ルポ・34:厳とガーランド
「マリーに呼ばれて、俺参上!!」
マリアヴェーラを取り返した厳が、優しい微笑みを向ける。
「おじさま!」
突然の事にマリアヴェーラは驚愕しつつも、歓喜の表情で厳の首に抱き着いた。
「待たせちまってごめんな、マリー。だけど、もう大丈夫だよ」
厳は、マリアヴェーラの華奢な体をギュッと抱き返す。
「おじさま……ふえ、ふええええん」
マリアヴェーラは安心のあまりか、厳に抱き着いたまま、再び大声で泣き出した。
「くっ!」
と、厳の足刀により文字通り膝を砕かれたダリアだったが、苦鳴を上げつつも厳の足めがけてタックルを掛ける。
「読めてんだよ、もう」
「あうっ!!」
だが、厳は途轍もなく冷たい声で言い放ち、タックルして来たダリアの横っ面を蹴り飛ばす。
ダリアは壁際まで数メートルほど吹き飛び、鼻と口から鮮血を吹き出して意識を失い動かなくなった。
と、厳がダリアを蹴り飛ばした間隙を突くようにして、物音ひとつ立てずにバリアンスが厳に肉迫する。
そしてバリアンスが厳の頭部目掛け、必殺の右拳を繰り出そうとした瞬間。
「えい、っと」
下から直角に、伸び掛けたバリアンスの肘へと鋼鉄の腕が突き上げられた。
「ぐあっ!?」
メキ、という骨が砕ける音と共にバリアンスが苦痛の声を上げ、バッと後方へ飛び退さる。だが、その右肘はぶらん、と力なくぶら下がっており、もう使い物にはならなさそうだ。
「おっ、ナイスフォロー!」
「まあ、余計なお世話かと思ったけれどね」
マリアヴェーラを抱く厳の前に現れたのは、くすんだ青とクリーム色に彩られた
「カブちゃん!!」
「マリー、お待たせ」
厳の腕で泣いていたマリアヴェーラは、その小柄な姿を見つけて再び歓喜の声を上げる。
リンは怒りも忘れ、あっという間の事態を呆然と見詰めていたが。
「マリー……」
ふらふらと、覚束ない足取りで厳が抱く愛しき娘の元へと歩み寄った。
「母様!」
マリアヴェーラは、近づいて来た母親に向かって手を伸ばす。
厳は満足げな微笑みを浮かべ、震えるリンの手にマリアヴェーラを優しく返した。
「母様……」
「マリー……ごめんね、ごめんね……」
母娘はお互いを抱き締め合い、涙を零す。
「主、フラれちゃったね」
「ははッ! 母親に適う男なんて居る訳ないだろ」
下から見上げつつ、からかう様に言うカブの頭を撫でながら、厳は愉快そうに破顔した。
「ゲン様、カブ様……なぜここに……?」
マリーを抱き締めたリンが、おずおずと聞いて来る。
リンとしては、恩を仇で返すような真似をした厳たちがなぜここにいて、マリアヴェーラを取り戻してくれたのか理解が追い付いていない。
「ああ、セヴァスチャンさんに案内してもらったんですよ。途中で何度か死ぬかと思ったけど……」
だが、厳はちょっと苦笑しつつもあっけらかんとした調子でそう言うと、
「ハンナ魔導士の件は気にしないで下さい。リンさんは、マリーの事を一番に考えて行動すれば良いんですから」
リンを気遣ってか、明るい笑顔を向けた。
「そうそう。私たちは全然気にしてないから。リンも気にしなくて良いよ」
と、カブも頷きながら言葉を重ねる。
「ゲン様……カブ様……ありがとうございます。このご恩は、私の全てを持ってお返しさせて頂きます」
リンは涙を流しつつ、深々と腰を折って礼をした。
「いやいや、リンさんの全てはマリーに向けてもらわないと」
「そうだね、私たちの事よりマリーを大切にしてほしいかな」
「……はい、ありがとうございます」
厳とカブから放たれた言葉は、リンの心を深く満たしてくれた。
「……お前たちが、リンが連れて来たと言う
と、それまで事の成り行きを静観していたガーランドが重々しく口を開いた。
「あ? だから何?」
厳は、ワザとガーランドに対してぶっきらぼうに返す。
例え自分より目上と思われる人間であっても、突然お前呼ばわりしてくるような無礼な者に対して敬意を払うつもりなど厳にはない。
ましてや、祖父といえどもマリーを泣かせた男である。
厳は見下すような表情で、ガーランドを睨め付けた。
「無礼者! この方を
厳の態度を見たバリアンスが、怒りを滲ませつつ我鳴る。
だが、その口上があまりにもあの時代劇そのものだったので、厳は思わず吹き出してしまった。
「ぷはっ! なんだそれ、あんた助さんかよ? で、この爺さんは黄門様ってか?」
バリアンスには、半笑いでそう言い放つ厳の言葉の意味は全く理解できなかったが。
「この痴れ者がっ!」
心から崇拝し、仕える
タン、という軽い音と共に発射された弾丸は、しかし厳に届くことは無く。
素早く厳とバリアンスの間に入ったカブにより、キン、という澄んだ音と共に弾かれた。
「鬱陶しいから寝ててくれるかな」
「ぐはっ!?」
そして、瞬くほどの間すら与えずにバリアンスに迫ったカブのぶちかましにより壁に叩きつけられ、倒れ伏したまま動かなくなった。
「さて、と」
厳は、自分の元へ戻って来たカブの頭を撫でつつ、ギロリとガーランドを睨み付ける。
「邪魔者は寝たし、ちょっとお話しようか、爺さん」
そして、ガーランドに向かって獰猛な笑みを浮かべた。
「……我が屋敷切っての戦闘能力を持つ二人が、こうも簡単に無力化されるとはな」
倒れ伏したバリアンスとダリアを見ながら、ガーランドが呟く。
「そりゃ申し訳無い事をしちまったかな。だがまあ、子供を虐めて粋がる程度の連中じゃ仕方無いだろ」
ふん、と鼻を鳴らした厳が吐き捨てる。
と、ガーランドがフッと小さく笑い、
「……そうかもしれんな。では、その連中の主人である私も同じ穴のゲルソラという訳か」
自嘲気味にそう答えた。
「げ、げるそら?」
良く知る諺の中に紛れ込んだ未知の単語に、厳は戸惑う。
「ゲルソラって言うのは、この世界の小さな肉食魔獣……地球で言うところの狸とかイタチ、つまりムジナみたいな動物の事だよ」
厳の袖を引っ張って屈めさせてから、背伸びして耳に口を寄せたカブが教えてやる。
「なるほどサンキュ。ってか、あの諺こっちにも有るんだな」
厳は苦笑しながらカブに礼を言うと、再び腰を伸ばして我ガーランドに向き直った。
「まあ、今のままじゃそうだろうさ。ところで爺さんよ、なんでマリーを強引にさらった上に、酷い言葉をぶつけたんだ? もしかして、あんたにとって孫や娘は、なんでも思いのままに出来る人形程度に思ってんじゃないだろうな?」
厳は、最も腹に据えかねていた事を口に出して詰問する。
実は、厳とカブはマリアヴェーラがこの部屋に入った直後くらいに屋敷に潜入しており、この部屋の前で聞き耳を立てていたのだ。
それは、ガーランドとて血のつながった実の祖父なのだから、もしかするとマリアヴェーラに優しい言葉を掛け、マリアヴェーラもガーランドに懐くのでは、という淡い期待を抱いたからだ。
そして、もしそうなったとしたら、潜入した時と同じく静かに立ち去るつもりでいた。
ところが、ガーランドがマリアヴェーラを抱いたまでは良かったが、傷心の孫娘に対して酷い言葉を投げて泣かせた上、その使用人たちは有無を言わせず母娘を引き剥がそうとした。
この時点で、厳はガーランドを始めとしたヴラド家の者に対して完全にブチ切れたのだった。
「……」
「どうなんだ、爺さんよ。なんとか言ってくれよ。それとも、護ってくれる肉の盾が居なくなったからビビッて声も出ないのか?」
普段であれば、厳は年上・目上の者に対しては丁寧な態度で接する男である。
だが、現在はマリアヴェーラを泣かされて激怒しており、まるでチンピラのような言葉遣いになってしまっていた。
「……主、ちょっと落ち着いて。なんだか主らしくないよ?」
「あ? 何言ってんだカブ。自分の娘と孫を泣かせるようなクソ爺に掛ける情けなんざ……」
「主」
厳の腕を抑え、静かに見上げるカブ。
その、漆黒の瞳に見詰められた厳の頭は、急速に冷えて行った。
「……そうだな、すまん。ちょっと興奮しすぎてたみたいだな」
厳は抑えられた右手を上げてカブの頭を撫でつつ、はーっと大きく息を吐く。
「えーと、ヴラド侯爵。興奮してしまって無礼な口を叩いた事を謝罪します。まだ俺と話して頂けるのなら、ちょっと聞いてほしいのですが」
そして、再び視線をガーランドに向けると、静かに問い掛けた。
「……聞かせて頂こうか」
ガーランドは、灰色の瞳を厳に向けて応える。
「そうですか、では……」
厳が、そう口を開いた時。
「ゲン様、カブ様、お気を付けください!」
開け放たれていたドアからセヴァスチャンが飛び込んでくるなり、厳とカブに向けて叫んだ。
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