ルポ・19:修復技術者

「どうしたもんかね……」


 厳は、目の前で跪いて礼をするリンを見て唸った。


(面倒事の予感しかしないんだが……)


 大体からして、リンは最初礼をしたいとか言っていたはずだが、現在では何やら相談が有るような口ぶりに代わっている。


(多分、護衛してくれとかなんとか、そんな事だろうな)


 こうなると、調子に乗って融合形態を取ったり、トレノたちが退散した後に馬車の様子を見ようと近づいた事が迂闊だったと思えて来た。


「主……」


 カブの声に、我に返った厳は頭を掻きつつ。


「……あのですね、リンさん。謝罪は受け入れますし、もう気にしていませんからとりあえず立ち上がってください」


 このまま時間だけ無駄にしても仕方なし、と判断してリンにそう声を掛けた。


「では、お話を聞いて下さるのですか?」


 下げていた頭を上げ、縋るような瞳で厳を見上げるリン。

 それは、神に祈る敬虔なる聖女のようにも思える。


(うわあ……これが本当の意味でのあざとい、って奴か……)


 普通の男であれば、何でもお願いを聞きたくなるであろうその姿。

 自分の美しさ、女としての魅力を十二分に意識し、魅せる術を心得ているのだろう。


(お話、ねぇ。聞くだけじゃ済まなくなりそうだし、悪いけれどお断りして……)


 厳がそう考え、悪いが急ぐのでお話はまたの機会に、などと、実に日本人らしい言い訳をしてさっさと立ち去ろうと思った時。


「かあさま……」


 馬車の方から、微かに聞こえた声にふ、と目をやると。

 御者台に、小柄な白いシルエットが見えて。


「マリー! 出て来てはダメと言ったでしょう!」


 馬車に向かい、リンが叫ぶ。

 その姿は、先ほどまでの『造った』姿ではなく、リンのであるようだ。


「だって、母様が……」


 小さな白いシルエット――白いゆったりとした寝間着のような服を着て、顔の左半分に包帯を巻かれた痛々しい姿の少女は、御者台から降りようとして地面に落ちる。


「あうっ……」

「マリー!!」


 それを見たリンは悲鳴を上げ、少女の元へ駆け寄った。


「母様……」

「マリー、大丈夫?」


 そして、少女を抱き上げて頬ずりする。


「……主、今のうちにさっさと逃げようか?」


 と、様子を伺っていたカブがそんな事を言い。


「カブさん鬼畜おにちくかよ」


 厳は、話とやらを聞く気分になってしまった自分に苦笑しつつ、意外と酷い事をサラッとのたまうカブに突っ込んだ。




「お見苦しい所をお見せしました……」


 厳に向かって深々と頭を下げるリン。

 リンに抱かれた少女は、朱い瞳を不安に曇らせて対面の厳を見上げている。


 ここは馬車の中。

 見かけよりも随分と広い車内は、パーティションのような板で3つの部屋に区切られており、その中の一つ、敷物や長いクッションが置かれたスペースで、厳はマリーと呼ばれた少女を抱いたリンと向かい合っていた。

 御者を含め、馬車に乗っていた他の人間たちは全員降りて、外で食事の支度をしている。

 カブは人型になり、馬車の外に立って警戒中だ。


「いえ、構いませんよ。そちらは娘さんですか?」


 厳は、怯えた様子の少女に向かって笑い掛けつつ尋ねる。


「はい。私の娘、マリアヴェーラです。マリー、この御方に助けていただいたのよ。御礼を言いなさい」


 リンは、先ほどまでの『造った』貌ではない表情を腕の中のマリアヴェーラに向け、そう言った。


「はい、母様……おじさま、助けて下さってありがとうございました」


 マリアは、少し舌足らずな、そして可憐な声で礼を述べつつ厳に向かって頭を下げる。


「どういたしまして、お嬢さん」


 厳は、その可愛らしくもいじましい姿に何とも言えない『胸キュン』な気持ちを感じつつ微笑み返した。

 ちなみに、おじさま、と呼ばれたことに対しての抵抗などはなく、むしろ胸キュン高ポイントである。


(にしても……)


 厳は、マリアヴェーラをまじまじと見詰める。


 白い寝間着のような服に包まれた体は細く華奢で、年齢は10歳にはなっていないように思える。

 母親譲りの美しい金髪を首の辺りでバッサリと切り落とし、頭と顔の左半分を斜め巻きの包帯で覆われている。

 大きな瞳は朱く円らだが、左目は包帯に隠されており、ちょうど左瞳の辺りに朱い血が滲んでいるのが痛々しい。

 肌は透ける様に白いが、あちらこちらに小さな赤い痣が浮き出していて、何やら病的なものを感じさせられた。

 そして、何よりも厳が気になったのは。


 たらん、と垂れた服の右袖には、中身がない。


 そう、この少女の右腕は、どうやら喪われているようであった。


「……」


 と、厳の視線に、恥じらうように頬を染めたマリアヴェーラは母の背に隠れてしまう。


「あ、ごめんね、じろじろ見ちゃって。マリアヴェーラちゃんが可愛くて

おじさんついつい見惚れちゃってさ」


 その様子を見て、はっと我に返った厳は慌てて取り繕った。


(ロリコンとか思われたらマジで死ねる)


 厳は内心で冷や汗を掻きつつ、はははと自分では爽やかな積りの笑顔を向けた。


「……」


 そんな厳にマリアヴェーラは少し戸惑った様子であったが、おずおずと微笑み返してくれた。


「はうっ!?」


 その、いじましく可憐な笑顔に厳は一撃でノックアウトされてしまった。


(やべぇ。可愛すぎるだろあの子。なんだこの胸の奥から湧き出て来る感情は……そうか、これが父性愛ってヤツなのか……?)


 厳の中で、マリアヴェーラに対する『護ってあげたい、あの笑顔』と言う、庇護欲らしきモノが熱いマグマのように際限なく湧き出て来る。


 そんな厳の様子を見ていたリンは、苦笑しつつ声を掛けた。


「お話をさせて頂いても宜しいでしょうか?」


 その声にはっと我に返った厳は、


「あえ? あ、ああ構いませんよ!」


 可憐に微笑むマリアヴェーラから視線を引き剥がし、慌てて取り繕うのだった。


「ありがとうございます。先ほども名乗らせていただきましたが、私はドルデ市の商人、リン・ヴォン・シューベルトと申します。ここより西に50000ノルドほど離れたドルデ市にて、食料や薬品、雑貨などを扱うシューベルト商会を運営してる指定商人です」

「はあ、これはご丁寧に。えーと、俺は旅人のゲンと申します」


 厳は、前もって決めておいた通りの名乗りを上げる。

 この大陸では、放浪生活をする旅人が有る程度存在するので、そう名乗っても不審には思われにくいのだ。

 また、そう言った旅人は苗字を持っていても名乗らないことが多いので、厳もそれに従う。

 ちなみにこれらの情報は、ハルピュイアたちに捕らわれた旅人たちが喰われる前に語った話に加え、カブの知識の中から厳が教わったものだ。


「そうですか……ゲン様は旅人であられるのですか。あの、T型機械生命体ティニィ・メカニクスとご一緒に旅をしておられるのですよね?」


 リンは、何かを探るような表情で、恐らくは最も気になっているだろう事を尋ねて来る。

 それは当然の事だろう。

 この世界において人間と機械生命体メカニクスが一緒に旅をするなど、常識的にはほとんど有り得ない事であるからだ。


「ええ、そうです。カブ……あの機械生命体は、他の機械生命体か魔物によって破壊された状態だったのを自分が修理して、それから一緒に旅をしているのです」

「機械生命体を修理ですって? では、ゲン様は修復技術者レストリオンでいらっしゃるのですか!?」


 この世界では、一般的な機械や道具だけでなく機械生命体をある程度修理出来る人間を修復技術者レストリオンと呼び、国や都市、商会や会社などで非常に珍重・厚遇される。


 機械生命体ではなく、この世界で造られた機械や道具のみ修理できる修理技術者リぺリエンも貴重であり高度職種として扱われるが、修復技術者レストリオンはその比ではなく、一つの国に数人しか存在しない希少な職人である。

 そのような存在であるので、修復技術者レストリオンは大抵の場合国家や超有力会社・商人に高待遇で囲い込まれる。


 そんな修復技術者レストリオンたる者がフリーでいて、あまつさえ旅人をしているとは……


(これは……我が神が与え給うた好機としか言いようがないわ……マリーの為にも、この機会を逃すわけにはいかない!)


 リンは内心でそう考え、どんな手を使ってでもゲンを篭絡すべし、と決心した。 

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