第4話 魔物を仲間にしたつもりでした

「グルゥ……」


 ようやく長い旅路への一歩を踏み出した私とモーリスの前に現れたのは、私の身長を軽く超える大きさのドラゴンだった。

 ドラゴンは低い唸り声を上げながら、しっかりと私を見据えている。


「あおい、構えて!」

「っ、うん!」


 モーリスの言葉に、腰にさしていた短剣を抜く。


「ねえ、モーリス。旅の最初にこんなボスっぽいドラゴンって出て来るものなの?」

「いや、何かがおかしい。ドラゴンは特定の地域でしか出会えない魔物だから、こんなところで出会うなんて普通じゃありえない」


 空気が張りつめているのが手に取るようにわかる。

 しかし、モーリスが言っていた意味とは少し違うけれど、何かがおかしい。

 ドラゴンは私達を睨むばかりで、一向に襲ってこない。


 じっくり観察してみると、ドラゴンはそこかしこに傷を負っていた。

 中にはかなり深い傷跡もある。


「モーリス、この子……」

「ああ。どうやらだいぶ深手を負っているようだ。全快のドラゴンだったら無謀だったけど、これなら今の僕達でも逃げ延びるくらいは出来るかもしれない」


 確かにこんなところでゲームオーバーになるわけにはいかないので、逃げる選択は正しいと思う。

 というか私、ゲームオーバーになったらどうなるんだろう?

 今度モーリスに聞いておかないと。

 それはそれとして、なぜかこのドラゴンが妙に気にかかった。


 だって、私は元乙女ゲームのヒロインだから。

 何か大きなイベントが発生しそうな選択肢は絶対に見逃さない。

 私が妙に気にかかる時は、この先のイベントに大きく関わる時だと相場が決まっている。


 つまり、ここで私が選ぶべき選択肢は一つ。


「モーリスって回復魔法は使えたりする?」

「え? まあ、初歩的なものであれば使えるけど……まさか、ドラゴンと戦おうってわけじゃないよね? さすがに死んだら、僕じゃどうにも出来ないよ?」

「大丈夫。むしろ、その逆のことをするつもりだから」


 私は手にしていた短剣を地面へと置いた。


「あおい!? ちょ、何して……!」

「ドラゴンと話してみる。モーリスも杖を置いて」

「えぇ……」


 モーリスは困惑の色を浮かべていたものの、私と同じ様に杖を地面へと置いてくれた。

 それを確認してから、私は一歩、ドラゴンの方へと近づく。

 睨むばかりだったドラゴンが軽く震える。

 近くで見れば見るほど、痛々しい傷跡だった。


「ひどい……こんなに傷つけられて、痛かったよね」


 ドラゴンは私を見据えたまま動かない。

 私はもう一歩、ドラゴンとの距離を縮めた。


「気休めかもしれないけど、少しでもあなたの傷を癒してあげたい。いいかな?」

「グルゥゥ……」


 問いかけると、ドラゴンはもう一度唸り声を上げた。

 そして。


「お前達は……怖く、ないのか……?」


 怯えるような口調で、ドラゴンはそう言った。

 どうやら言葉で意思の疎通が出来るらしい。


「怖くないって言ったら嘘になるけど、怖いからって見過ごすことは出来ないよ」


 乙女ゲームのヒロインというものは、基本的に慈悲深いもの設定なのだ。

 乙女ゲームのヒロインといえど、それは変わらない。

 困っている人だろうがドラゴンだろうが放っておけない生き物、それが私。


 決して、この先の大きなイベントのためだけに動いているわけではない。


「うっ……うぅ……」


 ドラゴンは大きな瞳からぽろぽろと涙を零し始めた。


「どこに行っても邪魔者扱いで……誰も優しく、してくれなかった……」


 その様子に、胸が痛んだ。


 ドラゴンの目の前に立ち、腕を目一杯伸ばす。

 ドラゴンの頬……と言っていいのかわからないけど、そのあたりに伝う涙をそっと拭った。


「私にも同じような時があったから、なんとなくわかるよ」


 私がいた乙女ゲームドキ学には、学園中の女子を虜にする攻略キャラがいた。

 その攻略キャラのルートでは、みんなから邪魔者扱いされ、何度も寂しい思いを経験した記憶がある。

 境遇はまったく違うだろうけれど、誰にも優しくされない辛さは痛い程わかった。


「ありが……とう」


 その言葉を告げた途端、ドラゴンはふっと意識を手放した。

 それと同時に、みるみるうちに抱えられるほどの大きさへと変化する。


「小さくなった……?」

「魔力を使って大きく見せていただけみたいだ。安心したのもそうだし、魔力が底を尽きたこともあって元の姿に戻ったんだろう」


 そっとドラゴンの体を抱き上げる。

 弱弱しいけれど、息はちゃんとあった。


「モーリス、この子の回復をお願いしてもいい?」

「いいけど、これだけ弱っていたら僕の今使える魔法じゃたかが知れてる。助けたいんだったら、ちゃんとした医者に診せた方がいいよ」

「ということは、元々いた街に戻った方が良さそうだね」

「いや、このままアルトリエへ向けて進むべきだ。ドラゴンの治療なんて並の医者じゃ行えない。先程の街には恐らく期待は出来ないだろうし、国の中心であるアルトリエの方がまだ望みはある」


 今から順調に進んで行けば、アルトリエには日が暮れる前に辿りつけるはず。

 それなら尚のこと、モーリスの言う通りドラゴンを救える望みをかけてアルトリエへ向かうことが得策だ。


「わかった、アルトリエへ行こう!」











 道中現れた魔物達を倒してお金を稼ぎつつ……。

 私達は、アルトリエへと無事到着することが出来た。

 幸い、魔物の知識に明るいお医者さんもすぐに見つけることができ、ドラゴンの容体はかなりよくなった。

 今は宿で、ぐっすり眠るドラゴンをモーリスと共に見守っている。


「それにしても、君って本当にお人よしだよね。まさかドラゴンを助けようとするとは思いもしなかったよ」

「だって、人間に対して友好的な魔物もいるって聞いてたし。敵だとわからない限り、一方的に傷つけるのは勇者っぽくないじゃない」


 話していると、ドラゴンが身じろぎした。

 ゆっくりと瞳を開く。


「ここは……?」

「宿だよ。君はここにいるあおいに助けられたんだ」

「あおい?」


 ドラゴンが私の方を向く。

 よくよく見れば、くりくりのお目めに小さな羽に愛らしい手足でとても可愛い。


「気分はどう? どこか変なところとかはない?」


 尋ねてみると、ドラゴンは角度を変えながら自分の体を隅々まで確かめた。

 ドラゴンの体には傷一つない。

 さすがRPGと言うべきか、医者に診てもらうだけで一瞬であちこち治るのだからすごい。

 人間の場合は宿で寝泊まりするだけで次の日にはだいたいの傷や怪我が治るらしいのでめちゃくちゃすごい。


「痛くない。助けてくれてありがとう、あおい」


 丁寧にお辞儀するドラゴンはやっぱり可愛い。


「治ったのならよかったよ。えっと……そういえば、君のお名前は?」

「名前はない。落ちこぼれのドラゴンは、名前をもらえない」


 ドラゴンは悲し気に自身の境遇を話してくれた。

 ドラゴン達が暮らす里で生まれ育ったこと、生まれつき魔力がほかのドラゴン達よりも弱いこと、そのため仲間外れにされていたこと……。


「そんな毎日が嫌で、里を出た。そうしたら、ドラゴンだからという理由で人間や魔物に襲われた。ドラゴンは危険で怖い生き物だからと」

「そっか……辛かったね」


 ドラゴンの頭を優しく撫でる。

 すると、ハートマークが書かれたアイコンが出て来た。


「これは?」

「仲間に出来る印だよ。あおいさえ許可すれば、仲間として一緒に旅が出来るんだ」

「旅? 仲間?」


 ドラゴンは首を傾げる。


「でも、弱いから。仲間にしても、役に立てないかも」


 しょんぼりした様子でそう言うドラゴンだけれど、私の答えは決まっていた。


「もちろん、仲間にする!」

「え」


 ぽかんとしているドラゴンをよそに、抱き上げる。


「ドラゴンが仲間だなんてますますRPGっぽいし、人間のイケメンでもないし言うことなし!」


 イケメンには私の『乙女ゲームスキル』が発動してしまうけれど、ドラゴンは間違いなく除外だろう。

 そもそも人外だし。

 これほどまでに色んな意味で心強い仲間がほかにいるだろうか?

 いいや、いない。


「いいの……?」

「いいもなにも、大歓迎だよ! あ、仲間になってもらうんだったら名前があった方がいいよね?」

「あおいが勇者なんだし、決定権は君にある。いい名前をつけてあげるといいよ」


 いい名前と言われると、地味にプレッシャーがかかる。

 ドラゴンは期待に満ち溢れた瞳で私を見つめている。

 そうだよね、初めての名前なんだから期待もするよね。


 私はドラゴンと出会った時のことを思い返した。

 確かあの時、地面にはタンポポが咲いていた。


「出会った時にタンポポが咲いていたから……タンポポから取って、ポポっていうのはどうかな?」

「ポポ!」


 ぱあっと顔を輝かせるポポ。

 私の手から離れて、宿の中を自由に飛び回っている。


「ポポ、嬉しい。あおいがくれた名前、ポポ、気に入った!」

「気に入ってくれたならよかった」

「綺麗に話がまとまったようでよかったよ。それじゃあ、僕は部屋に戻るから」


 私とポポを残し、モーリスは去っていく。

『乙女ゲームスキル』のこともあるし、モーリスには別の部屋を取ってもらったのだ。


「そういえばポポって男の子? 女の子?」

「男の子? 女の子?」


 ポポも自身もよくわからないらしい。

 体を軽く確認させてもらったけれど、ドラゴンを見るのは初めてなのでいまいち性別の判断がつかない。


「まあ、ポポはドラゴンなんだしどっちでもいっか」

「ポポ、あおいと一緒に寝てもいい?」

「いいよ。おいで」


 ポポが私の腕の中にすっぽり収まる。

 そして、嬉しそうに喉を鳴らした。


「誰かと一緒に寝るって、温かい」

「ふふっ、そうだね」

「ポポ、あおいの役に立てるよう、頑張る。だから、これから……」


 まだ疲れがあったのか、それとも宿屋の効果なのか、ポポは言葉の途中で眠りについてしまった。

 腕の中で微かに上下するポポの小さな体がとても愛おしく感じる。


「おやすみ、ポポ」


 この世界RPGに来て本当に良かったと思いながら、私も眠りについた。











 目が覚めると、腕の中にあったはずの温もりがなかった。

 むしろ、私が誰かに抱き締められているような温かさを感じる。


 え、抱き締められているようなじゃなくて、本当に抱き締められてない?


 恐る恐る瞳を開くと、モーリスに匹敵する程の美青年イケメンが私をじっと見つめていた。

 しかも、私を抱き締めながら。


「おはよう、あおい」


 褐色の肌が健康的でとても美しい美青年イケメンが、私の頬へキスを落とした。

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