第五章 ハイジ、犬と並ぶ
第四十一話 ハイジ、犬に再度確かめる
三年になって。わたしの学生生活のペースはがらっと変わった。
受験生だから勉強がハードになるのは最初から想定してたけど、部活が半端なく忙しくなったんだ。わたしは二年の時に最初副部長で、大伴先輩の降格の時に部長になった。そのままお役御免なのかと思ったのに、三年になった時にスライドしちゃったんだ。副部長やってた時のはんぱない忙しさを思い知ってたから、部長がそのまま持ち上がってしまうのはどうしても嫌だった。でも……。
「拝路さんは上の苦労も下の苦労も知ってる。部長に仕事が全部流れ込まないやり方を考えてくれないか?」
わたしが副の時にサポートしてくれた杉田先生の頼みは、どうしても断れなかった。確かに先生の言うのはもっともだ。
水谷先輩がわたしに対してぶち切れたのも、大伴先輩が部長の仕事を副のわたしに丸投げしたのも、部長と副部長のどちらかにどかっと仕事が集中するから。どんなに活動が高レベルであっても、部活はお坊さんの修行なんかじゃない。楽しんですることだと思う。長になっちゃうと楽しめないなら、負荷を分散しない限り同じトラブルが何度も起こっちゃうよね。
わたしは三年生部員を集めて改革案を出してもらい、それを杉田先生に持ち込んで相談した。
「この部員数を部長、副部長の二人で面倒見るのは無理です。重すぎるからみんな引いちゃう。役やりたくないって」
「椅子を増やせってことだな」
「部長が二人っていうのは無理だと思いますけど、副は増やせますよね」
「なるほど」
わたしたちがまとめた案。副部長の人数を今までの一人から、一気に八人に増やす。そして、三年から四人、二年から四人、それぞれ出す。
一年の共同研究は四班制にして、それぞれに二年、三年の副部長を一人ずつ張り付け、進行管理は副部長が責任を持ってする。二年、三年それぞれの個人研究も、副部長で分担して進行管理し、部長のわたしは全体の進行状況をチェックする形にする。
「うん。部長は実質監査役になるってことだな」
「監査役っていうより、全体マネージャーって感じですね。実際、三年が出しゃばれるのは夏休み前までです。夏休み中の一、二年生のサポートは無理ですよー。夏期講習とかあるし」
「そうだな。計画段階で無理がないかとか、段取りに対する助言とか、そこまでってことだな」
「役の名前も、副部長じゃなくてディレクターとかアドバイザーとかに変えてもいいと思います」
「うん。まあ、何事もものは試しだ。今年やってみて、うまく行きそうなら来年以降もそれでやってみよう」
杉田先生のゴーサインが出て、ほっとする。わたしに落ちてくる仕事が多すぎても少なすぎても、他の部員からがちゃがちゃ言われるだろう。でも、それをあえて受け入れるのが部長っていう仕事。わたしは、そう割り切ることにした。
部に入れ込みすぎると、自分の進路がねじ曲げられてしまう。そんなのもう部活じゃないよね。部活とは少し距離を置こう。
先生に提出した試案が採択になって。ほっとして職員室を出たら福ちゃんに捕まった。
「ああ、拝路さん。ちょうどよかった。ちょっといいかい?」
「なんですかー?」
福ちゃんが、ぴっと右手の小指を立てた。どきっとしたけど、あれからタロとの間で特別なことがあったわけじゃない。タロとの生活ルーチンはまるっきり変わっていないんだ。朝晩うちに来てご飯を食べ、その時にいろいろ仕事や学校の話をする。そのあと、タロは家に帰ってそのまま就寝。わたしは勉強。なにも変わらない。
少しどきどきしながら保健室へ。わたしが中に入ったら、福ちゃんががちっと鍵をかけちゃった。
「うっかり第三者に聞かれるとまずいんでね。済まんね」
「いえ」
「エロ女なんだけどさ」
「ああ、エバ先生。少し元気になりましたね」
「見かけはね」
「え?」
福ちゃんが両手で頭を抱え込んで、はあっと大きな溜息をついた。
「そろそろ限界なんだよ。どうしたもんかね」
「ど、どういうことですか?」
「片恋さ」
嫌な予感がした。
「もしかして」
「そう、拝路さんの彼氏」
「それは……」
「無理だよ。彼氏の方がガン無視状態で、エロ女をまるっきり視野に入れてない」
ほっ。
「諦めるにしても、振られる理由が欲しいってことなんだろ」
「それを……タロに直接言わせろっていうことですか?」
「だめか?」
だめもなにも。タロは困るだけだろう。好きという感情を理解できないタロには、エバ先生の想いが見えないんだ。どうしようか、しばらく悩んだ。でも、わたしが決めることじゃない。わたしは、話を持ち帰ることにした。
「タロに、聞いてみます」
「助かる」
◇ ◇ ◇
夕食の時に、タロを直撃してみた。
「は? あの女の人か?」
「うん。まだ来てるの?」
「職場には来てない。まだ出入り禁止のままだ」
「やっぱりか……」
「帰り道に会うことはあるが、挨拶だけだな」
「ふうん。何か話しかけられたりとか」
「いや……前も言ったが、俺は苦手なんだ」
「相変わらず?」
「そう。髪を切ってからは、俺の潜水中の勘が鈍ってる。臭いで撹乱されるのは仕事に差し障るんだ。本当に困る」
エバ先生が今つけてるコロンは以前のような派手なのじゃなく、プチサンボンになってる。柔らかくて穏やかな香りなのに、タロにはまだきついんだろう。
「なんか、エバ先生がタロのことを気に入ってるんだって」
「ふうん」
ああ、それだけか。タロにとっては、香りという官能的なファクターが好悪の感情を上回ってしまうんだ。それが、滑稽でも怖くもあった。しょうがないね。遠回りになるけど、わたしから福ちゃんを通してやんわり断るしかないだろう。はあ……。
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