ルポ・20:思惑と憐憫

「機械生命体を修理ですって? では、ゲン様は修復技術者レストリオンでいらっしゃるのですか!?」


 興奮を隠せず、叫んだリンを見て厳は少々驚く。


「れ、れすとりおん?」


 そして、リンが発した、聞いたことのない単語に思うさま戸惑った。


「そうですか……ゲン様は……」


 リンは、ブツブツと呟きつつ何事か考え始めたようだ。


(あれ? 俺マジでなんかやっちまったかな?)


 この世界の情報について、マギーやメイリィ、その他のハルピュイアたちやカブから情報を仕入れたとはいえ、彼女らとて人間社会の情報に精通しているワケではない。

 なので、いくらかの齟齬が必ず起こるとは予測出来てはいたものの。

 まさか、この世界の人間との最初の出会いでさっそく発生してしまうとは。


(ま、どっちにしろこちらの人間とは関わらにゃならんのだし、変にこちらを騙そうとするような奴と会う前で良かったのかもしらん)


 だが、基本的に楽観的な厳は前向きに考えることにして、リンの反応を待つことにした。


(さっきリンさんが言ったレストリオンとか言う言葉、語感から察するにレストアをする職人っぽいな)


 そして、リンが発した『修復技術者レストリオン』と言う言葉について推測していると。


「あ……申し訳ありません。少々驚いてしまって……」


 リンが、自分を見つめている厳の視線に気付き、一人で考え込んでしまっていた事を謝罪して来た。


「いいえ、構いませんよ。ところで、そのレストリオンと言うのはなんですか?」

「え!?」


 厳の質問に、リンは絶句する。まさか、厳が修復技術者レストリオンという言葉を知らないとは思わなかったからだ。


「ああ、すみません。俺はドの付く田舎の村出身で、大きな街とかに行った事がないもので……修理の技術は、村に住んでいた偏屈者の爺さんから習ったんですよ」


 厳は、主にカブと相談して予め決めておいた設定に従って己の事情を語る。

 この設定は、かつて壊れかけたカブが訪れた北部山間の寒村に、カブを完全に修理してくれた腕の良い爺さんが住んでいたという事実に基づいたものだ。


「……そうなのですか、それは失礼いたしました。修復技術者レストリオンというのは、機械生命体メカニクスを修理・修復出来る技術を持った方の事です。機械生命体を修理出来る、と言うのはとても凄い事で、どこへ行っても引く手数多なのですよ」


 リンはそう答えながら、まさに厳とカブが想定した老人の話を思い出していた。


(まさか、ゲン様が技術を習ったという老人は……伝説の修復技術者レストリオン、シンゾウ・カヤマでは?)



 シンゾウ・カヤマ――


 およそ50年ほど前、この大陸最大最強の国であった『ディヒラント帝国』に囲い込まれていた彼は、時の皇帝ディビデⅣ世の発した他国侵略による大陸統一政策に異議を唱え、自ら修復した3体の機械生命体メカニクスの協力を得て帝国の軍事装備を破壊し尽くした。

 更に、彼は帝国に使役されていた全ての機械生命体を解放した後にいずこともなく姿を消し、歴史の表舞台からは消え去ったのだ。

 これにより帝国は大きく国力を削がれ、現在では辛うじて国の体裁は保っているが、かつての栄光など見る影もない小国に成り果ててしまっていた。



(修復技術者と言う言葉を知らないのには驚いてしまったけれど、そういう事情であれば納得出来るわ……ならば、猶更ゲン様を他の者に渡すわけにはいかない)


 リンの見た所、厳の年齢はリンより少し年上程度に見えた。


 この世界の人間の寿命はおよそ60年ほどで、50歳を超えればほぼ老人だ。

 だが、厳は仕事の関係で様々な人に触れたり、あまり精神的ストレスを感じない生活をしていたせいか前の世界……地球の基準で見ても50間近とは思えないほど若々しく見える。


(マリーも忌避感を見せないし、可能であれば私の夫に……)


 リンは、数年前に夫を事故で亡くしている。

 それ以後は夫が運営していた商会を引き継いで、その規模を落とすことなく運営して来ているのだ。


 よしんば、厳がシンゾウ・カヤマの弟子ではなくとも、少なくともT型機械生命体を自力で修復できるほどの技術を持っているのは間違いない。

 そうでなければ、現在外で警戒をしているT型機械生命体カブがあれほど信頼を寄せるわけがないからだ。


 そのリンの予測は当たらずとも遠からず、と言ったところだが、厳がカブを修理できるほどの技術者であると言う判断は全く間違ってはいない。


 もっとも、厳は修復技術者レストリオンではなく、この世界において唯一無二の存在である創造者マイスティンであるのだが……


(とにかく、ゲン様は私の手元に留まって頂かねば)


 リンは、いつの間にかマリアヴェーラと話をしている厳に驚きつつも決意を新たにした。






「……そうなのですか、それは失礼いたしました。修復技術者レストリオンというのは、機械生命体を修理・修復出来る技術を持った方の事です。機械生命体を修理出来る、と言うのはとても凄い事で、どこへ行っても引く手数多なのですよ」

「へえ、そうなんですか」


 リンの説明に、厳は頷きつつ納得する。


(なるほど、それでリンさんは驚いたのか)


 と言う事は、これからは『カブを修理して、一緒に旅をしている』という設定は使わない方が良さそうだな。だが、そうなるとカブの事をどう説明しようか……


 などと、厳が設定変更の必要を考えていると。


「ん?」


 視線を感じてふと顔をあげると、リンの背に隠れつつマリアヴェーラが朱い右瞳をこちらに向けていた。

 先ほどまでの怯えた様子はもう見えず、厳に対して好奇心を刺激されている様子である。


(それにしても、可愛過ぎる……)


 元々、厳は大の子供好きである。

 

 前の世界では、近所の子供たちの自転車やおもちゃなどは、余程の事がない限り無償で修理してやっていたし、子供たちからも『修理のおじちゃん』と呼ばれ慕われていた。


 そして更に、厳は『可哀そうな子供や動物』に弱い。


 家庭の事情で育児放棄されたような子供や、捨てられた犬猫などを放っておく事が出来ない。

 もちろん、己の目の届く範囲では有れど、そういった子供や動物を見つけたら何とかしようと走りまわってしまうのだ。

 その結果、感謝されることもあれば余計なお世話と疎まれることも、時には警察沙汰になり拘留されたことすらあったが、厳は己の行動を恥じることも後悔することもなかった。


 そんな厳なので、痛々しくも可憐に微笑むマリアヴェーラを見てしまったらもう堪ったものではない。

 

 厳はニカっと笑い、マリアヴェーラに向かっておいでおいでとジェスチャーした。

 マリアヴェーラは一瞬戸惑ったようだが、考え込んでいる母親を見て、おずおずとその背を離れて厳に近づいて来た。


「マリアヴェーラちゃんは、何歳なのかな?」


 そんなマリアヴェーラに向かい、厳は驚かせないように静かに問い掛けた。


「……9歳です」


 少し俯き、上目遣いで厳を見ながらマリアヴェーラが答える。

 その可愛らしい姿に、厳は更にメロメロとなってしまう。

 と同時に。


(なにか臭うな……)


 マリアヴェーラから、僅かな腐臭を感じて小さく驚く。

 もっとも、最初に馬車の中へ入った時から、ある程度の異臭は感じていた。

 だが、この世界の衛生環境からすれば仕方のない臭いであろうし、厳は仕事柄臭いに対して耐性が付いているので気にするほどではなかった。


 しかし、近づいて来たマリアヴェーラから感じるこの臭いは……


(肉体からだが、腐り始めているのか?)


 恐らく、なんらかの病気か怪我によるものであろう。

 失われているらしい右腕、そして頭に巻かれた包帯の下。

 そのあたりに、この腐臭の原因がありそうだ。


(この世界の医療技術なんぞ、対して発達してなさそうだしな……て、待てよ? 確か魔法とかが有るんじゃなかったっけ? そういうのでなんとかならないのか? ピュアたちハルピュイアが分泌する毒……っつーか、薬の中にもなんとか出来そうなものが有りそうな気がする……)


 厳は、マリアヴェーラの過酷な運命を思い心を痛めつつも、この可憐かつ可哀想な娘に何かしてあげられる事はないかと考え始めていた。

 

 

 

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