ルポ・36:厳の叫び

 巌とカブが見下ろす中、落ちて行ったゲパルツⅢは派手な音を立てて着地する。

が、コントロール出来ていない状態だったからか激しくバウンドし、ハンナを振り落とした後に横倒しとなって静止した。


「う~ん、無様だな」


 巌が呆れたように呟き、


「どうするの?」


 カブが巌に尋ねる。


「ちょうどいいから後を追う。広い所でやり合わないと廻りを巻き込みまくりそうだからな」


 巌はそう答え、カブのアクセルを捻り廊下を走り出した。


「飛び降りないの?」

「ああ、あの様子じゃドゥカ……ゲパルツだっけか、あいつはともかくハンナはしばらく動けないか、下手すりゃ骨折でもしてんだろ。それに、さすがにここから飛び降りるのはちと怖ぇ」


 廊下を爆走しつつ、巌が苦笑する。


「そんなの、融合形態フィズィオンすれば全然大丈夫なのに」


 それを聞いたカブが少し不満げに呟く。と、


「いや、ピュアたちに散々飛ばせられたんで高いとこは懲り懲りなんだよ」


 巌は、ハルピュイアたちに高速飛行させられたことを思い出し、ぶるりと一震えした。


 螺旋階段を駆け下り、ハンナたちが落下した中庭へとたどり着くと、そこにはバイク形態から人型へと変形し、ハンナを横抱きにしたゲパルツⅢが立ち尽くしていた。


「うう……よくもやったわね……」


 ハンナが息も絶え絶えな様子で巌たちを睨み付ける。


「いや、そっちが勝手に落ちてったんだろうが……」

「逆恨みも甚だしいよね」


やれやれ、といった感じで巌とカブが顔を見合わせて溜息をつく。


「うるさいうるさい!! ゲパルツⅢ、やっておしまい!!」


 と、ハンナは再びヒステリーを起こし、巌たちを指さしてゲパルツⅢに命じた。


「うーん、物凄い既視感。ああ、ドロ〇ジョ様だこれ」

「主が子供の頃やってたテレビアニメの悪役だよね?」

「そーそー。ルックス含めてそっくりで笑える」


 ははは、と乾いた笑いを上げる巌たちを見て、ハンナはぶるぶると震える。怒りのあまり声も出せないようだ。


「よっしゃ、今のうちに合身するか!」

「了解」


 巌の言葉にカブが応え。

 一瞬のうちに、巌とカブは融合を完了した。

 二人が融合形態フィズィオンに移行したのを見て、我に返ったのかハンナが叫ぶ。


「ゲパルツⅢ! あいつらを殺しなさい!! くうっ!」


 命令を下したハンナが小さく呻くと、ゲパルツⅢの深紅あかい瞳が鈍く光り。


「きゃあっ!?」


 ゲパルツⅢにポイ、と投げ出されたハンナは地面に落下して強かに体を打ち付け、悲鳴を上げた。


「もはや邪魔な荷物扱いだな」

「て言うか、生ゴミ捨てたって感じ」

「マジでカブちゃんが辛らつ過ぎる……」


 カブの毒舌に巌が慄くうちに、前のめりで走り出したゲパルツⅢがあっという間に距離を詰める。


「さっすが900! 速ぇな!」


 深紅の拳を握りしめ、走ってくる勢いのまま叩きつけようとしたゲパルツⅢのそれを巌は素早く交わした。


「主!」

「っと!」


 技も何もなく、ただ我武者羅に繰り出された拳を避けられたゲパルツⅢは勢い余って転倒し、ゴロゴロと数回転してからバッと立ち上がる。

 そして再び前のめりのダッシュで巌たちに迫るが、スイっと避けられて三度転がった。


「おーおー、運動性能も高いし真っ直ぐが速いのも情熱のイタリアンっぽくていいねえ」

「でも、全然駄目だねアレ。コントロールも出来てなければ本体の意識も飛んでるから怖くないよ」


 同じことを愚直に繰り返すその様は、とても高度な機械生命体とは見えない惨状である。


「そろそろ、楽にしてやろうか」

「そうだね、機能停止させないと鬱陶しいし」


 融合した一人と一台はそう言うと、再度突っ込んで来たゲパルツⅢの拳を交わしざまにその朱い腕を掴み、


「うおりゃあっ!!」


 気合一閃、一本背負いの要領で投げ飛ばす。更に、通常の一本背負いであれば最後まで掴んだ腕を放さずに床へと倒すが、厳は一番腕が伸びた所で手を放し、そのまま放り投げる様にして遠くへと飛ばした。

 自分が突っ込んだ勢いに遠心力も加えられ、ゲパルツⅢは数十メートルほども吹っ飛んだ末に植えられていた立木へと激突し。結構な太さの木をへし折りつつ地面へと四度転がり、今度こそ立ち上がる事は出来ないようだ。

 巌とカブはしばらく残の構えで警戒していたが、ピクリともしないゲパルツⅢに慎重に近づき、その深紅あかい瞳が閉じられており、またボディを始めとした各部に深刻な損傷を確認してホッと息を吐いた。 


「いよっし!」

「完全勝利、かな」


 そして融合形態フィズィオンを解いた二人は拳を合わせて勝利を宣言する。


「そんな……」

 

 と、上体を起こしてそれを見ていたハンナが絶望に染まった声を上げた。


「もう終わりだ、ハンナ魔導士。大人しくしたまえ」


 いつの間に降りて来たのか、中庭に姿を現したガーランドがハンナに近付きそう声を掛ける。

 

「……」


 放心状態のハンナは何も答えず、ただ虚ろな瞳でくうを見ている。


「とにかく、その指輪を外したまえ」


 ガーランドが無抵抗のハンナの指から指輪を抜き取ると、意識を失ったハンナが倒れ込む。

 だが、地面に激突する前にガーランドによって抱き留められ、静かに芝生の上へと下された。


「やれやれ、人騒がせな女だったな」


 厳が苦笑しつつカブに言う。

 だが、カブは険しい視線のままだ。


「見て、主」


 と、カブが厳に促す。


「どうした……おっ!?」


 すると、そこにはぎこちない動きで起き上がろうとするゲパルツⅢの姿が有った。


「ぐっ……人間ども……よくも、好き勝手に私を弄繰り回して……」


 魔力による脳波コントロールをしていたハンナが気を失い、更に指輪も外されたことで意識が戻ったのだろう。

 砕けたパーツを散らしつつ、ゲパルツⅢ……いや、人型のドゥカティ・900SSスーパースポーツがヨロヨロと立ち上がる。


「うぐっ!?」

 

 だが、受けたダメージが大きかったのか、再び倒れ伏した900SSは悔しげに顔を歪め、深紅あかい瞳から涙のようなものを零し始めた。


「おい、無理すんなよ!」


 それを見た厳が声を掛けながら駆け寄る。


「ううっ……近寄らないで!」


 だが、900SSは苦痛に顔を歪ませながら厳を拒んだ。


「自意識が戻ったんだろ? ならもう俺たちは敵じゃない。さっきは手荒なことをして済まなかったな」


 厳は脚を止め、穏やかな調子で話しかける。

 だが、900SSは艶やかな頬を涙らしきもので濡らしつつ厳を睨んだ。


「人間なんて、結局最新型か最高峰フラグシップモデルしか興味ないくせに。廉価モデルの私は壊れても修理すらせずに廃車して。そうして落ちて来たこの世界では、せっかく自由に動けるようになったのに無理やり捉えられて弄繰り回されて……」


 悔し気に呟き、厳を睨み続ける900SS……いや。


「ん? 廉価モデルて……お前は三代目の900SSだろ……って、待てよ?」


 厳は思い出す。彼女のバイク形態であったときの姿を。

 

「そういや確か……ホイールが三本スポークのキャストで、スイングアームがスチールっぽかった……てことは、もしかしてお前。800SS、それも2004年モデルか!?」


 あまりにもマニアック過ぎてなんだが、要はドゥカティ・SSシリーズの中でも売れ筋の900㏄や1000㏄ではなくその下の800㏄モデルであり、それも各種装備がグレードダウンされた廉価版と言う事である。

 バイクもクルマもそういったモデルが多く存在するが、これらの個体がカネのかかる深刻な故障に陥った場合、直す事はせずに部品取りとされるか、もしくは廃車されることが多いのだ。

 

「そうよ。だから私はまともなメンテもしてもらえず、タイミングベルト切れのエンジンブローで廃車つぶされたわ。そして落ちて来たこの世界で、せっかく芽生えた自分の意思を殺されて弄繰り回され、操り人形にさせられて……結局、どこに行っても人間のエゴに振り回されて!!」

「むう……」


 悲痛な叫びを上げる800SSの嘆きに、厳は唸る。

 彼女の叫びは、厳も否定できない。いや、厳がそのような行いをしたことは一度もないのだが。

 だが、厳の故郷である日本においては稀に良くある事だった。

 800SSの言葉通り、そういった低グレード車は日本市場ではあまり売れないし、買われたとしても大事にされることは少ないのだ。


「確かに、あちらの世界……特に日本ではお前の言う通りの事が良く行われている。こないだ会った85ハチゴー兄妹も同じような事を言ってたしな。だが……」


 厳は一息の間を置いて。


「俺は、そんなお前たちみたいな中途半端な低グレードモデルが大好きだ!! 東に長期放置されているモンスター750が有れば引き取りに行ってレストアし! 西にエンジンブローしたムルティストラーダ620が有ればこれまた引き取って中古部品で直し!! そして俺と同じ趣味を持つ同好の士に格安で譲り、ドゥカティの楽しさを布教する!! いやむしろそう言った低グレード……いや普及グレードにこそメーカーの姿勢や思想が色濃く、しかもわかりやすく出るんだ!!」


「……え?」


 突然、猛烈な熱意を以って叫び出した厳に驚愕する800SS。

 しかし厳の勢いは止まらない。


「確かにフラグシップモデルは良いものだ。だが、ラインナップのボトムエンドを支えるお前たち廉価モデル……いや、ベーシックモデルにはフラグシップには無い良い所がたくさんある! 例えば、乗るときの敷居の低さ、気軽さとかな。それでいて、ドゥカティであることの”熱さ”や”愉しさ”に変わりはない! 俺はそれを知っているし、だからこそそれを手軽に楽しめるお前たちが大好きなんだ!!」


 厳にとっては最高峰モデルも最廉価モデルも等しく同じ”情熱のイタリアン・ドゥカティ”であり、そのライディング・プレジャーに味の違いは在れど貴賤など全く無い。

 それどころか、ドゥカティなどのメーカーや車種に関わらず、厳は低グレードモデルに激萌えする特殊性癖の持ち主でもあるのだった。

 そんな厳の熱い語りにポカン、と呆気に取られていた800SSだったが、


「ふっ……」


 険しかった表情を緩め、ふわりと微笑んだ。


「おっ、良い表情かおじゃない。やっぱラテン美人は笑顔が似合うな」


 そんな800SSを見た厳は、ニカッと笑い返す。


「……貴方みたいな人間は初めてだわ。というか、もしかして貴方、この世界の人間じゃなくて……」

「ああ、そうだ。俺は彼方あちらの世界……日本から生身のままやって来た人間だ。名前は宇賀神 厳。厳と呼んでくれ」


 厳は上体を起こした800SSに歩み寄り、しゃがみ込んで手を差し伸べる。


「さしあたって、お前の修理をしなくちゃな。俺の仕事はなんでも直す修理屋だ。お前みたいなドカもたくさん直して来たから、安心してくれ」


 800SSは厳の無精ひげに塗れた笑顔をしばらく見つめていたが、やがて戸惑いがちに差し出された手を取った。


「そう……貴方は、もしかしてあの伝説の……」


 800SSが厳を見詰めつつ、そう呟き掛けた時。


「まさか……そなたは異邦者デーフレムド、なのか……?」


 それまで黙って様子を見ていたガーランドが、愕然としながら厳に問い掛けた。



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