ルポ・32:デドラの想い
「エヘンっ! というわけで、セヴァスチャンさん。申し訳ないけれど、ヴラド侯爵家がどこにあるか教えてくれませんか?」
カブとわちゃわちゃ戯れていた厳だったが、微妙な表情で生暖かく見守られているのに気付き、ワザとらしい咳払いをしてから体裁を取り繕うようにしてセヴァスチャンに頼んだ。
「……お止めしても無駄のようですな。それならば、私がご案内致しましょう」
ふざけている様でも、しっかりと視線を合わせて来た厳に対してセヴァスチャンは微笑む。
「はい。お願いします」
厳も、セヴァスチャンに付いてくるな、とは言わずに承諾した。
「ヴラド侯爵家の屋敷までは、ここからそれほど離れておりません。ですので、このまま魔動車にてご案内致します」
「助かります」
そして二人と一台は、再び魔動車に乗り込むために屋敷を出ようとしたが、
「お待ち下さい。少々ご休憩なさってからの方が宜しいかと」
赤毛のメイド長、デドラからそう提案されて歩を止めた。
「……これは、私としたことが気が回らず申し訳ありません。そうですな、念のために魔動車の整備もしたいところですし、ヴラド侯爵も今夜のうちに大きく動くことは有りますまい。とりあえず軽食などをご用意いたしますので、少しご休憩なさっては如何でしょうか?」
率先して玄関に向かっていたセバスチャンが、少し恥ずかしそうに振り向く。
「……そうですね、腹が減っては戦が出来ぬ、と言いますし」
「何があるか解らないし、
そんなセバスチャン向かい、厳とカブも笑いながら応えた。
「では、ゲン様とカブ様はこちらへどうぞ。セヴァスチャンさん、御用が終わりましたらお知らせ下さい」
「ああ、頼む。ゲン様、カブ様、それでは後程」
慇懃な礼をして、セヴァスチャンは玄関から出て行く。これから、魔動車の整備をするのであろう。
厳とカブは、デドラに案内されて客間の一つへと落ち着いた。
ふかふかのソファーに並んで座り、少しの間ボーッとしていると、デドラとメイドたちが料理と飲み物を台車に載せて現れた。
結構豪華なメニューを厳がもっくらもくらと平らげているうちに、デドラが厳の
「こちらは、マリアヴェーラ様からお預かりしましたものです。ゲン様のお持物で間違いないでしょうか?」
「ああ、俺のです。ありがとうございます」
厳はサックを受け取り、おもむろに手を入れる。
「うひ! あーもう、ホント慣れないな……カブ、ほら」
ザックの中で何者かの手から渡された油袋を取り出した厳は、カブに渡してやる。
「ありがと。んン……」
カブは、何やら妙に艶っぽい所作で渡された油袋に口をつけて、ガソリンっぽい液体をコクコクと飲み干す。
「ん……ぷは、美味しかった。主、この油袋カラになっちゃった」
「あ、ああ。またどっかで補給しないとな」
厳がカブから受け取った油袋をザックに仕舞おうとすると、
「ゲン様、宜しければ当家在庫の油をお入れしましょうか?」
とデドラが聞いて来た。
「あー……じゃあ、お言葉に甘えます」
厳はちょっと迷ったが、お願いする事にして頭を下げた。
「はい、少々お待ち下さいませ」
デドラは油袋を若いメイドに渡して指示を出す。
「お食事の方はもう宜しいのですか?」
そして、ほぼ食べ終わった厳に対して尋ねて来た。
「ええ、もう充分です」
厳がそう答えると、デドラは微笑みながら
「では、お茶をご用意致しますね」
そう言って、既に部屋へと運ばれて来ていたティー・セットを厳の前で準備する。
間もなく、フルーツ・ティーのような芳醇な香りが溢れ出し、厳の前に湯気を上げるカップが置かれた。
「こちらは、疲労回復に効果があるとされているお茶でございます」
「ありがとうございます」
厳はデドラに礼を言い、薫り高い茶を口に含む。
「……美味い」
その、しみじみとした味に厳は全身に入っていた余計な力が抜けるのを感じた。
「それはようございました」
そうして微笑むデドラに向かい、厳は少し気になったことを聞いてみることにした。
「今日、マリーがここに来た時には元気でしたか?」
街に入る前、厳とカブが連行されるのを見ていたマリアヴェーラは泣いている様だった。
そんなマリアヴェーラの悲しみと涙を見せられた厳とカブの怒りはマグマの様に
その結果が、ハンナや兵士への苛烈な行動となって表れたのだろう。
「はい。いいえ、こちらへ来られた時には、マリアヴェーラ様はゲン様より託されたザックを抱き締めて塞ぎ込んでおられました。しかし、リン様の『ゲン様とカブ様は大丈夫。きっと預けたザックを取りにすぐやってくるわよ』と言うお言葉で、少しお元気になられました。そして、ヴラド侯爵家へ連れ出される前に、このザックを私に託してゲン様がいらっしゃったら渡されるように仰ったのです」
「そうですか……」
厳の脳裏に、あどけなく可憐な少女の笑顔が蘇る。と同時に、強引かつ身勝手にマリアヴェーラを連れ去ったヴラド侯爵への怒りが沸々と燃え始めた。
そんな厳を見詰めていたデドラが、口を開く。
「……ゲン様、カブ様、私はかつてリン様にこの身を救われ、お仕えして来ました」
「身を救われた……?」
厳は、少々唐突なデドラの語りに面食らいながらも、先を促すようにデドラを見る。
「はい。そして、マリアヴェーラ様の乳母の一人としても働かせて頂いております。私にとって、リン様は人生の恩人であり、僭越ながらマリアヴェーラ様の事は実の娘の様に想っております。そんなお二人のお命を救って頂けました事、御礼申し上げます」
デドラはそこまで言って、腰を折って深々と礼をした。
「どういたしまして」
と、そんなデドラに対して厳が何と答えようか迷っていると、カブが相も変らぬのほほんとした調子でデドラに返す。
デドラは腰を上げ、微笑みながら厳とカブを見詰めた。
「はい。そして……どうかリン様とマリアヴェーラ様を、よろしくお願いいたします」
デドラがもう一度、深々と礼を施す。
厳とカブは顔を合わせて笑い合うと。
「任せて下さい!」
「必ず二人を連れてここに戻って来るから」
デドラに向かい、そう断言した。
その後、1時間ほどするとセヴァスチャンが現れ、準備が出来たことを告げる。
厳とカブも体・気合共に充分整っていたので、では行こうかと玄関を出ると。
「なんだこりゃ!?」
「あはは、すっごーい!!」
車止めに置かれた
「こ、これカンガルー・バーかよ? っつーか、車体のアチコチから大小さまざまな突起物が生えているんですががが」
「なんかトゲトゲがいっぱい付いてて痛そー」
まるで、どこかの世紀末救世主伝説に出て来るモヒカン野郎か、マッドなマックスが乗りそうなヤバい魔動車が鎮座していた。
「先ほどの魔動車とは別に、私がこれあるを見越して趣味で造っておいたマッド
「やっぱマッドなんだ!? っつーか趣味って!? いやそれよりいったい何を見越せばこんな車が出来るんですかねぇ!?」
何かをやり切った良い笑顔で慇懃に礼をするセヴァスチャンに、厳がビシッと突っ込むが、ツッコミどころが多すぎて突っ込み切れていない。
「まーまー、カッコいいからいいじゃない。それより、早く行こうよ」
ハァハァと荒い息を吐く厳に向かい、半笑いでそう言ったカブがメイドの手により開けられたリア・ドアからさっさとマドカーに乗り込んだ。
「カブちゃん古いくせに適応力高過ぎね?」
そんなカブに置いてけぼりにされた厳は、ブツブツと呟きながらカブの後に続く。
「ねえ主。今私の事古いとか言った?」
「いいえそんなこと僕言ってません」
カブにギロリと睨まれた厳が棒読みでそう返していると。
「では、参りましょう! しっかりとお掴まりになって下さいませ!!」
妙に気合が入ったセヴァスチャンの言葉と同時に、マドカーがホイール・スピンして猛ダッシュで走り出す。
あっという間に外門を出たマドカーは、他の馬車や通行人などを蹴散らすようにして街中を爆走して行く。
「ちょ、魔動車ってこんなスピード出んの!? セヴァスチャンさん! 安全運転でお願いしますよ!?」
「ぶっ飛ばせー。撥ね飛ばせー」
「カブさん煽るの止めてくれませんかねぇ!?」
厳の悲鳴を残し、マドカーはヴラド侯爵家へと爆速で突き進むのであった。
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