020215【手紙】

拝啓

 貴方は優しい人です。

 誰かが傷つく事に深い悲しみを覚える人です。

 それが故、様々な苦労があった事を私は一緒にずっと見てきました。時には自分が傷つき、血が出ても誰かが傷つくよりはと最後は必ず笑っていましたね。

 一緒に映画を観に行った初めてのデートのことが今も鮮明に思い出されます。私がわがままを言って観た映画に対して貴方は泣きじゃくっていましたね。映画館を出る頃には目を腫らしていた貴方がとても愛おしく思えました。

 突然ですが、愛することって何でしょうね。よく、一目惚れなんて言いますが、私はそれが愛だとは思いません。

 愛はもっと人間の奥底に隠れていて、それを自ら見つけに行かないと分からないほどの灯火のように思うのです。私はあの時、その灯火を垣間見た気がしました。

 それから、色々な出来事を重ねていくうちに、貴方の暖かで柔らかなその灯火が身近に感じてきて、遂には私の奥底にも灯るようになったのです。

 貴方は優しい人です。

 だから、人を助けたいとあれだけ苦労して医者になったのでしょう。

 それなのに、何で貴方が戦地に、しかも人身不足だという理由で一兵士として出向かなければならないのでしょうか。この戦いは必ず負けると皆分かっているはずです。なのに、何故貴方が行かなければいけないのでしょうか、私には到底理解が及びません。

 私を一人、残していった貴方にひとつだけ、ただのひとつだけお願いがあります。

 どうか、優しい貴方は捨てて、目の前の敵をきちんと殺してください。そして、帰ってきてください。必ず、人を助けようとなど考えず、人を殺してでも、自分の身だけを案じて生きて帰ってきてください。

 貴方は優しい人です。

 どうか、人殺しは私のお願いだと聞き入れて、帰ってきてください。

 愛しています。

敬具

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