ルポ・41:奇跡の技
眩い光と共に突然現れた、
「こりゃ……どう考えても
宝石の内部に組み込まれた機構……それは、まさに旧い小型バイクなどによく使用されていた、強制開閉式キャブレターそのものであったのだ。
異なる点と言えば、流れる燃料がガソリンではなく魔力であること。
「……魔力ってのは、一種の流動体なのか。なるほど、だからこそ
愕然とした厳の呟きに、ハンナとジェシカが反応する。
「さすがね、魔力の本質をすぐに理解するなんて」
「普通なら、概念的に理解するのにも相当勉強しないとならないけれど。まあ、
二人の呟きも耳に入らないのか、厳はブツブツと呟きながら手の内にある
傍から見ると、厳の手の上に浮かんだ造魔法石の周囲の空間を厳の手が彷徨っているとしか思えない状況だが。
「なるほど……現状だと流量が小さすぎる。要は絞られているジェットを広げてやれば……つっても、これは送り手と受け手の同調が必要だから……マリー、ヴェスティ、ちょっといいか?」
厳は手を止めて顔を上げると、一人と一台の名を呼んだ。
「はい、おじさま」
「なにかしら」
「ちょっとここに来てくれ。ああ、マリーは俺が抱っこするか」
そう言うと、厳はマリーのベッドに近付き、
「マリー、抱っこしても良いかい?」
その頭を優しく撫でつつ尋ねた。
「はい、おじさま」
マリーは嬉しそうに顔を綻ばせ、左手を差し出す。
「うん、じゃあ失礼するよ」
厳はひょい、とマリーを抱き上げて作業台へと戻った。
「私はどうすれば良いの?」
厳の横に立ったヴェスティが誰何する。
「ああ、ヴェスティはその台の上に寝転んでくれ」
「こう?」
厳の言葉に、カシャリと軽い音を立ててヴェスティが作業台の上に横になった。
「よし、それじゃあ始めるか。マリー、痛かったりはしないと思うが、もし何か変な感じでもあったらすぐに言ってくれ。ヴェスティもな」
「はい、おじさま」
「解ったわ」
腕の中に納まったマリーと、作業台の上に寝転んだヴェスティの間に魔法石を持つ手を入れた厳は作業を開始する。
多少の違和感はあるものの、弄り慣れたキャブレターの
「ふむ、まずあは二人の間にコイツを繋げるには……っと、マニホールドは勝手に構成されたか。んじゃあ、細い流れを広げるにはとりあえずジェット類を交換するとして……部品は俺の手持ちのキットのが使え……たわ。マリーの胸、っつうか心臓から流れ出るガソリン……じゃなくて魔力を無理なく最大量で流すには……まずは普段の
厳の手が目にもとまらぬ速さで動くたび、マリーの体がピクピクと震え。
「あっ! あう……んっ! んんっ!」
その小さな唇から、悩ましげな声が漏れる。
「マリー、痛かったり気持ち悪かったりしないかい?」
それに気付いた厳が声を掛けるが。
「ん……大丈夫。ちょっと気持ちいいくらい……」
頬を桃色に染めたマリーは、ふるふると頭を振りつつそう答えた。
「そうか、なら良いけれど何か変だったらすぐに言ってくれよ」
「はい、おじさま……」
マリーは熱の籠った視線を厳に向けつつ、淑やかに微笑む。
厳はマリーに微笑み返すと、台上に寝転ぶヴェスティに視線を移した。
「よし、じゃあ続けるぞ。ヴェスティは大丈夫か?」
「問題ないわ。というか、マリーから魔力が流れ込んで来たら破損個所がどんどん直って来てるんだけど……」
「ほう……それは凄いな」
ヴェスティの言葉通り、先ほどの戦闘等で破損した個所から淡い光が溢れつつ自動的に修復されつつあった。
「これは……よほどマリーの魔力とヴェスティの相性が良いからかな」
「こんなことが有るのね……」
様子を見守っていたジェシカとハンナは驚いたが、
「まあ、その上
「そうね……その通りだわ」
ジェシカの言葉に、ハンナも頷くしかなかった。
「んっ! あう……」
厳の手が動くたび、マリーの悩まし気な声が響く。
「……マリアヴェーラ、大丈夫なのか?」
その様子を見ていたガーランドが、少し困ったように声を掛けるが。
「あう……おじさま……んんっ!」
陶然となったマリーの耳には届かないようだ。
「むう……」
漠然とした不安を覚えたガーランドが厳に視線を向けつつ唸ると、
「大丈夫だよ。主はどうしようもなくスケベでバカだけど、
厳の隣に立ち、額の汗を拭いたりと作業をサポートしているカブがそれに応えた。
「リナも心配しなくていいからね?」
更に、カブは母親であるリナヴェーラにも声を掛ける。
「そんな心配はしていませんし、よしんばマリーがゲン様に手籠めにされてもそれはそれで望むところですよ、カブ様」
「いや、それは母親としてどうなの?」
「おいリナヴェーラよ、何を言っておる!?」
「うーん、リナが壊れたかな?」
「これが庶民感覚っていうものなのかしら……て、そんなわけないでしょ!」
と、良い笑顔でとんでもない言葉を返して来たリナヴェーラに向かい、カブを始めとした一同がツッコんだ。
「もちろん冗談ですよ」
そんな一同に、リナヴェーラが変わらぬ笑顔で答えるが。
「いや、ぜったい
じとっとした視線でリナヴェーラを睨めつけるカブの言葉に、一同はしみじみと頷いた。
そして、作業開始から一時間ほど経った頃。
「おし、OKだ!」
厳の宣言と共に、魔法石から赤い光が放たれた。
「あっ! くう……」
「っ!」
同時に、マリーが悩まし気な声をあげて大きく体を震わせ、ヴェスティも台上でビクリと痙攣する。
「おっと、大丈夫かい?」
「……はい、おじさま。大丈夫」
マリーを抱いていた厳が声を掛けると、マリーは熱の籠った瞳で厳を見上げつつ答えた。
「ヴェスティも、調子はどうだ?」
「……ええ、とても良いわ。破損個所も全部修復されたし、マリーと繋がったおかげでパワーが溢れ出て来るみたい」
厳の問い掛けに答えたヴェスティは体を起こし、台上から降りた。
「よし、じゃあマリー、手を出して」
「はい」
厳に促されたマリーが残されている左手を上げると、厳はその薬指に造魔法石の嵌った指輪を通した。
「おじさま……」
頬を染めたままのマリーが厳を見上げる。
そして、厳はマリーの頭を撫でながら説明を始めた。
「これはマリーとヴェスティを魔力通路で繋いだ指輪だよ。これでマリーから溢れた魔力がヴェスティに流れるんだ。あと、どうもヴェスティからも整流された魔力がキックバック……逆流するみたいだが、これはもうマリーの体に悪さをしない良質なものだから心配しなくていい。というよりもむしろ……」
厳が説明を中断すると。
「あ……」
「ん……」
マリーとヴェスティが同時に声をあげ、マリーの欠損部である左目と右手から、淡い光が溢れ出した。
「傷口が、くすぐったい……」
「……どうなってるの?」
光はすぐに収まったが、その様子を見ていたジェシカが驚愕の表情を浮かべて厳の腕の中のマリーに歩み寄る。
「マリアヴェーラ、ちょっと腕の傷口を見せて貰っても良いかい?」
「え? は、はい」
ジェシカの勢いに若干引き気味になったマリーが頷くと、
「失礼するよ」
そう断ったジェシカがマリーの右肘部に巻かれた包帯を解き、腐食したその傷口をまじまじと確認する。
「……回復が始まっているね。いや、回復なんてものじゃないな、これは。欠損した部位が再生しつつある。ゆっくりではあるけれど、そう遠くない未来にマリーの右手と左目は元通りになるだろうね」
そしてどこか呆れたような笑顔を張り付かせつつ、そう診断を下した。
「ええっ!? そ、それは本当なのジェシカ!?」
それを聞いたリナヴェーラは驚きの声を上げ、ジェシカに迫る。
「ああ、本当だよ。これは明らかに魔力による肉体回復の兆候だ。ものすごいレアケースであまり知られていないけれど、精錬された魔力と非常に相性が良い肉体……というか人体なら起こりうる奇跡の一つさ。
「つまり、マリアヴェーラからヴェスティに送られ、ヴェスティの中で精錬されて余剰となった魔力がマリアヴェーラに戻されることによって肉体の回復が行われるということね。でも、もし戻された精錬魔力がマリアヴェーラから溢れ出したら……」
「ああ、心配ないよ。原魔力……マリアヴェーラから直接溢れる魔力と違って精錬魔力の余剰分は生理現象と共に排出されるから」
魔力の専門家である二人の会話について行けず、宇宙の猫的な表情でマリーの頭を撫でていた厳だったが。
「ああ、つまりおしっこやうんこと一緒に排出されるって事か!」
はた、と気が付き何も考えず嬉しそうに叫んでしまった。
「おじさま!」
「主……そういうトコだよ?」
「すんませんした……」
そして、マリーとカブから非難の目を向けられてしおしおのパァとなる。
「ああ……マリー、マリー! 良かった……! ゲン様、ありがとうございます……本当に、ありがとうございます……!」
「母様……」
そんなやり取りの中、涙を溢れさせたリナヴェーラが厳の腕の中のマリーを抱き締めて嗚咽する。
「ま、何はともあれ結果オーライってとこか!」
「お疲れ様、主」
そんな、うれし涙に暮れる母娘を優しく見つめつつ、厳とカブはハイタッチを交わすのだった。
異世界おっさん放浪忌憚 ~ルポルタージュ・ギガ=ラニカ~ 羽沢 将吾 @Showgo_Hazawa
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