020121【刺青】

「お上がりなさいよ」

 外れにある町家で、小綺麗な格好をした婆が促す。私は言われるがまま、二階建ての町家の玄関に入った。

 上がると直ぐに赤い着物の少女が二人出てきて、私の靴を下げた。その年齢からは似つかわしくないほど丁寧なお辞儀をして奥へ入っていった。

「どんな子がお好みです?」

 答えに窮していると、続け様に質問を投げかけてくる。

「うちには沢山居りますので、好きに仰ってくださいな」

 私は全くと言っていいほど趣味趣向のない人間だ。生まれてこの方、誰かに興味を持つなどということは一度もない。

 廊下を歩いていると、一つの部屋が見えた。鏡台などが置いてあり、支度部屋のようである。

 そこに一人の女性が座っているのが見えた。浅葱色の着物を着ていたからか、その濡れたような艶かしさからなのか、私の視線を一身に引き受けて、その女性を通して私を見ているかのようなそんな想いであった。恐怖が無かったわけではない。しかし、私は依然として口の締まらない婆に尋ねた。

「先程の部屋にいた、あの浅葱色の娘はどうでしょうか」

 歩みを止めずに答える。

「やめておきなさいな。あの娘は昨日から入ってきた子で訳ありなんだよ」

 そう切り捨てて、また口を開けようとしたので、耳も疲れた私は彼女を指名することにした。

 二階に上がった部屋で、座って居ると襖の向こうからか細い声がした。

「宜しいでしょうか」

 返事をすると、襖が少し開いて、薄く、白い音のない手が見えた。爪は切り揃えられており、大きく形も良かった。

 ゆっくりと襖が開き、先程の浅葱色の女性が頭を下げた。両手は少し重ねるように、慎ましく、花弁を思わせた。

 立ち上がったと思えば、綿毛が吹かれたかのように隣へ来た。

 それからの言葉はない。

 女性は身を翻した。そして、まるで孵るかのように、着物を脱いでいく。

 私は見惚れていた。

 見惚れていたのは決して俗的なものではない。

 彼女の背中一面に彫られた、化け鯉の刺青にである。

「これは」

 そう聞くと、女性は首を少し回して、ただ私を見つめているだけである。

 その数秒で、私はもうこれまでの私では居ることは出来ないのだなと悟ったのだった。

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