第5話 イケメンを拾いました
朝、目を覚ました私が見たものは、艶やかに微笑む褐色の
「おはよう、あおい」
あろうことか、
突然のことに停止していた思考が、このキスによって一気に覚醒した。
「う、うわあああああああああ!!!!」
「んぐっ」
私は
いつもならばイケメンの命とも言うべき顔は避けているところだけれど、今回ばかりは許してほしい。
というか、勝手にベッドに入って来たうえに頬にキスして来たこの変質者の方が圧倒的に悪いと思うので自業自得だ。
「あおい、可愛くない悲鳴が聞こえて来たけど大丈夫!?」
慌てた様子でモーリスが部屋へと突入して来る。
私と謎の
「うう……ポポ、あおいに挨拶しただけなのに」
ん? 今なんて言った?
とてもじゃないが、聞き流せないようなことを言っていた気がする。
「ええと……あなた、お名前は?」
「? あおい、ポポのこと、忘れた?」
雷に打たれたような衝撃を受ける。
そんな、まさか……この褐色ミステリアス系
でも確かに、言われてみればドラゴンっぽい角や翼や尻尾が生えている。
「ポポって人間になれたの……!?」
「獣人は確かにいるけれど、ドラゴンが人間になるなんて聞いたことがない。ポポ、昨晩何があったのか教えてくれるかい?」
「昨晩……?」
うーん、と唸ることしばらく。
思い出したのか、ポポは「あっ」と短く声を上げた。
「ポポ、あおいの役に立ちたいって、いっぱいいっぱい夢の中でお願いした。そうしたら、起きたらこうなってた」
思わずモーリスと顔を見合わせる。
それはつまり、ポポのお願いが叶ったということ……?
そんなことがありえるのだろうか……まあ、私がいた
「ポポ、迷惑だった……?」
尻尾を垂らしてしょんぼりしている姿を見ていると胸が痛む。
そうだ、ポポは私のためを思って人間の姿になってくれたのだから、私が受け入れてあげないでどうするのか。
「ううん、迷惑なんてことはないよ。ただ、いきなりだったからびっくりしただけ」
「本当? ポポ、ちゃんとあおいの役に立てる?」
「まあ、ドラゴンを連れて歩くと何かと目立つだろうし、今の姿の方があおいの役には立ちやすいんじゃないかな。尻尾とか色々出てるのは気になるけど」
モーリスの言葉にポポはぱあっと顔を輝かせる。
「ポポ、あおいの役に立てる! 嬉しい!」
ああ、なんて無邪気で愛らしいのだろう。
ドラゴンの時の愛らしい姿を知っているだけに、目の前の
ちょっとばかり筋肉質だけれど。
「あおい、大好き」
ほっこりしていたのもつかの間、ポポが急に私を抱き締めて来た。
「ちょ、ポポ!?」
ポポの突然の行動にハッとする。
もしかして、今の姿のポポには私の『乙女ゲームスキル』が効いている……!?
いや、そもそもドラゴンには『乙女ゲームスキル』は効果がないんじゃないかっていうこと自体私の仮説でしかないのだけども!
私がもう一度物理に訴える前に、モーリスがポポを私から引き剥がしてくれた。
「ポポ、あおいのことが好きなら困らせるんじゃないよ」
「でも、ポポ、あおいのことぎゅってしたい」
うーん、ポポの言動的に『乙女ゲームスキル』が効いているのかどうかかなり怪しい。
ただ私に懐いてじゃれているだけのようにも見える。
しかしこれだけははっきりさせておかなければ。
「ねえ、モーリス。もしポポにキスされたとしても、
「そのへんは
ぞっとする。
ポポが私に懐いているだけだとしても、唇にもしキスされればこの
それだけは絶対に避けなければ……!
「まあ、ポポは素直過ぎる性格って感じだし、キスはするなって言っておけばしないんじゃない?」
「うん。ポポ、あおいが嫌なことはしない!」
「そう……? それなら、朝みたいにキスするのは今後なしだからね」
いくら頬へのキスといえど、キスはキス。
それがいつ間違って唇に……ということもありえない話ではないので、最初から避けておくに限る。
「わかった! キスはしない!」
その代りと言わんばかりに、もう一度私をぎゅっぎゅっと抱き締めるポポ。
結構力が強いうえに若干暑苦しいけれど、これも懐いてくれている証拠なのだと思うと嬉しくないわけではない。
「じゃれるのはその辺にして、話がまとまったならさっさと出かけるよ」
「そうだね、勇者の儀を受けないと」
「ポポ、あおいについて行く」
宿を出て、私達はアルトリエの中心に位置するお城を目指した。
お城は沢山の屈強な戦士達で賑わっていた。
「もしかしてみんな、勇者の儀に参加するのかな?」
「ここにいるってことはそういうことだろうね」
勇者の儀に参加するためにはこの中庭で待てばいいとのことだったので、私達三人は大人しく待つことにした。
しばらくして、見るからに国王様というような風貌の男性が城の奥から現れる。
「皆の者、よくぞ集まった。これより、勇者の儀を執り行う」
しんと静まり返る中、国王様の声だけが中庭に響き渡る。
酒場のマスターはさほど難しい儀式ではないと言っていたけれど、やはりどうしても緊張してしまう。
まあ、私はこの世界で
ここで楽勝だろと思うような
乙女ゲームのヒロインとは、例えわかり切っていることを目の前にしても新鮮な気持ちでぶつかって行くものなのだ。
勇者の儀とは、剣を構えた国王様の前に跪き、忠誠を誓うというものだった。
順調に儀式は取り行われ、いよいよ私の番がやって来る。
「あおい、頑張って!」
「跪くくらいなら誰だって簡単でしょ」
私の背後では、モーリスとポポが声援を送ってくれていた。
それに応えるべく、私は他の
「汝、真の勇者だとここに証明するか?」
「はい、証明致しましょう」
「汝、王家への忠誠を誓うか?」
「はい、忠誠を誓います」
いくつかの問いに答え、国王様が私の頭上で剣を振るう。
これで儀式は終わりだ。
私は、ついに勇者になれた。
そう安堵したその時、周囲が妙にざわつき出したことに気づく。
「「あおい!」」
モーリスとポポが同時に私を呼ぶ声が聞こえる。
私は瞳を開け、違和感を感じて顔を上げた。
皆がざわついている原因がすぐにわかる。
だって、すぐ目の前で国王様の持つ剣が漆黒の光を放っていたから――。
……え、ここはせめて、まばゆいほどの真っ白な輝きを放つところでは?
どこをどう見ても禍々しい闇を放つ剣を前に、私は本日二度目の思考停止を迎えたのだった。
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