ルポ・40:治療の方法

 ガーランドの言葉の後、室内は静寂に包まれた。

 しばし、誰もが口を開かなかったが。


「と、とにかくマリーの所へ行こうぜ!」


 沈黙に耐えられなくなった厳が声を上げ、一同はマリーの休んでいる部屋へ移動し、実際の様子を見ることとなった。


「しかし、セッティングったって何をどうすりゃ良いんだ?」


 移動中、厳がジェシカとハンナに向かい質問する。厳としては請け負ってみたものの、具体的に何をすれば良いかさっぱりわからない。


「そうね……ゲン様には、この指輪、というか魔宝石ディグノモンドとヴェスティを繋ぐカーブレター・ラインの調整をお願いしたいの」

「か、かーぶれたー?」


 と、ハンナの口から飛び出した聞きなれない言葉に、厳は目を白黒とさせる。


「カーブレターは気化器って意味だよ。流される魔力を必要に応じて絞ったり、広げたりする装置。ここまで言えば解るでしょ?」


 そんな厳を見て少し笑いつつ、カブが説明すると。


「! なるほど、キャブレターか! キャブセッティングなら得意中の得意だぜ」


 意味を理解した厳は、ポンと手を叩いて納得した。


「っつっても、マジでキャブが付いてるわけじゃないだろうし、どうすりゃ良いのか解らないのは変わらんか」

「大丈夫。創造者マイスティンである主なら、行けば解るから」

「そうなのか? ふむう……」


 やはり良く解らずに唸る厳だが、とりあえず現場に行って現物を見てみないことには始まらないと気を取り直す。


「ま、確かに俺は現物合わせが性に合ってるからな。現場・現物・現状確認が修理の肝だ。ぐちぐちいう前に行って弄ってみるか」

「そーそー。そうやって私の事も何度も弄り壊してくれたじゃない。4サイクルエンジンの知識なんてほとんど無いのに、草刈り機のエンジンと大して変わらんだろとか言っていきなりシリンダーヘッド外そうとしてカムチェーン切ったりしたし」

「あの時はホントすんませんでした! でも中学生のやったことだしその後ちゃんと直したんだからもう勘弁してつかあさい!」


 カブの言葉に、直立不動となって頭を下げる厳。

 そんな一人と一台の様子を見た一行は何とも言えない気分になってしまっていた。


「ねえ、ゲンさんって本当に創造者マイスティンなのかな?」

「……私に解るわけないでしょう」

「むう……」


 ジェシカの問いにハンナが困ったような声を上げ、ガーランドが難しい顔をして唸り。


「で、でも機械生命体メカニクスとあれだけ仲が良くなれる人なんて普通居ないでしょ? だから、ゲン様は大丈夫だと思うわ!」


 微妙に苦しいリンのフォローに、三人は顔を見合わせるのだった。






「あっ、おじさま……カブちゃん」


 部屋に入って来た厳たちを見て、マリーが嬉しそうにベッドから体を起こそうとするが、体が辛いらしく起こし切れずメイドに支えて貰う。


「マリー、無理しなくて良いよ」


 厳は慌ててベッドに近付くと、マリーの頭を優しく撫でつつ声を掛ける。

 そして掌を小さな額に当ててみて、その熱さに驚いた。


「だいぶ熱が高いな……40度近いんじゃないか?」


 厳の呟きに、魔法医であるジェシカが興味を示す。


「40度? って言うのはゲンさんの世界の熱の単位かな? どれどれ……」


 そして、厳に続いてマリーの額に手を当て、小さく呪文のような何事かを呟いた。


「……うん、100ヒツィピッタリだね。確かに高いな」


 それを聞いた厳がジェシカに尋ねる。


「今、ジェシカさんが言った100ヒツィってのも単位かい?あと、何かこしょこしょ呪文みたいなの呟いてたのって……」

「ああ、ヒツィは我々が使用する熱の単位だよ。子供の平熱ならだいたい94から96ヒツィくらいだから、100ヒツィはかなり高いね。あと、私が唱えたのは触れた対象の熱を正確に測る呪文さ」


 ジェシカの答えに、厳はふむうと顎に指を当てる。


「ヘツィってのは華氏に近い単位っぽいな。あと、体温計要らずで魔法便利だな……って、そんな事言ってる場合じゃない。ハンナさん、マリーの治療はどうすりゃ良い?」

「そうね。とりあえず指輪とヴェスティの再ペアリングをしたいのだけれど……」


 ハンナがそう厳に答えると。


「……まさか、また私を操るつもりなの?」


 壁際にもたれて座り込んでいたヴェスティが、朱い瞳をハンナに向けて誰何する。


「もうそんなことしないわよ。そうだ、貴女にも謝罪しなきゃね。無理矢理操るような事をしてごめんなさい。ただ、良ければ貴女にマリアヴェーラの治療に協力してほしいの」


 ハンナがヴェスティに向けて深々と腰を折り、謝罪と請願を行った。


「……まだ、お前たちのした事を許せないし信じることも出来ない」


 ヴェスティの呟きには、強い怒りが籠っている。だが。


「でも、マリーの役に立てるのであれば、出来る限りの協力をするわ」


 不安そうなマリーに向かって微笑みを向け、ヴェスティはそう応えた。


「ヴェスティ、ありがとう」


 ヴェスティの言葉に、マリーが嬉しそうに礼を述べる。


「少しの間にずいぶんと仲良くなったみたいだな」


 厳が少し驚いたように言うと、


「まあね。マリーは可愛いからね」


 カブがしたり顔でそれに答えた。


「はは、違いない! さて、それじゃなにをどうすれば良いんだ?」


 カブの頭を撫でつつ、厳がハンナに尋ねると。


「ジェシカ、指輪……というか魔法石ディグノモンドをゲン殿に渡してみて」

「ん、はいどうぞ」


 ハンナがジェシカを促し、ジェシカがポケットから指輪を取り出す。


「じゃあ、預かるが……で、どうするんだ……うわっ!?」


 厳がそれを受け取りつつ再度誰何した時。


「!!」

「うわっ! 眩しっ!!」

「な、なにごとなの!?」


 皆の驚愕の声が響き、厳の手の中の指輪……ではなく、厳の掌そのものが眩い光を放ちだし、そこから溢れ出る様にして大きな蒼い鉄の箱が空間に出現し、ドスンと重量感のある音を立てて床に着地した。


「な、なにこれ……?」

「引き出しがいっぱいついた鉄の……タンス? 物入れ?」

「見たこともない文字が書かれた紙がたくさん貼ってあるけど……」

「引き出しの無い面には、やたらと胸とお尻が大きい女性の絵……にしては精巧過ぎるけど、エロチックな女性の絵画が張ってあるわね……」


 突然、厳の掌から現れた奇怪な物体に視線が集中する中。


「こ、これは……俺のツールキャビン! なんでここに!?」


 厳がまだ光り続けている掌もそっちのけで叫ぶ。と、光り続けるそこから、更に何か巨大な物体が出現した。


「こ、今度はなに!?」

「鉄の……机!?」


 続けて現れたのは、万力や小型ボール盤などが設置された鉄鋼製の作業台。


「俺の手作りオリジナル作業台まで出て来た!?」


 そう、そこに顕れたのは……日本で厳が所有し使用していた、整備・工作用器具工具たちだった。


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