第5話 「守人《シュト》」

「しろ? しろって、あの真華城のこと?」

「そうだよ」


 真華城しんかじょう

 それは、この「真国しんこく」の最北にあるまつりごとを行う場所。それが「真華城」である。


「でも、俺は料理とか掃除とかできないよ?」


 マサの中で城で働くと言うのは、料理人や清掃人だと思っているらしい。シュンは「この子は面白いことを言うなあ」と思いつつ話を続けた。


「料理や掃除をする人ではなくて、城を守る人になるんだよ」

「城を守る人?」

「そう。剣を持って戦う人だ」


 すると、マサの目は先ほどの涙の潤みもあってか、急にきらきらと輝き出した。


「剣を持って戦う……俺もそれになれるの?」

「まあな。勿論、試験を通らなくちゃいけないけど、マサにも機会はある」

「すごいや!」


 マサはシュンの話を聞いて興奮し出した。


「だって、剣を持って戦う人になるんでしょ? 俺、そういうのあこがれてたんだ! 剣を持ってみたかったし、地味じゃないし、かっこいいもん!」


「地味じゃない」というところに、シュンは苦笑を浮かべた。


「はは、そうか。やっぱり、そうなんだなあ」

「やっぱりって?」

「いやいや、こっちの話さ」


 マサは祖父の言っていることがよく分からず、首を傾げた。


「それはいいんだが、実は真華城から御触れがでていてね。六歳から十五歳までの子を城を守る『守人シュト』として集めているらしいんだ。もし、マサにその気があるなら、その素質があるかどうか試す試験があるから、それを受けてもいいと思ったんだよ」

「行きたい! 行きたいよ、じいちゃん!」


 マサは胸を張って続けた。


「だって俺、ヤンとガクと剣士ごっこして遊んでたんだよ⁉︎ それで、いつも勝ってたんだから! それにケンカだって強いよ! 一回だって負けたことがないんだから!」


 シュンはマサの様子に笑ったが、なぜかそこには悲しみが入り混じっていた。


(ああ、知ってるよ。そうだろうとも)


 祖父には心当たりがあった。マサがどうして剣士ごっことをしていつも勝っていたのか。そして、ケンカも自分よりも大きい子とやりやって負けたことがないのか。


(でも、マサは忘れているだろうな……)


 シュンは心の中であることを思い出していた。それは、いつかマサに言わなければいけないことだ。だが、それは今ではない。


「マサ、『守人シュト』としての戦いは、喧嘩とは違うんだよ」


 自身の武勇伝を語る孫に、シュンは静かに諭すように言う。


「城を守るために戦わなくてはいけないんだ。挑んでくる相手の命を奪わなくてはいけないときもあるし、自分の命が危険にさらされることだってあるんだよ。それは、簡単に思えてとても難しい」


 だが、マサの表情はシュンの言葉を理解している顔ではなかった。


(まあ、言ったって分かることじゃあないよな)


 シュンは小さく息をつくと、再び孫に問うた。


「マサ、もう一度聞く。城に行く気はあるか?」


 マサの瞳に迷いはなかった。祖父の言っている意味はよく分かっていないようだったが、彼にとってはそれは関係ないことなのかもしれない。マサは強い光を秘めた瞳で、祖父をじっと見ていた。


「ある。城に行く」


 シュンは輝きに満ちたマサの顔を見て、寂しげな笑みを浮かべる。


「分かった。だったら、ミエさんに言おうなあ」


 シュンは「よっこらしょ」と言って木箱から立ち上がると、マサと共に零れ日の中へ戻って行く。彼はその柔らかな光の中を歩きながら、心の中でこう思った。


(この子が城に行きたがるのは、時間の問題だったかもしれない。お前が予想した通り、俺がこんな風に言わなくてもきっと『行く』と言っただろう……)


 シュンは心の中で、ある人の姿を想像する。端正な顔立ちをしていて、飄々としているくせに、その強さは圧倒的だった者の姿を。


(だから『レン』、お願いだ)


 シュンは呼びかけた。彼の心の声に応えてくれるであろう、その人に。


(時間ときに頼らず、俺がマサを唆してやった代わりに、この子に降りかかるであろう厄災から守っておくれ。大切なものを抱きしめていられるように。決して死なせぬように。……どうか頼む)


 すると、風が木々の間を通り抜ける。


 さわさわと木の葉が揺れる音が、シュンにとって、自身の心の声に答えた「廉」の声であると思わずにはいられなかった。

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