第二十三話 ハイジ、犬と遊べない
お母さんの無責任など突きでああそうですかと動けるくらいなら、結婚飛び越して、もう子供抱えたヤンママになってるよ。前段ぜえんぶすっ飛ばしてあっち方向行っちゃうなんて、そんなのありえない。一応、わたしだってユメミルオトメなんだしさ。
みんながわたしとタロのことを気軽にいじるのは、わたしたちが絶対あっち方向に行かないってことをわかってるからだ。そりゃそうだよ。タロは恋愛どころか普通の感情だって超薄味。わたしはびびっちゃって全然意思表示できてない。それに、もし周りのおだてやからかいに乗せられて行動しても、結果に誰かが責任を取ってくれるわけじゃないし。
わたしは今ガクセイだ。ガクセイにはしなければならないことがいっぱいある。元旦にお祈りしたみたいに、まず自分ていう入れ物をもうちょい大きくしないと、そこに恋愛が入れらんない。だから、二年に進級してからはしばらく本業に意識を集中することにした。タロとはご飯の時に必ず顔を合わせるんだし、その時に学校や職場であったことを情報交換すればいい。
いきなりあまーいバラ色の世界を思い描くんじゃなく、毎日の小さな喜びをこつこつ積み上げる。時間をかけて群体を作るサンゴみたいな、そういうのがいいのかなって。
ただ……気になる要素が一つ増えちゃったんだよね。
わたしのいる2Bの担任は、他校から今年転入してきたエバ・ガーランドっていう女の先生だ。両親ともイギリス人だけど国籍は日本。つまり、肌が白くて、背が高くて、髪がブルネットで、目が青みがかってる外国人の容姿だけど、中身は日本人なんだ。日本生まれの日本育ちだから、英語より日本語の方が上手。そして、若くて美人で独身。しかもプロポーション抜群のぱつぱつ系。受け持ってる教科は英語だけど、男子は授業中だあれも黒板を見てない。すごーくエロいんだよね。
性格はぴかっと明るい。あけすけで、冗談をばしばし飛ばすし、先生っていう立場を鼻にかけることもない。あっという間に生徒……つーか男子たちのアイドルになった。
いや、それはいいんだけどさ。おもしろくないのは福ちゃんだ。保健室に陣取る美女としてそれまで独占していた乙野高校トップアイドルの地位から陥落しただけじゃなくて、エバ先生の引き立て役になっちゃった。保健室の前を通ると、ぶち切れてる福ちゃんの叫び声が聞こえるようになって。大丈夫かなーと心配になっちゃう。
さらにさらに。エバ先生はマリンスポーツが大好きで、休みの日はあちこちに潜りに行ってるらしい。エバ先生は授業や行事の関係で漁協や水試に出入りすることが多いから、その都度職員さんにダイビングスポットを聞いて回ってる。だから、学校の外でもすぐ有名人になっちゃった。去年はタロの出現で沸いた本井浜は、今年はエバ先生で沸いたっていうわけ。
まあ、性格が超お地味なタロは、生活が落ち着けば人波に埋没するだろうと思ってたけどね。
エバ先生の出現でなーんとなくもやもやしてたけど、そんなこと気にする前にこななきゃならないことがてんこ盛り。勉強は去年よりハードになったし、二年生は行事が多いし、部活の調査も忙しくなったし、おまけに部の副部長をさせられることになっちゃった。
新部長の大伴先輩は、前の水谷部長と違ってごりごり押す仕切り屋タイプじゃない。みんな、好きにやっていいからっていうお殿様タイプだったんだ。つーことは、そのツケが全部副部長のわたしに落っこちてくるってことなの。そんなの聞いてないよう。
でも杉田先生が「水谷さんの苦労はその立場にいないとわからない」って言った中身は、じわじわ理解できるようになった。みんなの上に立ったら、逆に自分を殺さなきゃならないってことが。
そんな風に。二年生になってからは毎日ばたばた走り回る日々がずっと続いて、タロとまったり話をする時間があまり取れなかった。もっとも、タロの方も潜水調査が最盛期に入ったみたいで、ご飯を食べたらすぐにばたんきゅう。まあ……そういう時期もあるって割り切るしかないんだろう。なんか、寂しいけどさ。それでも、一緒の時間が毎日あるんだから贅沢は言えない。
「タロ、大丈夫? なんか、ここんとこすごくハードみたいだけど」
「ああ。魚の産卵期がいくつも重なってて、それに合わせての調査だからしょうがない」
「そうかあ。今は、魚たちの結婚シーズンてことね」
「まあな」
何か思いついたみたいに箸をとめたタロが、ちらっとわたしを見た。
「なに?」
「いや、ノリには産卵期ってのはないのか?」
わたしもおばあちゃんも、お味噌汁を吹き出しそうになっちゃった。
「ないわあ」
「ないのう。あたしら
そうなの。ずいぶん世間慣れしたと思うんだけど、タロからは時々変な質問が飛んでくる。それにびっくりさせられるんだよね。
「ちょっと、タロ。それ、水試とかで言ったらだめだよ」
「いや、向こうではそんなことを聞く暇がない。スケジュールボードが真っ赤で、白地が一つもない」
タロが、はあっと溜息をついた。
「だから、俺のは後回しだな」
「??」
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