ルポ・25:前略・檻の中から

「では、申し訳有りませんがしばらくこちらの部屋でお過ごし下さい。体調不良など、緊急の場合は見張りの兵士に申し出れば対応させて頂きます。トイレと飲料水は部屋内に有るものをご利用下さい。規定の時間になったら食事もお持ちしますので。何かご質問は?」


 なぜか嬉しそうな顔で、厳に説明をするハンナ。


「いつ頃、査問会とやらに呼ばれるんですかね?」


 ハンナとは対照的に、厳は不機嫌さを隠そうともせずに問う。


「おそらくは、明日の昼から夕方くらいには査問会が開催されるはずです。これから各部と調整を行い、正式に決定するのは今夜半過ぎになりますので」


 厳の様子など気にも留めず、ハンナはハキハキと笑顔で返事を返した。


(何がそんなに楽しいんだ、このオールドミスめ!)


 厳は内心でアカンベーをしつつ毒づいたが。


「……今、何か失礼なことをお考えになりませんでしたか?」

「イエ、メッソウモアリマセン」


 冷たい声で誰何され、ハンナの勘の鋭さに慄きつつ首をカクカクと左右に振って否定した。


 厳はオールドミス、と表現したが、ハンナは30歳になったばかりであり、さすがにそこまで言われる程ではない。


 ハンナは白金の髪を腰ほどまで伸ばし、耳の前に二房、細かく織り込んで胸元まで垂らしている。

 細い眉の下には切れ上がったエメラルド・グリーンの瞳が瞬き、尖った鼻に薄く小さな唇が絶妙な場所に配置されており、充分に美人の範疇に入っている。

 また、高位魔導士のみが羽織ることを許された黒と赤のマントの下には、華奢だが出るべきところはそれなりに出ているナイスバディが隠されている。


 もっとも、父親以外でその体に触れた男は未だ皆無の『生娘』であるのだが。



「……まあ、いいでしょう。それでは、ごゆっくりお過ごし下さいな」


 フン、と鼻で笑ったハンナが部屋から出て行き、見るからに頑丈そうな金属製のドアがバタン! と閉められる。


「……さって、どうすっかな」


 厳はため息を一つ吐くと、壁に備え付けられたベッドに寝転んだ。


 カブは、機械生命体メカニクスに効果的だという触れ込みの魔法式制御装置リミッターを施された上で厳の隣の部屋に入れられている。

 このリミッターは複雑に組まれた魔法式により、機械生命体の内部で循環する液状物質リキッドの流れをコントロールするもので、カブのようなT型機械生命体ティニィ・メカニクスクラスにはかなり有効のようだ。

 リミッターを施された後に、厳と別室になることを知らされたカブは怒って兵士たちを振り払おうとしたが徒労に終わり、絶望的な表情で厳を見詰めた。

 だが、厳に


「とりあえず辛抱してくれ。必ずなんとかするから」


 と諭され、不承不承だが大人しく隣の部屋に幽閉されたのだった。


「まあ、どっちにしても従わざるを得なかったしなあ……」


 厳は、門外でのやり取りを思い返して苦笑する。

 

 あの時ハンナに、メルガドルに立ち入るならば拘束する、と脅された厳とカブは少し考える時間をくれ、と言って頭を突き合わせて相談した。


『街には入らずこの辺でキャンプする』

『いっそ、コイツらブッ飛ばして逆に人質にする』


 等といくつかのアイデアを出し合ったのだが、


『最低でもマリアヴェーラの診察結果が出るまでは傍に居たいし、もし魔法医でも治癒が不可能であったら、一度マリアヴェーラを連れてハルピュイアの巣に戻って相談してみる』


 と言う行動方針を決めていたため、結局とりあえずはハンナに従う事にしたのだった。


「まあ、交渉のネタはいくつかあるし、何はともあれ無事ここに着いてマリーが診察を受けられるってことで現状は満足しておくか」


 厳は前向きに考えを纏めると。


「なんだかんだで結構疲れたな。とりあえず寝るか……」


 そのまま瞳を閉じると、数分後には豪快なイビキを掻き出すのだった。





「監視対象が眠りました」

「え、もう? ずいぶん早いわね」


 厳が幽閉されている部屋に仕掛けられた魔導式カメラを監視していた兵士から報告を受け、ハンナは軽く驚きながらカメラに目をやる。

 と、そこには豪快なイビキを掻きつつ爆睡する厳の姿が映し出されていた。


「……剛毅なのか、無神経なのか。奇妙な男ね」


 ハンナは苦笑しつつ、カブの部屋のモニターにも視線を向ける。

 すると、そこにはバイク形態に戻って黄昏ているカブの姿が有った。


「こっちは……乗用形態になってるから、表情が読めないわね」


 ハンナは一つ溜息を吐くと、


「では、監視を続けて下さい。何かあったら即報告で」

「はっ!」


 兵士に指示を出し、監視部屋を後にした。



 厳たちを収容した軍の建物から出ると、ハンナは玄関前に駐車されていた魔動車に後席に乗り込み、


「中央通り3区のシューベルト商会までやってちょうだい」


 と運転士に指示を出す。


「はい!」


 運転士がアクセルを踏むと、全長5メートルほどの大柄な魔動車がスルスルと走り出す。


 ここ、魔法都市メルガドル名物でもあるこの『魔動車』は、その名の通り魔力を消費して作動する『魔動機』によって走る車である。

 外観は、L型機械生命体エル・メカニクスを模倣した、地球の自動車によく似た形状をしており、ハンナが乗り込んだものは4ドアセダン・タイプで、要はタクシーである。

 魔動車は、魔法都市メルガドルの様に『空間魔力発生装置』が供えられた場所でのみ稼働が可能で、どれだけ魔力が高い魔導士が乗ろうとも、機械生命体の様に燃料さえあればどこでも自由に動ける、という訳にはいかないのであった。


 馬車や荷車、人々が行き交う石畳で舗装された道を20分ほど走ると、一際賑やかで開けた通りに突き当たる。

 ここは、メルガドルでも一番の繁華街となる中央通り3区――通称『ギンザ』である。

 ギンザ、の名称はメルガドルを開いた大魔導士マーゲン・フォウ・ブラウンが付けたもので、由来は不明であった。


 ハンナを乗せた魔動車は人混みを避けつつギンザを進み、とある大きな店の前で停止する。


「しばらく待っていてちょうだい」

「はっ!」


 ハンナは魔動車から降りると、ツカツカと店の中へと入って行った。


「いらっしゃいませ」


 ハンナが入店すると、穏やかな物腰の初老男性が深々と礼をする。


「私は当店店長のセヴァスチャンと申します。何かご入用の物がございますか?」


 そして、にこやかに微笑みながら声を掛けた。


「ああ、申し訳ないけれど客じゃありません。私は高位魔導士ハンナ・ヴォン・ランドルフと言います。この店のオーナー……リン・ヴォン・シューベルト様はいらっしゃるかしら?」


 ハンナは手をひらひらと振りながら、初老男性にそう尋ねる。


「……オーナーはただいま外出中でして」


 と、笑顔を消した初老男性がハンナに鋭い視線を向けて答えた。


「あら、そうですか。いつ頃お帰りになるのかしら?」


 ハンナは、男性の視線を特に気にする風もなく再び尋ね。


「申し訳ありませんが、解かりかねます」


 男性が、いっそう鋭さを増した視線でハンナを射抜きつつそう答えた時。

 店の前にもう一台魔動車が停止し、マリアヴェーラを抱いたリンが降りて店の中に入って来た。


「ただいま、セヴァスチャン」

「お帰りなさいませ、マダム」


 そして、疲れた顔で忠実なる支店長に声を掛ける、が。


「……っ! ハンナ!! 何しに来たのよ!?」


 にこやかに微笑むハンナの姿を見つけ、大声で誰何した。


 

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