ルポ・29:イン・ザ・魔動車
「まず、マリーはどうなったか解りますか? 良い医者とか治療法とか見つかったんですか?」
「マリーは元気なの?」
セヴァスチャンは、リアシートから身を乗り出すようにして尋ねて来た厳とカブに思わず微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。
「……残念ながら、現在のところこれと言った有効な手立ては見つかっておりません」
苦汁を滲ませるセヴァスチャンの返答に、厳とカブは乗り出していた身を再びリア・シートに沈めた。
「そっか……まあ、まだ1日目だし仕方ないか」
「そうだね……」
そう言い合いつつも、厳とカブは意気消沈してしまう。
「……これから向かうシューベルト家別邸に、リンさんとマリーは居るんですか?」
そして、ふと尋ねた厳に、
「リン様は、現在ご実家であるブラド侯爵家へ行っております。マリアヴェーラ様は別邸に居られますので、お会いになれますよ」
セヴァスチャンがそう、答えた。
「そっか、マリーには会えるんですね!」
「良かったね、主」
厳とカブは喜び合う、が。
「そう言えば、あの女……ハンナだっったか、が言ってたな。リンさんの事をヴラド侯爵令嬢とかって」
「でも、リンさんって未亡人だったよね。そういう場合でも令嬢っていうの?」
「え? あー、この世界だとどうだろう? ドイツとか、ヨーロッパの貴族なんかだと、出戻った娘も令嬢、って表現してた気がするけれど……」
カブの質問により、話が逸れていく。
「っつーか、それ今どうでもいいだろ。それより、そのヴラド家ってのは侯爵っていうからには相当高い位なんですよね? 上から二つ目くらい?」
厳は強引に話を戻そうとして、セヴァスチャンに質問する。
実際、厳の知識に有る貴族位階とこの世界のそれが同じとは限らないのだ。
「ええ、侯爵ですと爵位は上から二位となります。最上位は
セヴァスチャンの返答が、自分の記憶と同じことに厳は安心した。
「それにしても、やっぱリンさんも凄いセレブだったんだな。まあ、元々大商人なんだからどっちにしろセレブだけど」
「そんなお金持ちでも、マリーの病気を何とかする事が出来ないんだね……」
カブの言葉に、厳もぐむ、と唸る。
「だけど、あの女が言ってた事……リンさんが私たちの身柄を引き渡した、っていうのは本当なのかな?」
そして、カブが呈して来た疑問に、セヴァスチャンが口を開いた。
「それは、事実でございます」
その言葉に、車内の空気が一気に重くなる……ような事は無く。
「ま、なんか理由が有るんだろ。例えばマリーの治療をするために必要だったとか」
「あのハンナって女に脅されたのかもね。あいつ、性格悪そうだし」
「だいたい、あの上から目線がムカつくんだよ。いかにも私はエリートでござい、ってな雰囲気出しててさ」
わいわいとハンナの悪口で盛り上がる厳とカブの予想はだいたい合っており、セヴァスチャンは思わず笑いそうになってしまった。
「……さすが、リン様が見込まれたお二方です。ほぼその通りでございます」
セヴァスチャンは、久しぶりに痛快な気分になりながらも、事情を語り出す。
「お二方が捕らえられた後、リン様は関係各方面に働き掛けて、なんとか開放させようとなさいました。また、同時にマリアヴェーラ様をいくつかの高名な魔法医に診察させたのですが、芳しい回答は得られず……」
そうこうするうちに、ハンナがリンを訊ねて来て、マリアヴェーラを治療するための仮説を立てたとリンに告げた。
ただし、その仮説を実行するためにはリンがマリーを連れて実家に戻って高度魔法医療を受ける資格を得る必要があり、その為には厳とカブの身柄引き渡しが条件だと迫られたのだ、と。
「……そして、リン様は苦悩の果てにハンナ魔導士の条件を飲み、お二方の身柄引き渡しに同意したのです」
セヴァスチャンは、さすがの厳とカブでも怒り出すかもしれない、と覚悟を決めて経緯を説明した。
だが、しかし。
「なるほど、それじゃしゃーない」
「だね」
あまりにもあっさりと、軽~くのたまう厳とカブである。
(この方々は……どれだけ情けが深いのだろうか。なるほど、こうでなくては
その様子に、セヴァスチャンが軽くはない驚きと、ある種の感動に包まれていると。
「と、待てよ? ハンナがマリーの治療法を、仮定とは言え考えてたってことは……」
「……主、やっちゃったかもね」
「オイオイオイオイ死んだわオレ」
ハンナにした数々の無体な仕打ちを思い出して蒼くなって頭を抱える厳と、なぜか他人事の様にシラっとした顔で厳の肩をポンポンと叩くカブ。
「どうかなさいましたか?」
その様子をバックミラー越しに伺っていたセヴァスチャンが、何事かと尋ねて来た。
「えーと、そのー。あのですねー……」
抱えた頭を少し上げつつ、不明瞭な口調でマゴマゴする厳だったが。
「あのね、私たちが脱出する時、そのハンナって女を主が痛めつけて人質にしたの。肩を外して無力化させてから外した場所をグリグリしておしっこ漏らさせたり、盾にして兵士を脅迫したり、首絞めて落としたり」
「えっ。は、はあ……それは中々惨いですね……」
「カブさんそれじゃ俺が超極悪人にしか聞こえないんですがねぇ!」
カブの説明にさすがのセヴァスチャンもドン引きした気配を醸し出し、厳は必死でカブに突っ込みを入れる。が、
「だって、全部本当のことじゃない。私、何か間違った事言ったかな?」
「え……そりゃ、でも、あの……ぐぬぬぬ……」
だが、誇張も何もないみんなホントの事だったので、厳は反論できず唸り出した。
「ま、まあ殺してはいないのでしょう? それならば、まあなんとか……」
厳の弁護をしようとしたセヴァスチャンも、途中からトーンが低くなって行く。
「……」
「……」
「あ、ほら主あれ見て。野良猫だよ可愛いー」
気まずく黙り込む厳とセヴァスチャン。空気を読まず野良猫を見つけて和むカブ。
「そういえばさ、主がハンナを襲った時、ハンナの自動守護結界だかが作動しなかったのはどうしてなの?」
更に、重い空気をものともせず、カブが厳に質問をした。
「……ああ、あれはな。ほら、俺って基本的にこの世界の物理法則の外にいるらしいんだろ?」
厳は、セヴァスチャンに聞かれると不味いかと思い、カブの耳元に口を寄せてボソボソと囁く。
「うん、主の魂はこの世界の武器とかじゃ傷付けられないから、肉体もそれに準じる、みたいな感じだけど」
「ああ、だからもしかするとこの世界の魔法とかも、俺には効きが悪かったりするんじゃないかと思ってさ、試しにと思ってやってみたら通じたんだよ」
「……なるほど。主の攻撃に対して、この世界の法則に従った魔法で構築された自動守護結界が反応出来なかった、って事だね」
「まあな、っつってもそれこそまだ仮説だけどな。だが、ハンナに対しての効果を考えると大体合ってると思う。それに、最初にハンナの目に打ち込んだ骨片攻撃が効いたのは、この世界の物質である骨片も一度俺が触れたりした場合は俺の付属物みたいな扱いになるんじゃないかと予測してるんだ」
「そっか。それに関しては、いずれ検証してみたいね」
「まあ、そのうちな。どっかで木刀でも作るか調達して、魔物でも狩ってみるか」
ボソボソと話す厳とカブをバックミラーで気にしながらも、咎めることなくハンドルを操るセヴァスチャンにであった。
「ゲン様、カブ様。そろそろシューベルト家メルガドル別宅に到着致します」
そして、厳とカブに到着を告げる。
「お、そうですか。マリー、元気にしてるかな。って、ハンナの事が気になって仕方ない。今度ハンナに会ったらジャンピング土下座で許してくれるだろうか……?」
「ハンナの件はまた後で考えよ。まあなんとかなるでしょ」
「……カブさんの能天気さを十分の一でも分けて欲しいものですな」
「え? 私の性格はほとんど主譲りなんだけどね。主の前のオーナーは普通のおじいちゃんだったし、乗った距離は主の方が5倍以上長いし」
「……ワシはお前の育て方を間違ったかもしらん」
「確かにね。無茶苦茶な改造とかしてくれたしねー。最初の頃は整備ってよりも破壊って言った方が正しかったもんねー」
「…………」
魔動車がシューベルト家メルガドル別邸の門を潜るころには、カブにボロクソにされた厳が死んだ魚の目で黄昏ていたのだった。
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