020204【先生】
「先生、今宜しいですか」
私は講師棟の半開きになった扉を軽くノックした。
「おお、君か! 久しぶりじゃあないか」
皺々の白衣を着た、ボサボサ頭の男性が出てきた。
「天才数学者がこんな凡人に何の用かな?」
「茶化すのはやめて下さいよ。私なんていつも教授のゼミでは最下位だったじゃないですか」
部屋は専門書で溢れかえっており、無造作に散らかっていた。教授は私の分の珈琲を淹れて差し出した。
「それが今では稀代の天才とも呼ばれて、ほら、こんな特集まで組まれるんだからなあ」
そう言って、無造作に置かれた書籍の一番上に置いてあった専門誌を持ち上げた。
「恥ずかしいからやめて下さいよ」
照れ隠しに、珈琲を啜る。
「それで、今日は突然どうしたのかね? 君がここに来るなんて卒業してから一度もなかったじゃないか」
「いえ、まあ、なんというか近くまで来たのでご挨拶にと思って」
「挨拶? 何だね、結婚でもするのかい?」
「私と結婚するなんて言うような人がいたら私から願い下げですよ」
「じゃあ、まさか、もう研究をやめるなんて言うんじゃないだろうね?」
「残念ながら、そうでもないんです」
珈琲を啜る。
「まあ、顔を見に来ただけなので、お元気そうで何よりです。もう行きますね」
「おや、行ってしまうのか、君の方は忙しそうで何よりだ。体には気をつけなさい」
「先生も、どうかお元気で」
私は講師棟を出ると、堪えていた涙が溢れてきた。先生、どうかお元気で。
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