顔色ひとつ変えていない。その早業は、オモテザカも何が起きたか分からない程だった。


「あ、ゲーセンってもしかして五十円部? 本当にやってたんだ~」

「まあ、僕としてはミゾグチ君に拉致されてるだけなんだけどね」


 今なら部員募集してますよ~、特に女子部員。ミゾグチが消えてしまいそうな声でそう付け足した。


「ところでオモテザカさんは何を?」

「え、私? 古本探しに来ただけだよ?」


 その言葉にジュンペイは彼女の抱いている本に目をやる。どれも古めかしい文庫本のようだ。


「へぇ、どんな本読んでるの?」

「ふっふーこれが分からないんだよね~」


 え? ジュンペイの口から疑問が漏れ出た。


「ほら、ここって一冊百円もいかないから、手当たり次第タイトル買いして読んでるの。宝探しみたいで楽しいんだよ」


 その言葉に、ジュンペイは彼女の隣にある本棚へと目を移す。そこには古めかしい文庫本から新しそうなライトノベルまで、五十音順でジャンル分けされずに並べられていた。


「フダモリ君も何か探してみたら? 良いものあるかも?」


 そんな馬鹿なとジュンペイは反対側の棚に目を流す。今度は映像作品のコーナーらしい。DVDからビデオテープまでごちゃ混ぜに積まれている。


 そんな中、ジュンペイは一つのテープを見つけてしまった。

 

「これは——真・マスクドオン『序章』!!?」


 ジュンペイは叫んでいた。無意識のうちに、近所迷惑なほど。オモテザカとしても初めて聞くジュンペイの叫び声に、目が点になる。


「え? フダモリ君……?」

「オモテザカー話しかけないほうがいいぞー」


 ミゾグチがオモテザカを制止する。が時既に遅かった。


「それ、どんな作品なの?」


 オモテザカのコミュニケーション能力が仇となった瞬間だ。


「よくぞ聞いてくれました! この真・マスクドオンはマスクドオンシリーズ冷遇期に作られた伝説の作品で、マスクドオンというヒーローの原点回帰を図った伝説の作品なんだ! 史上初とも言える大人向けマスクドオンで——」


 凄まじい早口だった。こうなるとジュンペイは止まらない、オタクの性だ。唖然とするオモテザカとは対照的に、ミゾグチは冷静に左腕を振り上げ鋭い手刀をジュンペイの頭に叩き込む。


 マスクドオンとは毎週日曜日、朝九時に放送しているご長寿特撮番組。そしてジュンペイそれをこよなく愛するいわゆる特撮オタクだった。


「ここで出会えるとはまさに奇跡だ!」

「よ、よかったね~……」


 オモテザカはいい子だった。世の中の多様性を認めていた。そしてその全ての人間と仲良くなることを目標としていた。その信念がオモテザカの口を動かす。


「けどフダモリ君、それ序章って書いてるよ? せっかくだし本編も探したほうが——」

「続きは……無い……!」

「へ?」


 気まずい。何でそこで会話が途切れたのか、ジュンペイ以外理解できない。ただ、ジュンペイの影を落とした顔を見ると非常に話しかけづらい。


「えーっとジュンペイ。その真・マスクドオンかなんか知らんがそれビデオテープだぞ? お前デッキ持ってんのかよ?」

「……あ」


 失念していた。この真マスクドオンは90年代前半の作品だ。ビデオ媒体でしか生産されておらず、売り上げも振るわなかった。DVDも今のところ生産されていない。見るためにはビデオデッキが必須だった。


 どうする、諦めるか? いやそれはない。ならとりあえずビデオだけ買って、後でデッキをネットで探すとか——


「ここリサイクルショップだからあると思うよ? ビデオデッキ」


 ジュンペイが顔を上げると、ヒマワリのような笑顔がそこにあった。


「一緒に探そっ?」


 表坂夏鈴、つくづく彼女は優しかった。



 同日 17:46『リサイクルショップ ワオ!』


 ここリサイクルショップ『ワオ!』の品揃えは思ってたよりもずっと良かった。レトロゲームのカセットに長いアンテナのラジオ。さらには今時どうやって使えるのか分からないアナログテレビまで。そんな物が置いてあって、ビデオデッキが置いてない訳がない。銀色の骨董品は、目玉が飛び出すぐらい高い真空管付きのレコードプレイヤーのすぐ脇に置いてあったが……


「高い……」


 12980円! その赤字が憎らしい。今時誰も使わないビデオデッキが、そこらで買うDVDプレイヤーより高いってどういうこなんだ!? ぼったくり値段だと思ってネットで調べ、さらに高い値段で売られているビデオデッキにジュンペイは膝をついた。


「どうしよう……」

「止めとけ止めとけ、こんだけあったらゲーセンで二百回以上遊べるぞ」


 ミゾグチの言う通りだ。これだけのお金があったらマスクドオンのベルトが余裕で買えてしまう。


「けどなぁ……」


 嗚呼悩ましい、非常に悩ましい。買いたい、しかしこれを買うと、貯金がかなり削られる。これは完全に衝動買いだ。落ち着いて次の機会に――


 その時、誰かがポンとジュンペイの肩を叩いた。


「フダモリ君——次は無いよ」

「え?」


 オモテザカ。彼女はジュンペイの背中に回る。そして耳に唇をぐっと近づけ吐息混じりにこうささやいた。


「これが最後になる。だから買ったほうがいいよ?」


 一瞬、背筋を何かが通った気がした。悪寒と言うのだろうか? まるで蛇に睨まれたかのような本能的な恐怖。ジュンペイはその恐怖に任せて、反射的に振り替える。


「あれ……?」

 

 そこには何もなかった。ただいつもの通り、優しい笑顔を向ける表坂夏鈴を除いて。


「じゅーんぺい。買うのか? 買わないのか? さっさと決めてくれよ」


 気づけば心臓の鼓動は落ち着きを取り戻していた。おそらく気のせいだったのだろう。きっと、このリサイクルショップに潜むアシダカクモとかに第六感が反応したのだ。ジュンペイはそう納得することにした。


 そしてそのあとすぐだ。彼女は足早に、この店を去っていったのだった。

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