020216【チョコレート】

 人がひとり通れるかどうかの細い路地を見つけると入ってしまいたくなる。

 その日も暇を持て余していたので、適当な駅で降りて、野良猫でも探しにと歩いていた。

 住宅街を歩いていて見つけたその路地は一層不思議な魅力を醸し出していて、私は胸がときめくようだった。

 進んでいくと、細い道は更に細く、遂には体を半身の状態にしてカニ歩きで進むしかなくなった。どうして休日に私は自ら塀に挟まれているのだろうかと思わず現実に引き戻されそうになった理性を捨てて、私は獣の如く前へ前へと進んでいった。紺色のスカートは擦れて白くなり、いい加減潮時かと思われた時、路地の突き当たりが見えた。

 飴色の扉がそこにはあった。

 これは民家なのか、店舗なのか、何にしろ路地の奥に在るには似つかわしくない重厚な扉であった。

 どうしたものかと困っていると、後ろから野良猫が歩いてきた。歩いてきたその猫は私を見るなり邪魔そうにみゃあとひと鳴きして、早く進む事を促しているようであった。

 仕方なく扉を開けて、中へ入るとショーケースのようなものがあり民家ではなさそうで安心した。同時に、猫もするりと入ってきて、そのまま二階へと上がっていった。

「ごめん下さい」

 私が声をかけると二階から応答があった。

「ちょっと待ってて! 今行くから!」

 同じ年齢くらいの男の子の声がした。

 待っている間、ショーケースの中を覗いてみると、そこには沢山のチョコレートが宝石のように並べられていた。

 騒がしい音と共に、階段から現れたのは白いシャツを着たやはり同年代と思われる男性だった。

「いらっしゃい。お客さんなんていつぶりかな」

「ここは?」

「見ての通りチョコレート屋だよ。そうだ、ひとつ試食をどうぞ」

 そう言って取り出したのは正方形の厚みのあるチョコレートだった。

「いただきます」

 噛み砕くと、とろりと柚子の香りが口に広がり、甘いだけではなく皮の苦味も感じられた。また、それを包んでいたチョコレートは甘みは少なく、カカオの含有率が高いのか香ばしく柚子と相性が良かった。

「美味しいです」

「そうでしょ? 全部手作りなんだ」

「え、すごいですね」

 私はその後食べさせてもらった柚子とオリーブのチョコレートを購入した。

 再度狭い路地を抜けて、その日は家に帰った。そして、チョコレートを家に帰ってひとりでその日のうちに全て食べてしまった。

 私はまた近いうちにあのお店へ行かなければならないなと、密かに高揚感を満喫しているのだった。

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