第十六話 ハイジ、犬を祭りに招く
乙野高校の学園祭は、他の高校のとそんなに違わないと思う。海洋研究科っていう特科があっても、そこだけものすごく特殊な教育をしてるってことじゃなくて、普通科プラスアルファって感じなんだよね。金曜日に合唱とかのステージがあって、土日はイベント中心になる。
ただ、クラスイベントが他校とたいして違わなくても、部の方はとんでもない。生物部はうちの高校の花形クラブで、めっちゃレベルが高い。普通だったら呼び込みしてもお客さんが来ないポスター展示に、大学の先生とかが来ちゃうんだ。だから、部員は誰でもめっちゃ気合いが入るの。もちろん、わたしも頑張るつもりだったよ。タロのことがなければね。
一年のうちはグループ研究。話し合いでテーマを決めて、分担で調査とか実験をこなす。わたしは、割り当てられてた魚類生息種調査をちゃんと終わらせたよ。でも、終わらせたってところで止まっちゃって、その先には突っ込めなかった。
分担と言っても、各分担部分は自分で原稿を起こして、ポスターのパーツをしっかり埋めないとならない。マリにはクラスのをちゃんとやれってどやされたけど、わたしは部の仕事をまとめるので手一杯だったんだ。とりあえず、ぎりぎりで間に合わせたから、土曜日の今日はのんびり展示やイベントを冷やかせる。
「ほへー。しんどーい」
「ちゃきちゃきこなすハイジにしては珍しいねえ」
クララに突っ込まれたけど、今日は対応不能。
「まあ、いろいろあったからさ。作業がどんどん後ろに押しちゃって」
「彼、絡み?」
「もちろん」
「その彼は?」
「水試の仕事」
「ほよ? 土曜日は休みじゃないん?」
そうなんだよね。県職だから公務員と同じじゃないのって思われるみたいだけど、非常勤は違うんだ。
「バイトみたいなもんなの。勤務日や勤務時間にはでこぼこがあるんだって」
「そっかあ」
「今日はフル勤務だって言ってたから、来るのは明日だなー」
「じゃあ、今日は真鯛やね」
「んだ」
真鯛。わたしたち下宿生が使う隠語だ。下宿してるわたしたちのところには、学園祭の時くらいしか親が来ない。先生がそのチャンスを逃すわけがなく、成績とか素行に問題がある子が親と一緒にいると、すかさず狙い打ちする。臨時三者面談になっちゃうわけよ。それじゃあ、せっかくのお祭りを楽しめない。
真鯛は、養殖ものと天然ものとで味が違う。天然の餌を食べてのびのび育っている天然ものは、身が締まっていておいしいんだよね。ということで、真鯛っていうのは親をリリースして、できるだけ一緒に行動しないこと。二日あるから、そのどっちか付き合えばいいでしょ。親だって、高校生にべったりくっついていても楽しくないと思う。一応学祭に顔出して義理を果たして、あとは宿でのんびりしたり、買い物したり。お互いにその方がいいよね。
クララと二人で、クラスイベントの出し物冷やかしたり、生物部以外の部活の展示を見て回ってたら、福西先生に捕まった。
「あ、拝路さん」
「なんですか?」
「各務のバカ、どこ行ったか知らん?」
「あれー、そう言えば見かけませんね」
「ちっ! とっ捕まえて三枚に下ろしてやろうと思ったのに」
「うげ」
福ちゃんが言うと冗談に聞こえないから怖い。
「そういや拝路さんの親は来てるの?」
「昨日から来てます。おばあちゃんちに五人て感じ」
「ほほー。修羅場ったんちゃう?」
さすが福ちゃん、よくご存知で。何があったか隠したってしょうがないよね。
「はあ……。お父さんがタロに噛み付いて大変でしたー」
「そうだろなー。お母さんは?」
「それが。スルーだったんですけど……」
「そりゃそうだろ」
え?
「そうなんですか?」
「まあね。そのうちなんでかわかるよ。ああ、それから」
「はい」
「彼は、拝路さんちを出るの?」
きっちりチェックが入った。福ちゃんはさばけてるけど、わたしたちの味方ってわけでもないんだ。ちゃんと、センセイなんだよね。でも、これもオープンにしておこう。
「出ます。学園祭のあと、すぐです」
「そっか」
なぜかはわからないけど、福ちゃんはにやっと笑った。
「各務のバカはしょせんそこまで。私の出番はそこからさ。じゃあね」
な、なんだあ!?
「ちょっと、ハイジー。なにあれ? 全然わけわからんのやけどー」
「わたしもわからないよー。なんだろ?」
◇ ◇ ◇
ちょっとだけ不可解なことがあったけど、予想通り親は初日離脱。お母さんはおばあちゃんと水入らずでまったり。お父さんは仕事があるから先にって呉に戻った。本当は、タロの顔を見たくなかったからだと思う。
念願通り、二日目はタロを案内することにした。タロは大人。親や学校関係者じゃないから、普段は高校に入れないんだ。こういう機会に、わたしが学校で何をしているか見て欲しかったの。
ほんとは二人きりで回りたかったけど、タロの立場を考えるとそういうわけにはいかない。クララやマリについてきてもらって、こんなんだよーって展示やイベントを見せて回った。タロはいつも通り。相変わらずぼーっとしてたけど、お祭りの華やかな空気は嫌いじゃないみたいで、笑顔はいつもより多めだったと思う。
プログラムが全部終了して後片付けが始まるちょっと前に、帰り支度をしていたタロがぽつっと言った。
「楽しかった」
「よかったー。なにが一番おもしろかった?」
夏より沈むのが早くなった夕日を見ながら。目を細めたタロが静かに答えた。
「みんなが楽しそうなこと」
「ふうん」
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