ルポ・16:襲撃のL型機械生命体

 カブの自動運転に切り替えてから、1時間ほど走っただろうか。


あるじ、気を付けて。なんだか嫌な気配がするの」


 しばらく黙って走っていたカブが、警戒の声を上げた。


「嫌な気配ってなんだ?」


 ホケッと景色を眺めていた厳が、我に返って聞き返すと。


「多分、敵意を持つ他の機械生命体メカニクスだと思うんだけど……」


 今一つハッキリしない感じでカブが応える。


「まあ、お前がそう言うなら気を付けようか。っつっても、とりあえず廻りに句を配るくらいしか出来ないけどな」


 厳は苦笑しつつそう言って、キョロキョロと辺りや上空を見回してみる。

 が、これと言って嫌な気配や雰囲気などは感じない。

 現在走行しているのは視界の開けた、まばらに草の生えた荒れ地の中に造られた、一本道の街道。荒れてはいるが、まだなんとか道の体は保っている。

 視界は良好だが、この道を進めば間も無く鬱蒼とした森の中へと入って行く事になる。


「ふむう……カブ、ちょっと止まってくれないか」


 かつて、厳はとある世紀末バイオレンス漫画の主人公に憧れて超マイナーな古武道上に弟子入りし、師範代資格まで取得した時に体得した『気配を察知するすべ』を久しぶりに使ってみるべく、カブに停止を命じた。


「でも、止まったら危険かも……」

「どちらにしろ、このままじゃ気持ち悪いしな。とりあえずこの辺は開けていて隠れ場所もないし、森の中に入ってから奇襲されるよりはマシだろ」

「……了解。停止します」


 厳の言葉に、カブは緩やかにスピードを緩めて完全停止する。

 幸い、止まってすぐに襲われることはなかった。


「よし、ちょっと待ってくれ……」


 そして厳は、精神を集中する。

 もう何年も使っていなかったこのは、こう言った自然が多い環境では特に効果が高く、厳が最も冴えていた頃ならばかなり離れた距離にいる動物やら人間やらの気配を探れたものだった。が……

 ……

 …………


 しばらく、修行僧のような面持ちで瞼を閉じていた厳だったが、カッ! と突然瞳を開き。


「……あかん。なんも解らん」

「あはは……」


 だははと笑って頭を掻き、カブは苦笑した。


「そう言えば、主は高校生の頃、私に乗って変な道場に通っていたよね」

「変なは余計だ。まあ、最後に顔出してから20年は経つし、そのあとは修行なんぞしてないからなあ。鈍るのも当然ではあるか。それに、ピュアたちに色々吸い取られちまったから、それも影響してるかもしらん」


 ピュアたちとのEROい事を思い出してか、無意識にむふふぬふふとスケベたらしい笑いをこぼす厳。 

 ハルピュイアの巣を発ってから大分経ち、絞られ切った性欲が復活してきているようだ。


「……まあ、主は歳喰って色々と余計なものも付いちゃってるしね。煩悩とか、脂肪とか」

「なっ!?」

「実際、走ってても重いしねー。変な道場に通ってた十代の頃と違って。あの頃は今の2/3くらいだったよねー」

「ぐはっ!?」


 厳のだらしない顔にムカつきでもしたのか、唐突に辛らつになるカブであった。


「ぐぬぬぬ……カブさんちょっとキツくないですかね?」

「そうかなー?」


 ちなみに、カブを始め機械生命体メカニクスには人間や亜人とまぐわうような機能は装備されていない。

 だから、ハルピュイアの巣で厳があんなことこんなこととハッスルしていた時には、カブはバイク形態に戻って黄昏れていたのだ。


 ただし、カブの厳に対する感情は、男と女の間に発生する恋愛感情だのとは違う。

 カブ自身にもハッキリとは解らないが、そんな単純な感情ではないのであった。


 と、厳とカブがそんなやり取りをしていた時。


「ん……?」

「主、前方の森から何か聞こえたよ」


 まさにこれから、進もうとしていた森へと続く道の方から何やら物音がして来て。


「おっ!?」

「あっ!?」


 次の瞬間、馬3頭に引かれた大型の幌馬車が、森の中から姿を現した。

 そして、馬車に続き人型をしたモノがふたつ、馬車を挟むようにして出現する。


「あっ! 主、L型機械生命体エル・メカニクスだよ!!」

「なに? あれがか!?」


 厳の目測だと、彼我の距離は数百メートルほど。

 木との対比から、幌馬車の高さは3メートル。そして、今まさに馬車を襲わんとしているL型機械生命体エル・メカニクスは大型馬車よりも更に頭一つは高い。

 その姿は、やはりカブのように人間を模した形状かつ、メカニカルな質感溢れる人型ロボットアンドロイドである。1台は雄型、もう1台は雌型であるようだ。


「どっちも、どこかで見た覚えのあるカラーリングだな……」


 雄型は黒と白のツートーン、雌型は赤と黒のツートーン・カラーであり、全体的な印象はシュッとしていてナローだ。


「主、どうするの?」

「うーむ、どうするか……」


 幌馬車はの御者台には二人の男が座っており、L型機械生命体エル・メカニクスから逃げようとして、必死で手綱と鞭を振るっている。

 馬車の中までは見えないが、荷物やら人間やら、何らかのものが積まれていると予測できた。


 また、マギーやメイリィ、ピュアたちから聞いた話によると、この辺の街道は本来かなり重要な交通の要衝で、この大陸の東西南北を結ぶ中心点であるそうだ。

 だが、ここ最近、街道を往来する商隊や旅人やを襲う機械生命体メカニクスが現れ、行き交う者が激減しているとか。


「ああやって襲われるんじゃ、そりゃと通る人間も少なくなるわな……」


 などと厳が呟いている間にも、2台のL型機械生命体エル・メカニクスは馬車に肉迫し、もはや馬車の命運は尽きる寸前だ。


「……よし、とにかく止めるぞ! カブ、例のアレやってみよう!」

「了解! じゃあ、行くよー!」


 厳はカブのアクセルを全開にし、それに応えてカブはリアタイヤを空転させつつダッシュする。と、馬車や機械生命体たちもこちらに気付いたようだ。


「よっしゃ、レッツ合身ガッシンーー!!」


 アクセルを全開にしたまま、厳が叫ぶと。


「別に掛け声無くてもいいんだけど」


 冷めたカブの突っ込みと同時に、眩い光が溢れ出し。


 カブはまるで荒馬となって天高くいななき、フロントタイヤをそら高く舞い上げる。

 そして、カブのボディが数十個のパーツに分離し、厳の体を覆うようにして張り付いていき――


合身ガッシン完了!!」


 1秒弱の間に、厳は分離したカブのパーツを纏った姿――いわゆる、パワード・スーツ装着状態になっていた。


 厳を納めたカブ・スーツは高さが2メートルほど。

 厳の顔面は露出しているが、頭部はカブの丸っこいハンドル部周辺がヘルメット状になってカバーしており。

 全身には、カブの青いボディ部と白いレッグ・シールド部が分離装着され、背中にはカブ・エンジンを背負った状態である。


 カブの大きさや厳の体格からすると少々おかしいレベルの変形では有るが、この世界は地球と全く異なる物理体系なので細かいことは気にしてはならない。

 とにもかくにも、厳はカブを装着してパワード・スーツ装着状態になったのである。


「くう~っ! やっぱ変形合体や合身は男のロマンだぜ!!」

「主、浸ってないで早くしないと!」


 感動に打ち震える厳にカブが突っ込む。が、


 突然、眩い光を撒き散らしながら意味不明な変形合身を行った厳たちに驚愕したのか、馬車もL型機械生命体たちも急停止し、呆然とこちらを凝視している。


「……あれ? 俺、なんかやっちゃいました?」

「主、今のうちだよ!」


 すっトボケる厳に、カブが再びの突っ込みを入れ。


「わ、解ってるってばよ! よっしゃ、行くぞ~!」


 今一つ締まらない状態で、厳はダッシュで走り出した。



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