第3話 夢女子とバスケの女神


 スマホは無事に回収することが出来た。

 私の予想通り、ロッカーの中に無愛想に転がっていた。まったく、手間をかけさせやがって。


 任務を達成した私は、元来た道を引き返して校舎の外に出る。

 背後を振り変えると、暗闇の中に校舎の白い肌が不気味に浮かんでいた。

 別にビビりってわけでもないけど、普通に薄気味悪い光景だ。私は無意識に小走りになりながら裏門を目指した。


 ここからだと体育館の脇を通るのが一番近道かな。

 まだ入学したてであんまり道は覚えてないけど、多分それで合ってるはずだ。


「むっ」


 そうして歩いていた私は、体育館の横っ腹から一筋の光が漏れ出しているのに気が付いた。

 光線の根元には出入り口となっている引き戸があるはずだ。

 つまりはその扉が微妙に開いていて、中の光が外へと漏れていた。


 こんな時間に体育館に明かりがついているってことは、運動部が練習でもしてんのかな?ご苦労なこった。

 私は横を通り過ぎがてら、中の様子を横目で盗み見することにした。


 案の定、中には運動着を着た生徒がいた。

 ただし一人だけだ。想像していたような大勢の運動部員は確認できなかった。

 長身の学生が体育館の隅にポツンと立っている。


 それ以上のことは、通り過ぎる一瞬では確認できなかった。

 すぐに中の様子は私の視界から外れ、真っ暗な外界が再び支配的になる。


「………」


 だけどそこで私は思わず進む足を止めていた。


 だって今、バスケットボールが見えた気がした。


 大抵のことには無関心な私だけど、バスケと遥とステフ様は別だ。

 本能とも言えそうなものに足を動かされて、私はそろそろと引き戸の方へと近づいて行った。

こっそりと隙間から顔を出し、今度はじっくりと体育館の中を眺めてみる。


 やっぱり中にいるのは一人だけだった。

 そして片手にはバスケットボールを持っている。私のは見間違いでは無かったらしい。


「い、イッケメーン……」


 そして最初に思い浮かんだ感想はそれだった。

思わずごくりと生唾を飲み込む。


 いやだってさ、本当にすごいイケメンなんだって。

 真っ先に目につくのはその綺麗な金髪だろうか。天井からの照明を照り返してキラキラと輝いている。あんだけ綺麗に染めるのはさぞ骨が折れるだろう。

 ていうかもしかして地毛なのかな?それほどに自然な髪色だ。


 その綺麗な長い金髪をうなじのあたりでくくったポニーテールにしている。男性にしては珍しい髪型だけど、この人がやる分には非常に様になっていた。運動するときは長い髪が邪魔になるから、それでくくっているのかな。


 そして……満を持して言及させてもらうが、いっそ冗談みたいに端正な顔立ちだった。

 大きくくりっとした両目、すらりと通った鼻筋、肌は透き通るような白皙で、髪色とのコントラストが綺麗だ。そして輪郭は目を見張るほどに小さい。


 非の打ち所がない、と言っても大げさではない顔の造形。

 加えて身長も、目算だと180cmくらいある。天は二物を与えすぎだな。


 と、その流れで視線を顔から身体へと落としたあたりで、私はその人の胸が大きく隆起していることに気が付いた。

 これは明らかにアレだ。おっぱいだ。


 つまりなんだ……このイケメンさんは女の人ってこと?


 そういう前提を持って改めて眺めまわすと、なるほど、その印象はイケメンから中性的な美少女へと変化していく。よく見てみれば腰回りに綺麗なくびれも確認できた。その他にも女性的なパーツは散見される。

 間違いない、この人はイケメンではなくイケメン系の美少女だ。


 そのイケメンさんはというと、シュート練習の真っ最中らしかった。

 それも3Pの練習みたいだ。


 スリーポイントラインの付近に立ったイケメンさん。その脇にはいくつものバスケットボールが入ったボールカゴがあった。

 その中から一つ手に取ると、何度か呼吸と体勢を整えた後、ぐっと膝を曲げ身体を沈みこませる。


 直後、縮んだバネが反発するように音もなく飛び上がり、その手の先からボールが射出された。


 瞬間的に視界がスローモーションになったような錯覚を覚える。

放たれたシュートは実にゆっくりとした動きでリングへと弧を描いた。もちろんそれは私の脳が異常動作をしているだけで、現実世界では自由落下していたんだろうけど。

 やがてシュッ、と独特の音がなってボールがネットをくぐり抜ける。リングには触れることすらない完璧なショットだった。フローリングで跳ねたボールがテンテンとどこぞへと転がっていく。


 と、そこら辺で我に返った。信じられない気持ちで目をパチパチと瞬く。

 ほんの一瞬だけど、私は確かにこの人のシュートに見惚れていた。

 実際、すごく綺麗なフォームだった。まさしく理想的、教科書的なソレだ。

テクニックってのは極めるとここまでいくもんか。鮮烈なものを見せられてまだ頭の芯がぼーっとしていた。


 そんな私の視線の先で、イケメンさんが膝に手をついて大きく息を吐き出す。さすがに疲れてきたのかな。


 そもそも、この人は一体いつからここで練習しているんだろう。まだ肌寒いこの季節にあれだけ汗をかいているんだから、きっと随分と長いことやってるんだろな。

 それだけ疲労もたまっているはずなのに、あれだけ正確無比なシュートを放てるとは。多少身体が重くなっても問題ないような鍛え方をしているってわけか。


 余程の――想像を絶するほどの鍛錬の賜物だろう。


 先ほどよりも俄然明確な興味が湧いてきた。


 あの人は一体誰なんだろう。

 うちの学校の先輩かな?多分そうだと思うけど、もしかしたら外部の人かもしれない。プロのバスケット選手がお忍びで練習しに来ていると言われても、このときの私なら信じてしまっただろな。


「ん?」


 と、その時だった。何気ない仕草で先輩(おそらく)がこちらへ顔を向ける。すると当然だけどその先には私がいるわけで、空中で私たちの視線がぶつかった。


 やべえ!と、私は反射的に体を硬直させる。まさか目が合うとは思わなかった。無警戒にジロジロと眺め回してたんだからしょうがないけども。


 改めて正面からの顔を見てみても、本当に一部の隙もないほどの美人だ。

 先輩の碧い瞳はなんとも言いようのない強い引力を持っていた。


たっぷり数秒間は二人して無言のまま見つめ合っていたと思う。

 やがて――その人がこちらに向かってニッコリと笑いかけてきた。

ついでにひらりと手を振ってみせる。


「!」


 それを見た瞬間、不覚にも心臓が高鳴るのを感じた。瞬間的に顔に血液が集まってきて、多分傍から見た私は赤い顔をしていたと思う。


「ど、どうもっ……」


 それだけボソッと言った私は、小さくぺこっと頭を下げて、そしてそのまま体育館に背中を向けた。小走りでその場から歩き去る。


 後から考えてみると中々失礼な反応だった。走りながら私は小さく後悔する。けどそれよりも大きな高揚が後から後から湧いてきて、後ろ向きな気持ちなんてすぐに押し流してしまった。


 また会えるかな。

 うん、きっと会えるよね。

もしこの学校の生徒なんだったら、まず間違いなくバスケ部なんだろうし。


 明日入部届を出しに行ったら、あの人が待っててくれるのかもしれない。


 夜闇を裂くように駆け抜けると、ひんやりと空気が顔を撫でて、火照った肌にとても心地よかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る