020206【一杯の水】

 見慣れない街に立っている。人影は見当たらない。

 私は路面に面したバーに腰掛ける。誰もいないなんて思って気を抜いていると、奥から一人の女性が出てきた。ブロンドの髪、瞳はダークブラウン、胸元が開いた服を着ている。

「どうする?」

「何かお勧めはあるのかい」

「お勧めなんてないわよ」

 手持ち無沙汰なのか、綺麗とは思えない布巾でグラスを撫でていた。

「じゃあ、君がよく飲む物をくれないか」

 すると、無言で撫でていたグラスを奥に持っていったと思えば、直ぐに帰ってきて私の前にそれを置いた。

「これは?」

「水よ」

「そうかい、ありがとう」

 そう言って私はグラスに口をつける。

「文句はないわけ」

 目の前の女性は両手をカウンターに伸ばし、身を乗り出すようにして私を睨んだ。

「一体何に?」

「娼婦よ、わたしは娼婦」

「それは知らなんだ」

「こんな寂れた街の掠れたバーの哀れな娼婦に水なんて出されて怒らないわけ?」

「君がよく飲む物には違いないんじゃないのかな」

「違くはないわよ。水よ、こんな暮らしじゃ水くらいしか飲めないもの」

 私は再度グラスに口をつける。

「なら、私か望んだことだろうよ。それで何故怒らねばならないのか理解しかねる」

「話にならないわ」

 そう言って、またグラス拭きに戻ってしまった。

 グラスを先ほどより念入りに拭いているようで、ちらりちらりとこちらを伺ってくるのが分かった。

 私は水を飲み干して、女性へ声をかけた。

「ありがとう、とても美味しかった」

「ただの水じゃない」

「それでも美味しかったことには変わりないさ」

 私は女性にチップを渡して、その店を後にした。

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