020126【待ち人】
本日、妻が惚れた男との真剣勝負である。私の家柄は良くはなかったが、誇りは失わぬようお上の為、世の為と必死で勤めてきたつもりである。
縁あって、最愛の妻との出会いにも恵まれ、良き生活を送っていた。
そんなある日、簡素な手紙を残して妻が家を出た。惚れた男がいるとの事である。
私は妻を責めるような、そんな情け無い男ではない。しかし、このまま放っておくような阿呆でもないのだ。
直ぐに墨を磨り、妻の愛を一身に受ける愚か者へと果たし状を送った。
そして、今から真剣勝負である。
河原にて待っているが、もう直ぐ定刻となるはずであるが、一向に姿を現さない。男の勝負を無下にするような、そこまで落ちた輩であるとは思いもしなかった。
橋の上から声がした。
「旦那、何をしているんですか」
いつもの蕎麦屋のお調子者である。
「待っているのだ」
鼻をずるっとさせた蕎麦屋は聞き返す。
「何をです?」
「男だ」
「どんな男です?」
「私の最愛の妻を奪った男だ」
「奪ったっていうのは?」
「お前には話しただろう、妻が手紙を残して出て行ったことを」
蕎麦屋ははあとため息をついて、私に言った。
「旦那、確かに手紙の件話してもらいましたよ。けれど、それはもう二十年も前の事でしょうよ。それに、あの時自分の不貞が原因だったとあれだけ後悔なさっていたじゃあありませんか」
私はそれでも待っているのだ。
「誰を待っているんです?」
蕎麦屋はいつもの調子で走って行ってしまった。
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