ルポ・37:炎の女神

「まさか……そなたは異邦者デーフレムド、なのか……?」


 愕然とした様子で問い掛けて来たガーランドを見て、厳は内心で


(しまった!)


 と後悔した。


(そういや、マギーにもそんなこと言われたっけな。俺はなにやらこの世界の伝説の存在だとか……)


 この世界のハルピュイアはちょっと特別な種族らしく、様々な伝説や伝承を世界に語り継ぐ存在だとの事であった。まあ、彼女らは普通に人間や他の知的生物を捕って喰うヤバい連中でもあるのだが……

 その、現在の長であるマギーが確信めいたものを以って厳の事をそう言うのだから、おそらくそれは本当なのだろう。

 


(さて、何と答えるべきか……ここはスットボケるしかないか)


 元々、めんどくさい事に関わりたくない厳であるので。


「え? なんですかそのデーなんちゃらって?」


 800SSの手を引いて立ち上がらせつつ、ぼくなにもしりませんとばかりにトボけた声でガーランドに答えた。

 だがしかし、つい先ほどこの世界の人間ではないことを自ら口にしているのだから説得力無き事夥しい。


「主……もう遅いと思うけど」


 呆れたカブが呟くと。


「あ……なんかその、ごめんなさい……」


 厳に立ち上がらせてもらった800SSが気まずそうに詫びる。

 何故ならば、厳の失言は彼女の問いに答えたものだったからだろう。


「……うーん、やっぱダメか。ま、バレちまったものはしゃーない、が。その前にやることが有りますぜ、侯爵様」

「……やること?」


 厳の言葉に首を捻るガーランドだったが。


「まずはマリーの治療。それと、この800SSの修理。あと、ハンナ魔導士の今後についての相談。俺の事は、それらが全部片付いたらお話しますよ」

「む……確かに、今は優先すべきことが多くあるな。解った、まずはマリアヴェーラを魔法医に診させよう」


 そう答えると、パンパンと手を鳴らす。

 すると、屋敷の中から様子を伺っていたセバスチャンが素早く姿を現した。


「おまえは、リナヴェーラの所の執事……セバスチャンと言ったか。バリアンスとダリアはどうしている?」

「はっ、二人とも厳様の攻撃によるダメージが深いようで、未だ昏倒したままとなっております。他の使用人たちは、侯爵様がお人払いをなさったので控えている様です」


 如才なく応えるセバスチャンに感心しつつ、


「……やっぱやり過ぎたかな?」


 厳はちょっぴり罪悪感に苛まれる。


「気にする事ないよ、主」


 そんな様子を見たカブが、厳の腕に手を置きながら優しく声を掛けた。


「……仲が良いのね」


 厳とカブの様子を見ていた800SSが微笑みつつそう言うと。


「もちろん。そうじゃなければ融合形態フィズィオンを取れるはずないって知ってるでしょ?」


 少し得意げにカブが答え、800SSは一瞬呆けたような表情を見せたが、


「……そうね、そうだったわね」


 カブに頷きつつ、微笑みを深くした。

 

 厳とバイクたちがそんなやり取りをしているうち、ガーランドの意を受けたセバスチャンによってリンとマリー、そして数人の使用人が中庭に連れて来られた。


「すまないな、セバスチャン」

「いえ、マダムとお嬢様の為でもありますので」


 ガーランドの言葉に、恭しく応えるセバスチャン。


「すまないついでにもう一つ、別棟で待機している魔法医を連れて来てくれないか。もちろん、後程謝礼はさせてもらう」

「いえ、お嬢様の為ですので必要ありません。それでは、使用人をお借りいたします」


 そう答え、手近な使用人を従えたセバスチャンが屋敷の中へと消えた直後。


「おじ様! カブちゃん!」


 リンの腕に抱かれたマリーが、厳たちの姿を見つけて嬉し気に叫んだ。


「マリー! 具合はどうだい? 大丈夫か? カブちゃん、頼んだ!」


 それを見た厳は素早く800SSをカブに任せ、マリーのもとへと駆け寄った。


「あ……主ってば、もう!」


 自分もマリーの所へ行きたかったカブがブー垂れる。


「私は良いから、あの子の所へ行ってあげて」


 自分より頭三つ分以上小さなカブに支えられた800SSが、その様子を見て苦笑しつつ言う。


「でも、立っていられないでしょ?」

「座れば大丈夫よ。ん……っと」


 カブの手を借り、800SSがゆっくりと腰を下していると。

 リンから自分の手へと移ったマリーを大事そうに抱いた厳が、リンを連れてカブたちの所へ戻って来た。


「悪いな、800SS。済まないがまずはマリーの治療を優先させてもらうよ」

「構わないわ。私は今すぐどうこうなるわけじゃないし」


 詫びる厳に向かい、800SSが応える。

 そんな二人……いや、一人と一台を見ていたマリーの口から小さなため息が漏れた。


「どうしたんだ、マリー?」


 苦しさなどから出たものではない、どこか熱いものを含んだそのため息を不思議に思った厳が尋ねると。


「おじ様、その綺麗なおねえさまもカブちゃんと同じ機械生命体メカニクスなの?」


 白い頬を桃色に染めたマリーが、厳に尋ねて来た。


「ああ、そうだよ。カブよりもかなり大きいが、基本的にはカブと同じバイク型の機械生命体メカニクスだよ」

「まあ、僕はT型機械生命体ティニィ・メカニクスで、このおねえさんはG型機械生命体ゲー・メカニクスだけどね」


 厳の答えをカブが補足する。


「そうなんだ……ありがとう、おじ様、カブちゃん。……おねえさまのお名前は、なんていうの?」


 熱や病気の為だけではなく、まるで恋する乙女の様に頬を染めたマリーが尋ねると。


「私は、ドゥカティ800SSって言うのよ。よろしくね、お嬢ちゃん」


 優し気な瞳をマリーに向けた800SSがそれに答えた。


「ど、どかちー……はっぴゃくえすす……」


 マリーが800SSの名前を復唱しようとするが、彼女の舌では発音が難しそうである。


「うーん、マリーにはまだ難しいか。っつーか、ドゥカティってのはまあ苗字みたいなもんで、800SSが名前になるのか?」

「人間みたいな名前で言えば、彼女の場合スーパー・スポーツになるんじゃない?」

「うーん、そうかも知らんがそれもなんだかなあ……デスモセディチとかモンスターとか、ムルティストラーダとかなら名前っぽいんだが……」

「デスモセディチとムルティストラーダはともかく、女性にモンスターとか失礼過ぎない?」

「んなこと言われても知らんがな……いや、むしろ言い得て妙ってヤツじゃないか?」

「主?」

「ごめんなさい」


 厳とカブがわちゃわちゃとそんな事を話していると、


「私の名前なんてなんでもいいわよ。お嬢ちゃんの好きに呼んで」


 苦笑した800SSがマリーに向かってそう言った。


「じゃあ……じゃあ、おねえさまの事はヴェスティ、って呼んでも良い?」


 すると、それを聞いたマリーはパアッと笑顔を輝かせた後、おずおずと言う。


「ヴェスティ……」


 それを聞いた800SSが、口の中で転がすようにして呟く。


「ヴェスティか、良い響きだな」

「何か由来が有るの?」


 厳とカブがマリーに尋ねると。


「えーと、えーとね……」


 だが、マリーは恥ずかしがって厳の胸に顔を埋めて中々答えない。


「んほうっほ!」


 すると、マリーに密着され、その愛らしい様子を間近に見せられた厳が顔をドロドロに溶かして奇妙な声を上げた。


「うっわ、だらしない顔……」


 それを見たカブがうんざり顔で呟いた時。


「それは、マリーが大好きな神話のおとぎ話に出て来る、炎の女神の名前です」


 近くで見守っていたリンが、マリーに代わって答えた。


「お母さま!」


 微笑む母に向かい、避難の声を上げるマリー。


「言われてみれば、彼女はその本の挿絵のヴェスティによく似ているわね。マリーはヴェスティに憧れているのよね」

「うう~……」


 だがリンは更に言い募り、マリーは再び厳の胸に顔を埋めてイヤイヤをするように首を振って可愛らしいうめき声を上げた。


「ひょほほほ……」


 マリーのあまりの愛らしさにヤられたか、またしても奇っ怪な声を上げて悶え始めた厳を見て、カブの視線が絶対零度の冷たさとなる。


「キッモ。最悪。ロリコンクソオヤジ。死ねばいいのに」

「あなたたちって仲が良いのか悪いのか、良く解らなくなってきたわ……」


 800SSはそんな厳たちを見て呆れたように笑い、厳の腕の中のマリーに視線を向けて。


「炎の女神、ヴェスティ……良い名前ね。気に入ったわ」


 そう、優しく声を掛けた。


「ウオッホン! ああ、良いな! 炎の女神か。情熱の赤を纏ったドゥカティにピッタリだな!」


 その様子を見た厳は正気を取り戻したか、取り繕う様にして声を上げる。が、


「うん確かに。さっきと違ってこれこそ本当の言い得て妙、だよね」

「カブちゃん根に持ってる……」


 ジト目のカブに突っ込まれ、しおしおのぱーになる厳であった。



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