ルポ・38:溢れ出す魔力

 厳たちがマリーを囲んでわちゃわちゃとしていると、セバスチャンが魔法医と助手を連れてやって来た。


「おお、ヴァニシュ卿。来てくれたか」

「侯爵様、お孫さんはどちらに?」


 魔法医は妙齢の女性であり、助手はまだ十代と思しき少女だ。


「ジェシカ! 高度魔法医って貴女だったのね」


 魔法医を見たリンが驚きの声を上げる。


「やあ、久しぶりだねリナヴェーラ。キミの娘さんの話は侯爵様から聞いているよ。私に治療が出来るかどうかは診てみないと解らないが、全力で当たらせてもらうよ」


 魔法医……ジェシカ・ヴォン・ヴァニシュはリンに微笑み掛けながら、厳に近付く。


「あ。どうも。俺は……」


 ツカツカと迷いなく歩み寄って来たジェシカに少々気圧されつつ、厳が挨拶しようとすると。


「うん、先ほどまでの様子は遠見鏡ミラーでずっと見させてもらっていたよ異邦者デーフレムドさん。自己紹介は後にして、とりあえずその子の様子を診させてくれ」

「アッハイ」


 むべも無くそう言われ、厳は調子を狂わされたように直立不動となって奇妙な返事をした。

 そんな厳に頷くと、ジェシカは厳の腕の中で不安げな表情を見せているマリーに向かって優しく声を掛ける。


「お嬢さん、私は魔法医のジェシカという。キミのお母様とは幼馴染なんだ。痛い事はしないから、病気の様子を診させてくれるかな?」

「お母さまの幼馴染……はい、お願いします」

「うむ、それではとりあえず診察室に行こうか。異邦者デーフレムドさん、その子を連れてついて来てほしい」

「アッハイ」


 アッハイと返事するだけの機械となった厳が、スタスタと歩き出したジェシカの後をギコギコとした動きで追い出すと。


「ふむ、我々も行くか」

「ええ。あ、ヴェスティは大丈夫かしら」


 ガーランドに促されたリンが、ヴェスティを気遣って振り向いた。


「ヴェスティは私が連れて行くから、リンたちは先に行ってて」


 リンに向かってカブが応える。


「はい、ありがとうございます。お願い致します」


 リンは飽くまでも丁寧な態度でカブに頭を下げ、ガーランドと共に厳たちの後を追った。皆の姿が屋敷の中に消えると、カブはふう、と肩を竦めてからヴェスティを振り返り。


「っていうか、使用人とか魔法医とかをここに呼びつけるより、最初からみんなで診察室に行けば早かったんじゃないのかな」


 ヴェスティに向けて手を伸ばしつつ、そう呟いた。


「人間は合理的な行動ばかりするワケじゃないしね。それにしてもあなたって、見掛けに依らず色々と手厳しいわよね」


 カブの手を掴んで立ち上がりつつ、ヴェスティが苦笑するが。


「そりゃ、生産さうまれてから長いしね。て言うか、ヴェスティって生産されてからせいぜい二十年程度でしょ? 私はもう六十年近く前の生産だもん。年季が違うよ」


 カブにそう言われ、得心したような表情をとなった。


「なるほど、あなたはある意味もうおばあちゃ」

「ハァ? やっぱ分解されたいの?」

「……ごめんなさい」


 そして、思いついた事を何も考えずに発しかけてカブの逆鱗に触れてしまい、氷点下の眼差しに射貫かれて謝罪する。


「さ、さっさとマリーのとこに行くよ」

「そうね。あの可愛らしい娘が元気になれると良いのだけれど」


 カブに手を引かれ屋敷へと向かうヴェスティの脳裏には、はにかみながら微笑むマリーの姿が何故か強い印象で残っていた。





 それから一時間ほどの後。


 高度魔法医ジェシカによる一通りの診察が終わり、マリーは休息するためにセバスチャンに連れられて別室に移動した。

 カブとヴェスティも寂しがるマリーについて行き、医務室には使用人を除けばガーランド、リン、厳、そして一応専門家と言う事で放心状態のハンナも厳重な身体検査の後に拘束魔道具の指輪を嵌められた上で残る事となった。

 

「結論から言うと、有効な治療手段は無い……としか言えませんね」


 ジェシカが表情を曇らせつつそう告げる。


「むう……」

「そんな……マリー……!」


 その言葉にガーランドが呻き、リンが口を覆って涙を零す。


「この国屈指の高度魔道治療医師ヒューフレンイヴァナアーツティンのそなたでもか……」


 ガーランドの誰何に、ジェシカは悔し気に頷く。


「とにかく、マリアヴェーラの魔力量が多過ぎるのです。魔力を放出する魔道具を大量に身に着けることで、ほんの少々は病状を押さえて暴走の始まりを長引かせることができるだろうけれど、留まることなく湧き出して来る魔力に対してはそれも気休め程度のもので……」


 ジェシカが黙り、シン、と室内が静まり返る。


(ちくしょう!)


 その様子に、厳は叫び出しそうなのを何とか抑え込む。バイク、車を始めとして、機械ものならなんでも直す厳であるが、さすがに人間や動物と言った生き物の修理まではカバーできない。肝心な時に役に立たない己に苛立つも、どうすることも出来ず黙っているしかないのだ。


(くそ、メカに関するものならどうとでもなるんだが……!)


 ギュッと噛み締めた唇から漏れた血の味を感じた時、コケティッシュな少女の笑顔が厳の脳裏を過ぎった。


(! そういえば、これ以上人間の技術でどうしようもなくても、ピュアやマギー……ハルピュイアたちら何か打開策を知っているかもしれない!)


 厳は、カブともそう話していたことを思い出した、が。


(だが、侯爵やリンさんに何て言うべきか……ハルピュイアの知恵を借りたい、なんて言ったらどんな顔されるか解らんな。ハルピュイアたちの実態を知ってもらえればワンチャン……っつっても、彼女らが人間を捕食するのは事実だしなあ……)


 実際に捕食されかかった厳であるから、実感もひとしおである。


(だが、少しでも可能性が有るならそれに掛けるべきだし、なんとかリンさんたちを説得するしか……!)


「リンさん、ガーランド侯爵。お話が……!」


 そう、覚悟を決めた厳が口を開いた時。


「……魔力が溢れるなら、溢れないように吸い取ればいい。簡単な話よ」


 突然、部屋の片隅からそんな声が響いた。


「ハンナ!?」

「気を取り戻したか、ハンナ魔導士」


 それは、呆然自失で床にしゃがみ込んでいたハンナの声であった。


「ハンナ、そんな事は解ってるんだよ。その方法が現状では無いって言ってるんだ」


 一つ大きなため息を吐いたジェシカが、ハンナに向かって諭すように言う。

 リンとジェシカが幼馴染であれば、ハンナもまたジェシカと幼馴染であるのだった。


「そうね。あなたたち魔法医……いえ、高度魔動医師にあってもそれが常識よね。でも、操機械生命体マリオニクスの研究課程で生み出された、人造魔宝石ディグノモンド……これを使えば、可能になるかもしれないわ」


 その瞳に光を取り戻したハンナが、しっかりとした調子で言い放つ。


人造魔宝石ディグノモンド……? なに、それ?」

「何だい、それは。少なくとも私は聞いた事もないけれど」


 リンとジェシカが誰何する。と、ハンナがゆっくりと立ち上がりつつ答える。


「私がゲパルツⅢを操るときに使っていた指輪にはめ込まれている宝石よ。未だ開発の初期も初期で、魔力貯蔵も放もまともにコントロールできるものではないけれど。でも、少なくとも大量の魔力を貯蔵することは出来るし、それを操機械生命体に送る事により解放……消費することは出来る」

「……なるほど。今の話が本当ならば、その人造魔法石をマリアヴェーラに着けさせて、その魔力を貯蔵しつつ操機械生命体に送って消費させれば良いって事だね」


 そして、高度魔法医師ジェシカ魔導士ハンナ……その二人の会話により、マリアヴェーラを助けられる可能性が示唆されたのだった。


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