第3話 影のあるイケメンにはご注意を
モーリスと共にやって来た酒場には、これまたイケメンがいた。
「いらっしゃいませ。もしかして、新たな勇者様かな?」
私とモーリスへと、イケメンは儚げな笑みを向ける。
その魅惑の笑みに惑わされて気づくのが遅れたけれど、よくよく見ればマスターの右上くらいに『酒場のマスター』と吹き出しのようなものが浮いている。
なるほど、重要な人物にはこうして吹き出しが出て来るのか。
感心していると、モーリスに肘でつつかれた。
「ほら、喋って。主人公は君なんだから、基本的な会話は君に任せるよ。困った時は助けるから」
「う、うん」
マスターがまさかのイケメンという展開でどうしても緊張してしまう。
いや、イケメンだから緊張しているのではなく、例の『乙女ゲームスキル』が発動してしまわないか故の緊張だ。
どんな顔面だろうがイケメンはもう見飽きているので私の鼓動が早鐘を打つことはない。
けれど、私は気づいた。
マスターの左手の薬指で煌めいている指輪の存在に。
左手の薬指に指輪をはめているということは、恐らく既婚者。
既婚者であれば私の『乙女ゲームスキル』は効かないのでは?
そもそも、既婚者が攻略出来る乙女ゲームはそこまで多くない。
少なくとも私がいた
そんな
モーリスも同じことを考えているのか、イケメンを前にしているのにどこか安堵した表情を浮かべている。
念のためいつでも逃げられる距離を保ちつつマスターに声をかけた。
「一応、職業は勇者ってことになっています」
「一応ということは、まだ正式な勇者の儀が済んでないってことかな?」
「勇者の儀?」
「この先にあるアルトリエという街で勇者であることを証明することによって、正式に勇者になれるんだ。王様からの勇者募集のお触書にそう書いてなかったかい?」
「お触書……」
まったく見ていないことが私の反応でわかったのか、マスターはふっと笑った。
「勇者募集を見て勇者を志したわけじゃないなんて、珍しいね。色んな勇者様を見て来たけど、君みたいな勇者様は初めてだ」
「はあ……」
「わけあって僕も彼女も俗世から離れて生活してたんだ。よかったら、今この世界で何が起こっているのか詳しく教えてもらえない?」
何と返すべきか困っていると、モーリスが助け舟を出してくれた。
持つべきものは頼りになる
「この世界について……? いいけど、長年魔族との共存の上に成り立って来たってことはさすがに知ってるよね?」
私はすかさず首を横に振った。
こういうチュートリアル的な文言の時は、わからないならわからないと正直に答えるに限る。
面倒だからって飛ばしてしまうと、後で痛い目に合うのは乙女ゲームも
「そこから知らないのかい……!? ええと……長年魔族と共存して来たのは確かなんだけど、近年それが変わってきてしまったんだ」
「変わって来た?」
「ああ。すべては魔王の代替わりがきっかけだ。新たな魔王は人間達を支配下に置こうと動き始めた。もちろん、今でも人間に対して友好的な魔物もいるけどね。しかし、人間を襲う者も少なくない。そこで、魔王の討伐を行うべく王様は勇者を募ったんだ」
マスターの話を聞いていて、ふと気になった。
そういえば、私の冒険のゴールってどこ?
モーリスに小声で話しかけてみる。
「ねえ、モーリス。マスターの話的に、私の冒険のゴールって魔王討伐になるの?」
「そういうことになるだろうね」
「ということは、魔王を倒したらまた最初からスタート?」
私がいた
そのあとはまた、ゴールを目指して最初から彼を攻略する……ということの繰り返しだった。
いくら恋愛をしなくてもいいと言っても、この
「その点は安心してくれていいよ。今のソーシャルゲームにありがちな、人気なら延々と新しいエピソードが追加されていくタイプの
つまり、乙女ゲームでいうところのファンディスクが延々と出続けるという感覚に似ているのだろうか?
それならわかる、とってもとってもすごいことだ。
ますます誰ともキスするわけにはいかないと私は意気込んだ。
マスターは話を続けてくれる。
「毎年新たな勇者が誕生するけど、まだ誰も魔王の居場所を突き止められていない。今年こそはと王様も気合いを入れているようでね、例年に増して多くの勇者が誕生するんじゃないかな?」
「勇者ってそんなに簡単になれるものなんですか?」
「勇者の儀って呼ばれる儀式はあるけれど、さほど難しいものではないそうだから心配しなくてもきっと君もなれるよ。勇者になれば国からバックアップが受けられるし、頑張ってね」
マスターのおかげで、おおよそ自分が何をすべきかようやくわかった。
まずは正式に勇者として認められなければ。
「ありがとうございます、色々教えてもらえて助かりました」
「お役に立てたのなら何よりだよ。アルトリエはこの街から北へ向かえばすぐにつくはずだけど、魔物が出るみたいだから道中気をつけて」
魔物が出て来るだなんて、ますますRPGだ。
マスターからの忠告は大変ありがたいけれど、私はわくわくしてきた。
「ふふっ、そんなに瞳を輝かせて……君は本当に変わった勇者様だね」
「そうですか?」
「魔王の討伐には高額の懸賞金がかかっているから、大抵みんなぎらついた目をしているんだ。だから、君みたいな喜びが抑えられないって感じの人は初めて見たよ。すごく魅力的でいいと思うな」
誰もがうっとりとするような魅惑的な笑みを浮かべるマスター。
「無事勇者になれたら、ぜひまたこの酒場へ寄って。その時はお祝にサービスするからさ」
アイドル顔負けのウインクをばっちり向けてくれる。
ちょっとちょっと、いつの間にか私口説かれてない?
え、それとも酒場のマスターってみんなにこんなこと言ってるの?
酒場も接客業も今までの私には縁のない世界だったからわからない……教えてその辺詳しい人。
「ねえ、ちょっと」
すかさず私とマスターの間にモーリスが入ってくれた。
「あんまり勘違いされるような言動はしない方がいいと思うよ? その指輪のお相手もいい顔しないだろうし」
「ん? ああこの指輪か。これは護身用につけているだけなんだ」
「護身用?」
指輪で何を守れるのだろうときょとんとしてしまう。
もしかして、RPGだし魔力が込められた特殊な指輪とか?
「職業柄人と接することが多いから、言い寄られることも多くてね。いちいち断るのも面倒になったから、指輪をつけてるんだ。だから、特定の相手はいないよ。君みたいな面白い人に出会えたわけだし、この先はわからないけどね」
「行くよあおい!!!!!!!!!!」
マスターが言い終わらないうちに、モーリスが私の腕を掴んだ。
そして、超絶ダッシュをきめる。
けれど酒場から完全に離れる前に、マスターにこれだけは言っておかねば。
「私、そもそもお酒が飲める年齢の人は対象外なんでごめんなさいーーーー!!」
そう、攻略キャラ的にも、私の好み的にもそもそも無理だ。
何度も言うけれど、この世界で恋愛するつもりもないし。
私の声がマスターに届いたか確認する間もなく、私達はあっという間に酒場から離れたのだった。
「あ、アルトリエに向かうにはこっちって看板が立ってるよ」
「ということは、あとはこの道をまっすぐ進んで行くだけだね。整備されてるみたいだし、迷うこともなさそうだ」
私とモーリスはさっそくアルトリエに向けて出発した。
街の人達にもアルトリエまでの道のりを尋ねてみたけれど、今から向かえば日が暮れる前にはたどり着けるらしい。
野宿と言うのもRPGの醍醐味だろうし、そのうち経験するのが楽しみだ。
「魔物も出るって聞いたし、どきどきするね……」
「そんな楽しそうな顔して、どんだけ戦いたいのさ」
「そりゃ、RPGに来たからには戦わないと。武器を買い替えるためにも稼いでおきたいし」
話ながら歩いていると、近くの茂みが揺れた。
「魔物かな?」
俄然わくわくしながら短剣を構える。
冒険の最初に出て来る敵といえば、スライムかな? それとも鳥とか虫っぽい感じの魔物かな?
何にせよ、最初の相手には不足なし。
……けれど、次の瞬間私は固まった。
「グルゥ……」
茂みから現れたそれが、小さく唸り声をあげる。
どうやってその茂みに隠れてたの? と思わずツッコまずにはいられない大きさのドラゴンが私達の前に現れた――。
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