第1話 初めましてRPG
「おはよう、寝坊助の勇者様」
超至近距離で、私に向けて微笑みかける
私の脳裏には、つい先程聞いた
『もし
「……ち」
「ち?」
「近い!!!!」
「うわっ!?」
私は思い切り
だって事故だろうが何だろうが、一度だって
なので大変申し訳ないけれど許してほしい。
それにしても、
「痛たた……まったく、乱暴な人だなあ」
「ご、ごめんなさい。つい……」
「まあいいよ。誤解させるような距離にいた僕も悪かったし。それより、どこも異常はない?」
「異常?」
「
自分の姿をよく確認してみる。
見慣れた制服ではなく、動きやすそうな衣装に変わっていた。
心に沸き上がる衝動のまま、すぐそばにある窓から外を覗く。
「わあ……!」
眼下には、人々が行きかう賑やかな街並みが広がっていた。
ただし、私が今まで見て来た街の様子とはまったく違う。
地面はコンクリートで舗装されていないし、電柱だって街灯だってない。
歩く人々も、スーツでも制服でもなく、これぞ
「本当に来たんだ……RPGの世界に……!」
「その様子だと、とりあえず変なところはなさそうだね」
安堵したように言う
口調は少し冷たい印象だけれど、実は心優しい
「心配してくれてありがとう。ところであなたは……?」
「僕はモーリス。
そういえば、初心者の私のために部下をRPGに送り出したと言ってくれていた記憶がある。
至れり尽くせりで、
「僕は君の仲間として、これから一緒に旅をすることになるから。まあ、適当によろしく」
「よろしくね、モーリス」
握手しようと手を差し出す。
しかし、モーリスは私の顔をじっと見つめて固まっている。
「モーリス?」
「そういえば君の名前は?」
「私の、名前……」
どうしよう。
私には
正確には、
しかし、名前に関してはプレイヤーが好きに決められるようになっており、特定の
そういう乙女ゲームも割とある。
「あー……そっか、そういえば君は
「ううん、大丈夫」
「けど、この
「こう?」
言われた通りに振ると、空中に電子モニターのようなものが浮かび上がった。
「何これ!?」
「このモニターでプレイヤー情報が見れるようになってるんだ。名前の項目に何か書いてない?」
「えっと……」
モニターには『職業/勇者』という記載と共に『名前/あおい』としっかり記されていた。
「あおい……あおい…………」
何度か自分の新しい名前を口に出してみる。
新鮮なはずなのに、どこか懐かしいような、しっくりくるような……なんだか不思議な心地だ。
「もしあおいって名前が気に入らなければ変えることも出来るよ」
「すごく気に入ったから大丈夫。誰がつけてくれたのかは知らないけど、いい名前だね」
「そう、気に入ったのならよかった。ちゃんと職業も勇者になってるみたいだし、プレイヤー情報も問題なさそうだね」
「そういえば、モーリスの職業は何なの?」
「僕は魔術師だよ」
どこから取り出したのか、モーリスの手に杖が一瞬にして現れる。
「かっこいい……! RPGって感じがする……!!」
「実際RPGだしね、ここ」
「もしかして私もモーリスみたいに武器を出したり出来るの?」
モーリスの手の動きを真似してみるが、一向に何も出てこない。
そんな私を見て、モーリスは微かに笑った。
惚れたりはしないけど、
「これは僕が魔術師だから出来ることだよ。あおいの武器はこっち」
そう言ってモーリスが指し示した棚の上には、短剣があった。
「これが私の武器……?」
なんというか、勇者っぽくない。
いや、短剣で戦う勇者だっているとは思う。
思うけれど、私的には勇者と言うのは大剣を軽々振ったりとか、二刀流だったりとか、そういう華々しい武器を持っているイメージだった。
「うーん……チェンジ」
「チェンジとかないから。というか、初期装備なだけだからお金が貯まったら好きな武器に買い替えればいいよ」
「なるほど」
「それより、いい加減街に出ようか。行くところもあるし」
杖をまたどこかへと直して、モーリスが私に手を差し出す。
「ん? ああ、握手ね」
「違う。いい加減ベッドの上から出て欲しいから手を差し出してるんだよ。この
「握手じゃなかったんだ……」
というか、一度握手を無視されているのだから、ここで改めて握手してくれたっていいと思う。
手を差し出してくれているということは、触れられるのが嫌と言うわけではないみたいだけれど。
若干釈然としないまま、私達は街へと出かけた。
初めて出たRPGの街は、なんというかすごかった。
まるでお祭りなのではと思うくらいの人、人、人。
そして、珍しい露店の数々。
かっこいい武器や防具、見たことのない果物、怪しげな薬品などなど……。
どこを見ても新鮮で飽きない。
「すごいね、モーリス……!」
「はいはい、楽しそうで何よりだよ。人が多いから、僕からはぐれないようにね」
そう言った傍から、モーリスが人の波に呑まれてはぐれそうになった。
慌てて波からモーリスを救出する。
「モーリス、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。ちょっと油断しただけだし」
「それで、モーリスが言ってた『行くところ』ってどこなの?」
「酒場だよ。もう少し歩いたところにあるんだけど、酒場のマスターに挨拶するところからようやく僕達の
「酒場……!」
酒場とマスターなんて、RPGの定番中の定番だ。
テンションが上がらない方がおかしい。
あと、レーティングの関係上私が元々いた『ドキドキ! 学園メモリーズ♡』略してドキ学ではお酒の表現がNGだった。
なので、未成年だからお酒が飲めないにしても、酒場と言う響きだけで変にドキドキしてしまう。
「よし、早く行こう!」
「張り切るのはいいけど、もう少し周りに気を配るようにね」
「ついさっきはぐれそうになったモーリスには言われたくないなあ」
「うるさい。僕は君のためを思って言ってるんだ。君のスキルはかなり厄介だから」
「スキル?」
「
首を横に振る。
すると、モーリスはかなり深いため息をついた。
「
「そんなに大変なスキルなの?」
「大変も何も、君がこの
「つまり……?」
「つまり、その名も『乙女ゲームスキル』。乙女ゲームの世界に長く居過ぎたせいで、何もしてなくても勝手に乙女ゲーム的なイベントが発生してしまうスキルだ」
モーリスの言葉に驚愕してしまう。
まさか、そんなはた迷惑なスキルが初期装備として実装されていたなんて……。
一発目のイベント発生からキススチルがあるようなキャラだって乙女ゲームによってはいたりするし、そんなキャラと接触した時点で私のRPG生活は終わりを告げてしまう。
それは困る。
しかし、だとしてもどうにかこうにかイベントを潜り抜ければいいだけだ。
今のところ何も起こる気配はないし、モーリスが心配し過ぎなだけで案外そんな大変なスキルでもないのかもしれない。
うん、きっとそうだ。
そうであってほしい。
「大変なスキルってことはわかったよ。教えてくれてありがとう、モーリス」
お礼を言うが、そこに
「モーリス!?」
なんてことだろう、今度こそ本当にモーリスとはぐれてしまったらしい。
「どうしよう……酒場の場所もわからないし……」
はぐれたのはついさっきなので、モーリスは恐らくまだ近くにいるはず。
そう信じて探そうとしたところで、厳つめのイケメンがじっとこちらを見ていることに気づいた。
イケメンがなぜかこちらに近づいて来る。
「あんた、連れとはぐれたのか?」
「へ……?」
鋭い目つき、かつ長身のイケメンに声をかけられて思わず一歩後ずさってしまう。
この
「そんな警戒しなくていい。俺で良ければあんたの連れを一緒に探してやるよ」
「ほ、本当ですか……?」
「ああ。こんな長身だしな。あんたと連れが話して歩いてるところ見てたし、すぐ見つけれると思う」
厳ついイケメン特有の、『こう見えて実は困っている人を放っておけないタイプのイケメン』だった。
これはなんともありがたい。
「ありがとうございます。何とお礼を言っていいか……」
「礼なんて別にいらねえよ。なんつうか、あんたのこと放っておけなかっただけだし」
……ん? 私のこと?
「べ、別にナンパとかじゃねえからな! ただ、目を離せなかっただけで……」
イケメンの頬がほんのりと赤い。
少女漫画のヒロインだったらこんな時「親切心で声をかけてくれて、なんて優しい人だろう」と感謝するところだろう。
ところがどっこい、私は長年乙女ゲームのヒロインをして来た身だ。
だからこそわかる。
これはどう考えても恋愛フラグだ。
なぜか目を離せなかったのは一目惚れだったからというのが物語の中盤で発覚するタイプのやつだ。
やばい――。
一瞬にして、このイケメンとの物語がエンディングまで一気に脳裏に浮かんだ。
このままだと私のRPGファーストキスが奪われかねない。
「すみません、私やっぱりひとりで探します……!!!」
「おいっ……!」
驚くイケメンを残し、人の波をかき分けて進む。
すると、急に人通りが少ない場所へ出た。
勢いをつけていた反動で、その瞬間盛大にすっ転んでしまう。
「「あっ」」
私が転んだ先には、今度は儚げな印象のイケメンがいた。
RPGも顔面偏差値高いなあなんてことをぼんやり考えながら、私はイケメンもろとも地面に倒れた。
「うっ……」
「すみません、大丈夫ですか!?」
共に地面に倒れたイケメンを案ずるけれど、大変なことに気づいてしまう。
私は今、イケメンを押し倒している。
ああ、やってしまった。
普通の人ならば、ただイケメンを押し倒しただけに過ぎないことだけれど、元乙女ゲームのヒロインである私がイケメンを押し倒すということは大変な意味を持つ。
つまり、恋が始まるのだ。
イケメンとの出会いを印象付けるため、だいたいの乙女ゲームは衝撃的な出会いをするようになっている。
押し倒した結果事故チューなんてよくある話だ。
せめて事故チューしなかっただけ偉い、私。
じゃなくて、すぐにこの場から逃げなければ……!
「ぶつかっておいてなんですが、急いでいるのでこれで……」
「っ、お待ちください!」
イケメンが私の腕を掴んで止める。
やめて、止めないでイケメン。
「お洋服が少し破けてしまっていますね……あなたを受け止め切れなかった私の責任です」
「え? いえ、この程度別に……」
「よくありません。弁償させてください」
彼の様子から善意で言ってくれていることはわかるのだけれど、どう考えてもぶつかった私の責任なので本当に本当に本当に気にしないでほしい。
「坊ちゃま、大丈夫ですか……!?」
そうこうしているうちに、執事さんと思わしき方がやって来た。
執事さんもこれまたイケメンで、こっちともフラグが立ちそうな予感がして身震いする。
だって、乙女ゲームのヒロインはイケメンと結ばれるのが世の常だから。
「すぐにこちらの女性に変わりの服を手配してくれ。それと、屋敷に招待するのでその準備も頼む」
「かしこまりました」
なんてこった、とんとん拍子で屋敷に行くことになってしまっている。
いや、私のスキルが彼らをそうさせているのかもしれない。
想像していた以上に厄介なスキルである可能性がどんどん上がっていく。
「本当に結構ですから……!」
やや強引に逃れようとしたところで、イケメンとは別の方向から腕を誰かに掴まれた。
というか、引っ張られた。
「……まったく、せっかく忠告してあげたのに」
この、人を小馬鹿にするようなちょっと冷たい口調は……。
振り返るとそこには、イケメンと相対するように
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