ルポ・24:上級魔導士ハンナ・ヴォン・ランドルフ

 油沼での補給を終えた後、一行は順調に旅を続け、一晩の夜明かしにおいても魔物や機械生命体メカニクスの襲撃を受けること無く、無事に目的地である魔法都市メルガドルに到着した。

 とは言っても、まだ街をグルリと取り囲む巨大な壁の外におり、これから入門受付をするところだ。

 壁に空いた門は幅10メートル、高さ10メートル程度の正方形をしていて、左右には武装した兵士と受付をする役人が合わせて10人ほど控えており、入門しようとする者たちを検閲・受付している。


「なんだかんだで、けっこう快調だったな」

「もう着いたの? すっごく早かったね!」


 油沼でマリアヴェーラをカブに乗せて以降、揺れが激しく乗り心地も固い馬車よりもカブの方が良いのでは、という厳の提案により、マリアヴェーラは少しの厚着をした状態でずっとカブのフロント・シートに座って来ていた。


 そのため、厳はカブのリア・キャリアに尻を乗せて来たのだが、もともと広くて平らなキャリアで乗り心地も悪くない上、この世界の謎法則によって元の世界のアスファルト路面を走る以上に揺れや振動が少ないカブの走りにより、大した疲労にはならなかったのである。


「まあね。150キロくらい楽勝だよ」

「カブちゃん、すごい!」


 旅の道すがら、マリアヴェーラはカブに様々な質問をして答えをもらい、厳と同様にカブにも懐いてしまった。

 また、カブも無邪気なマリアヴェーラに対して優しく接し、どうやら『1人と1台』は無事に友達となったようである。


 道中の天気はずっと晴れており、カブの調子も全く問題なく、馬車の一行が疲労困憊なのとは対照的に厳とマリアヴェーラは元気であった。


「やはり、機械生命体はすごいですね……」


 馬車から降りたリンも、さすがに疲れを隠せない様子で苦笑している。

 御者や使用人たちも馬車から降り、腰を伸ばしたり地面に座ってくつろぎ始めた。


「それでは、入門受付をして来るので少々お待ち下さい」


 リンはそう言うと、ウサギ耳の少女ミナを連れて大門へと向かっていく。


 それを見送った厳は、大きく伸びをしながら都市まちを見上げた。


「うーん、高い壁だなあ。これが城塞都市ってやつか。それと、あの塔……」


 街道を進むうち、かなり離れた所からも見え隠れしていたこの街には、まるでニシル岩山のように天高く伸びる塔がある。


(これ、この世界に来た時ニシル岩山から見えてた塔だよな。しかし、地面に足を着けて改めて見るととんでもない高さだよなあ)


 厳は、カブに跨ったまま塔を見上げて嘆息する。


「おじ様、どうしたの?」


 と、厳に抱かれるようにしてカブのフロント・シートに座ったマリアヴェーラが聞いて来た。


「うん、高い塔だなあと感心してたのさ」


 厳の言葉に、マリアヴェーラも塔を見上げる。


「あの塔は、この魔法都市メルガドルを造った大魔導士『マーゲン・フォウ・ブラウン師』が建てたんだよ。マーゲン師は50年ほど前に亡くなったけれどあの塔は未完成で、今でも高位魔導士たちが造り続けているんだって」

「へぇ、マリーは物知りだねぇ」


 厳は心底感嘆し、マリーの頭を撫でる。


「私は体が弱いから表で遊んだりできなくて、お部屋でお人形さんと遊んだり本ばかり読んでいたから……」


 少し寂し気に呟くマリアヴェーラをひょい、と抱き上げた厳は、


「そっか……でも、これから元気になったら表でたくさん遊べるし、覚えた知識は大きくなってから必ずマリーの役に立つからね!」


 そう言って、少女の頬にキスをする。

 マリアヴェーラはキャッキャと笑い、お返しとばかりに厳の頬にキスを返した。


「……主は本当に小さな子が好きだよね」


 と、股の下のカブが半笑いのような声で呟き。


「お前……誤解を与えるような物言いをするんじゃないよ」


 厳はカブに向かい、口を尖らせた。


「主、兵士と役人がこっちへ来るよ」


 と、カブが真剣な調子で警戒を上げたので、厳はそちらに視線を移す。


「……なんか、物々しいな」


 厳の視界には、銃をこちらに向けつつゆっくりとやってくる三人の兵士と、突き刺すような視線をこちらに向けて兵士の後に続く、マントを羽織ったいかにも高位そうな魔法使いらしき女の姿が写った。


 受付をしに行ったリンの姿を探すと、門のところで兵士らに肩を掴まれ、抑えられている。


「あなた達、無礼ですよ! 私はガルド市指定商人のリン・ヴォン・シューベルトだと何度言わせるの!? 身分証明書だって確認したでしょう! こんなことをして、タダで済むとは……!」


 リンは、兵士の手を逃れようと必死で身を捩っているが、訓練された兵士に抗えるものではない。


「母様!」


 その様子を見たマリアヴェーラが、悲痛な叫びを上げる。


「……想定外の事態のようだな」


 マリアヴェーラに悲しい想いをさせられ、頭にきた厳は額に青筋を立てつつ唸るような声を上げた。


「主、落ち着いて。多分、私の事で詰問されると思う」


 カブも相当ムカついているようだが、厳よりも幾分か冷静に言う。


「ま、そうだろうな。リンさんに話した通りで行くしかないか」

「そうだね。口裏合わせしなきゃだし」


 厳もカブも、可能であれば融合形態フィズィオンを取って兵士や役人を蹴散らしたい。

 だが、そんなことをすれば、厳とカブはともかくリンやマリアヴェーラの今後に禍根を残してしまう。


「むう。ここはグッと我慢の子になるしかないな……」

「……古いね」

「今のが解かるお前も中々」

「だって、私は1967年の浜松生まれだもん。主より年上なんだよ」

「……違いない」


 厳とカブは軽口を叩き合い、お互いを落ち着けた。


「おじ様……」


 厳に抱かれたマリアヴェーラが、不安そうな声を出す。


「大丈夫。おじさんとカブが強いのはマリーも知ってるだろ? リンさんもすぐに助けるからね」


 そんなマリアヴェーラに向かい、厳はいつものようにニカっと微笑んだ。


「そうだよ、マリー。このおじさんはスケベでだらしないけれど、いざって時には頼りになるから」

「……カブさん、褒めるか貶すかどっちかにしてくれませんかねぇ?」

「それは難しいかな。主はどんな時でもスケベだし、どんな時でも頼りになるから」

「お、おう……サ、サンキュー?」

「いえいえどーいたしまして」


 厳とカブのボケツッコミに、マリアヴェーラはポカン、と呆けた後。


「あははっ! 2人ともおもしろーい!」


 キャッキャと楽し気に笑い声を上げるのだった





「……何を笑っているんだ?」


 剣呑な雰囲気を纏った自分たちが近づいていくのを認識しているはずなのに、和やかに笑い合う様子を見せる厳たちに戸惑う兵士。


「構うことは有りません。我々は職務を遂行するだけです」


 そんな兵士たちに向かい、女——ハンナ・ヴォン・ランドルフは冷たい声で言い放つ。

 そして、ハンナと兵士は厳たちから3メートルほどの距離で停止し。


「私はファランクス王国国家上級魔導士及び魔法都市メルガドル自治魔導士評議会員のハンナ・ヴォン・ランドルフと申します。先ほど、貴殿と同行して来た国家指定商人、リン・ヴォン・シューベルト殿から伺いましたが、貴殿は修復技術者レストリオンゲン殿とその従機械生命体サーヴァニクスで間違い有りませんね?」


 兵士の後方に立ったハンナが、思ったよりも丁寧な口調で厳たちに問うてきた。


「……サーヴァニクス? まーた良く解らん単語が出て来たなぁ」


 厳は、ハンナたちに聞こえないようにごちる。


従機械生命体サーヴァニクスっていうのは、何らかの理由で人間に従う機械生命体の事だよ。私の場合、主との信頼で従っている、って感じかな」


 そんな厳にカブが答える。


「なるほど。まあ、従えてるなんて偉そうな積りは無いが……ま、ここはそういうことにしておこうか」


 カブの説明に納得した厳は、兵士の後ろに居るハンナに向かって声を上げた。


「そうですね。自分は旅人のゲン。この機械生命体は相棒のカブ。自分が修復技術者と呼ばれるのに値するかは知りませんが、壊れていたカブを自分が修理して、一緒に旅をしています。あと、この娘はあちらの国家指定商人リンさんの娘さんのマリアヴェーラちゃんです」


 ゲンは言葉を選びつつ、ハンナに返事を返す。

 その、ゲンの落ち着いた様子を見たハンナは兵士たちに向かい


「銃を下しなさい」


 と命じ、兵士たちはそれに従い銃を下した。


「ゲン殿。我がファランクス王国において機械生命体を使役する場合、個人・団体問わず国家危機管理局に登録する必要があるのをご存じですか?」


 銃を下した兵士たちの間をすり抜け、厳の目の前2メートルほどまで近づいて来たハンナがそう問い掛ける。


「そんなんですか。俺はこの国の出身ではなく、大陸北部の山間にあるさびれた村出身なので知りませんでした。国境を超えてきたことすら気付かなかったのでね」

「……なるほど。確かに、最近我が国西部の国境付近は暴力的なL型機械生命体が跋扈しており、国境警備隊も一時退避しているのでそれは仕方ありませんね」


 思ったよりも話が通じそうなハンナに、厳は少し警戒を解く。


「ですが、ここ魔法都市メルガドルに立ち入るのであれば、どんな事情が有れど身分を証明していただく必要が有ります。ですので、貴殿と貴殿の従機械生命体を一時的に拘束し、当都市の自治魔導士評議会による査問を受けて頂きます」

 

 だが、厳の安堵を裏切るように、ハンナは冷たい声で断言した。


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