ルポ・28:脱出成功

「なっ……な、なんですって……!?」


 ハンナは、カブに取り付けられたリミッターをいとも簡単に外した厳に驚愕の声を上げた。


「いったい、どうやって……」


 そして、ハンナの両肩部から緑色の光が溢れ出し、唸るような声を上げながらも床に手を着きヨロヨロと立ち上がる。


「お? なんだあの光は……って肩が直ったのか? どうなってんだ?」


 両肩を外したまま放り出して床に倒れ伏していたのに、自力で立ち上がってくるハンナに少し驚いた厳が呟く。


「治癒魔法だよ、主」


 すると、厳の疑問にカブが答えた。


「ほう。あー、あれか。ハイミーとかいうやつ」


 厳は、中学生時代に友人たちが夢中になっていた国民的RPGの事を薄っすらと思い出す。

 当時、日本中の子供たちを夢中にさせたファミ〇ンのRPG、ド〇〇ンク〇ス〇だが、厳は友達の家で少しやらせてもらった所、武器や防具を装備せずに城をでて直ぐに遭遇したスライムと戦って死に、アホらしくなって止めたのだった。


「ハイミー……? 良く解らないけれど、魔法を使う連中は有る程度のケガや病気を治せる奴もいるんだよ」

 

 カブもそんな主人の元に居たためか、ゲームの事はあまり解らず、そういったファンタジックな知識はこの世界に来てから覚えたので、ハイミーだかホイミだか詳しくは知る由もない。


「そりゃ、面倒だ。どれどれ」


 やれやれ、とばかりに溜息をついた厳は、立ち上がったハンナについっと近づくと。


「あ……や、やめて」

「つまり、気絶させりゃ良いんだよな?」


 怯えるハンナの背後に廻り首を極めた。いわゆる、スリーパー・ホールドである。


「ひあっ……」


 悲鳴を上げようとしたハンナだったが、細く長い首をガッチリと極められて声も出せなくなり、ヒューヒューと喘ぐばかりだ。


「悪く思うなよ……っつても無理か」


 厳の声が聞こえたかどうか。

 少しの後にハンナは失神し、カクンと全身の力が抜けた。


「面倒だから殺しちゃえば良いのに。でも、この女にとって今日は人生最悪の日だろうね!」


 その様子を見ていたカブが、無邪気な良い笑顔で恐ろしい事をのたまい。


「……カブさんが怖いんですががが」


 そんなカブを見て、厳は恐怖に震えた。


「主、とりあえず脱出しよ」

「アッハイ」


 良い笑顔のままのカブに言われ、厳は奇妙な返事を返す。


「おっと、その前にコイツらを閉じ込めておこう」


 と、厳は思いついたようにそう言い、ハンナを自分が入れられていた部屋のベッドに寝かせ、兵士をカブが入れられていた部屋に放り込んだ。


「これでよし、と」


 そして二つの部屋に鍵を掛け、その鍵をポケットに仕舞い込む。

 それを見ていたカブが、厳を胡乱げな表情で見上げつつ、


「……なんか、扱いがずいぶん違うね。あと、なんで別々の部屋に分けたの?」


 と尋ねた。


「あー。扱いの差は、まあなんとなく?」

「ふーん」

「二人を分けたのは、気付いた時に協力されたら脱出しやすくなるかもとか思ってさ」

「……そうなんだ」


 なんとなく釈然としていなさそうなカブに、


「さあさあ脱出だ! 派手に行くかこっそりいくかどっちにしようか?」


 と厳はおどけつつ笑い掛ける。


「主の好きなようにすればいいと思うよ」

「じゃあ、とりあえずこっそりと行って、もし見つかったら高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しようか!」

「……つまり、行き当たりばったりってこと?」

「そうとも言うな。細かいことは良いんだよ!」


 イマイチ納得出来ない様子のカブの背を押しつつ、厳は歩き出した。


 そして数分後、カブのナビゲートにより呆気なく建物から脱出した厳は、感心しながらカブを褒めた。


「いやあ、さすがカブちゃん。良く経路を覚えてたな」

「そんなに難しい経路じゃなかったしね」

「それにしても、警備が手薄で助かったな」

「確かにそうだね。なんだか、あまり使われている様子がない建物だったよ」


 カブの推測通り、この建物は頑丈に造られてはいるが頻繁に使われる場所ではなく、ある種の秘匿物件である。

 今回は、厳とカブというレアな素材を他部署に知られないように隠す意図を持って使われたので、警備も最小限となっていたのが厳たちに幸いしたのだ。


「さて、これからどうするか」

「主のザックはマリーに預けてたよね」

「ああ、街の外で連中に詰問される直前にさりげなくマリーに背負わせた。俺たちが連行される時、マリーがリンさんに渡してたから大丈夫だろ」


 ヒソヒソと会話しつつ目立たないように路地裏へと入り込んだ厳たちだが、もちろん土地勘など有るはずもない上に、既に夜も更けているので真っ暗である。

 表通りには街燈もあり、ある程度の視界は確保出来そうだが、厳もカブもかなり目立つのであまり明るい所を歩きたくはない。


「しかし暗いな。なんとか輪郭くらいは見えるが、ちょっと足元とか危ないか」

「そうだね……ライトは私が点けられるけれど」


 カブはそう言うと、自分の両眼を光らせた。


「おお、ヘッドライトならぬアイライトか。6ボルトとは言え結構明るいな。そういや、ハロゲン球入れてたっけか」

「えへへ、結構高かったよね。中々置いてなかったし」

「12ボルトハロゲンより高かったからなあ……」


 当時のカブのヘッドライトは6ボルト電装とあってかなり暗く、厳はレアな6ボルトハロゲン電球に交換しようと幾つものバイク屋やホームセンターを回ったものだ。


一人と一台が、そんな懐かしい想い出に浸っていると。


「ん……?」

「誰か来たね」


 厳とカブがほぼ同時に気配を感知した直後、路地裏の陰からすいっと人影が現れたので、カブがすかさずライトを向けると、そこには真っ黒な服と覆面を身に着けた細身の男が立っていた。


「どちらさまかな?」


 すっと半身になった厳が男に誰何する。


「私はシューベルト家に仕える者です。貴方様がたは、ゲン様とカブ様でいらっしゃいますか?」


 すると、その人影は厳に向かって答えるとともに質問を返して来た。


「シューベルト家……リンさんの所の人か。ええ、俺たちは厳とカブで間違いないですよ」


 厳はまだ緊張を解くことはしないが、少し調子を柔らかくする。

 カブも、男を正面から照らしていたライトを逸らした。

 

「マダム……いえ、リン様とマリアヴェーラ様から、お二方の救出を申し付けられて参りましたがお役に立てなかったようですな。宜しければ、シューベルト家別宅までご案内させて頂きますが」


 男がそう提案して来たのに、厳とカブは頷き合い。


「じゃあ、お願いします」


 厳がそう答え、頭を下げた。


「それでは、こちらへ」


 足音も立てず男が歩き出し、厳とカブもそれに続く。

 歩き出してから1分もしないうちに明るい表通りに出ると、そこには大柄な魔動車が停まっていた。


「これは……車か?」

「自動車、だよね」


 前の世界――地球の四輪自動車そっくりな魔動車を見た厳とカブは驚いてしまう。


「L型機械生命体の乗用形態を模して造られた魔動車でございます。どうぞ、お乗り下さい」


 リア・ドアをガチャリ、と開けた男にそう言われ、厳とカブは驚きを引き摺ったまま後部座席に乗り込んだ。

 ドアをバタン、と閉めて運転席に男が乗り込む。そして、いくつかのスイッチを操作するとインパネ類に灯りが灯り、直後スルスルと静かに魔動車が走り出した。


「エライ静かだな。魔動車、ってことは魔法で動いているのか?」

「解らないけれど、たぶんそうじゃないかな。私もこんな車初めて見たよ」


 広いリア・シートで身を寄せ合い、ヒソヒソと話す厳とカブ。

 実際、スピードはそれほど速くはないが、エンジン音や排気音がない魔動車は静寂性に優れている。ただし、その分ロードノイズや風切音が目立ってしまうのだが。


「えーと、シューベルト家の方……何て呼べば良いですか?」


 厳はしばらくカブとヒソヒソ話をしていたが、情報を得るべく男へと尋ねた。


「これは申し遅れました。私はシューベルト家執事兼メルガドル支店長のセヴァスチャンと申します。以後、お見知り置き頂ければ光栄でございます」


 男はそう言うと、覆面を脱ぐ。

 覆面の下からは、ナイスなミドルが現れた。


「これはご丁寧に。それでセヴァスチャンさん、まずマリーはどうなったか解りますか? 良い医者とか治療法とか見つかったんですか?」

「マリーは元気なの?」


 リア・シートから乗り出すようにして聞いてくる厳とカブに、セヴァスチャンは温かいものを感じて微笑んだ。


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