020122【銭湯】
冬の寒い日、お風呂が故障した。お湯が出なくなってしまったのだ。
仕方なく近くの銭湯に行く事にした。通勤の際に通るため煙突がある事は前々から知っていたが、実際に稼働しているのかは不明確であった。ネットで検索しても情報が出てこない。時間もそんなにかからないため、荷物を持って出かける事にした。
思えば銭湯というもの自体幼い頃にはあるかもしれないが、自発的に行くのはこれが初めてである。どういったものなのかが分からず、歩きながら少し不安になってきた。とりあえず、見えている煙突を目指した。
しかし、ぐるりと煙突の周辺を歩いても、それらしき入り口が見つからない。煙突は確かに見えているし、雑居ビルの裏手にあるのは分かる。けれど、肝心の入り口が分からない。もう諦めて帰ろうかと思ったが、一人の若い女性が湯籠を持って歩いているのが見えたため、場所を尋ねる事にした。女性からは思いもよらない返答があった。
「ああ、分かりにくいですよね。そこの雑居ビルの1010号室が一階にあるのでそこから入るんですよ。鍵はかかっていないので」
そう言って女性は去って行ってしまった。
半信半疑でその古ぼけたビルに入り、部屋を探す。すると、確かに1010号室が一番端にあった。なんだか盗人になったような気持ちで静かにドアノブに手をかけて、ドアを開け、中に入った。
通常であれば玄関があって、キッチンなり、リビングなりが見えるはずが、そこにあったのは一直線に伸びたの長い通路である。床は木で出来ており、ぼんやりとした灯が奥まで続いている。
恐る恐るその通路をしばらく進んでいくと、人が数名いる空間に出た。右は男湯、左は女湯と暖簾に書いてあり、真ん中には番台が置かれている。そこに座っているのは小さな男の子であった。
「入りたいのですが、どうすれば」
少年は礼儀正しく答えた。
「それでは入浴料の280円を頂きますね。タオルはお持ちですか?」
お金を渡しながら伝える。
「はい、一式持っているので大丈夫です」
そういうと手際よく木札を用意してお金と交換するように渡して来た。
「はい、それではこれを持って左側へお進みください。これはロッカーの番号になっていますので」
言われるがまま、私は暖簾をくぐり、脱衣所で服を脱ぎ中へ入った。
こちらは想像している通りの、これぞ銭湯と呼べるようなもので、どこかノスタルジックな景色である。私は体を洗い、湯船に浸かる事にした。期間限定ということで、湯船には柚子が沢山浮いている。
首を出して浸かっていると、柚子の心地よい香りがお湯の蒸気で立ち上り心地よく感じた。
一通り楽しんだ後、湯船を出て、支度を済ませて帰る事にした。
その帰り道のことであった。一人の女性が私に声をかけてきた。どうやら煙突は見えるが、辿り着けないとの事らしかった。
私はそこのビルの1010号室を開ければ大丈夫だと答えて、湯冷めのしないうちに家に帰ったのだった。
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