ルポ・15:旅の途中

 ハルピュイアたちの巣、ニシル岩山から旅立って3日ほど経ち、厳はカブのナビゲートにより至近の機械墓場メカニタリーを目指している最中である。

 旅の道中、厳はカブによりこの世界――ギガ=ラニカについての事も、ハルピュイアたちから聞いた事以上の知識を得ていた。


 ハルピュイアは基本的に巣から大きく離れないので、一般的な人間社会の様子などには疎く、それらをカブにより補完されたのだ。


 とはいっても、カブ自身も機械生命体メカニクス関連以外の知識についてはハルピュイアより少しはマシ、程度であったのだが……

 逆に、機械生命体メカニクスについての情報はかなり豊富に得ることが出来た。


「一番近い機械墓場メカニタリーって言うから1日かそこらで着くと思ってたけど、結構距離あるんだな……」


 カブによれば、その機械墓場メカニタリーはニシル岩山より東に向かって街道を走り、ある場所で少し北へ逸れるとあるらしい。


 昨夜は、小さな清流から少し離れた木陰にテントを張って眠りについた。

 カブはテントには入らず、人型で夜通し警戒をしてくれている。

 T型機械生命体ティニィ・メカニクスは、一部の例外を除いて基本的に眠る必要はないらしく、主である厳が寝ている間に襲撃を受けたりしないために寝ずの番をしているのだ。

 そして、厳が起きたのを見計らって小川へ水を汲みに行ってくれている。

 

あるじー、お水汲んで来たよ」

「おー、サンキュー! よっしゃ起きるか……」


 戻って来たカブの声に応え、厳ははゴソゴソとテントから這い出した。


 このテントは、ハルピュイアたちが狩った大型の魔物――地球の動物で言えば『カバ』のような魔物である『ヒポピュス』の素材で造られたテントであり、中は大人三人が普通に寝られる程度の大きさだ。


 形状は、いわゆるアウターポールタイプのドームテントだが、フライシートはない。

 しっかりとなめされたヒポピュスの革は水を良く弾き、また柔らかくしなやかだが頑丈で、この世界の人間の使う一般的な刃物や動物や魔物の爪・牙ではそう簡単に破いたり貫いたりすることは出来ず、ポールもヒポピュスの背骨などを加工して強靭に造られており、ちょっとやそっとでは折れはしない。

 

「とりあえず、茶でも飲むか」


 ハルピュイアの巣では朝食を摂っていた厳だが、旅に出てから朝食を摂る事はほとんどなく、朝はお茶を飲むことが習慣となっている。


 厳は革袋の口を開けて平らな赤い宝石を取り出して地面の上に置き、更に耐熱性に優れた火竜サラマンドラの骨で造られた鍋、木製のカップとコップを取り出し、カブから水袋を受け取って水を鍋に入れると宝石の上に載せた。

 そして、宝石の横をその辺に転がっていた石でコンコンコン、と軽く3度叩くと。


「……何度やっても不思議だわ。叩く数によって火力が変えられる火炎の宝石かあ……めちゃくちゃ便利だよな」


 宝石が鮮やかに光り始め、一分もしないうちに鍋の水がくつくつと煮立ち始めた。


「お、そろそろ良いかな……えーと、茶っ葉を入れて、と」


 厳は麻のような質感の小袋から適当に茶葉を摘まんで、湯の中に投下する。

 そして、ハーブのような良い香りが立ち始めた所で再び宝石の横を叩き、加熱を停止させた。


「うん、美味い。お前も飲めれば良いのにな」


 ズズズ、とおっさんらしく茶を啜りながら厳はカブに向かって言う。


「あはは、そうだね。でも私は空冷だからちょっと無理かな」


 カブは苦笑しながら、そう答えた。


「水冷なら茶飲めるのか?」


 厳が笑いながら尋ねると。


「うーん、どうだろう? お茶なら冷却経路に入っても大丈夫じゃないかなぁ。良く解らないけど」


 カブは、小首を傾げつつ真面目に返した。


「まあ、いくら水冷でも前の世界の車やバイクに茶なんて入れたらもちろん駄目だけどな。ここではどうなるのか、興味深いところではある」


 厳も真面目な顔をして考察するが、結局のところは解らない。


「ま、その内水冷エンジン積んだ機械生命体メカニクスに会ったら聞いてみるか」


 冗談交じりにそう言うと、厳は少しぬるくなった茶をグイッと飲み干した。


「よし、支度するか!」


 厳は革袋の中にお茶道具を入れると立ち上がり、テントを畳み出す。

 と言っても、寝袋もテント内に入れたまま、骨で出来たポールからテントを外してくるくると丸め、これも革袋の中にヒョイと突っ込む。ポールは何本かにバラシて、これも無造作に革袋へと突っ込んだ。


「しっかしこの革袋……無限袋ウェントリヒ・ザックって便利だよな……いくらでも物が入って、出す時も欲しい物をイメージすれば良いだけなんて」


 厳は、ハルピュイアたちから貰った革袋をまじまじと見詰める。

 見た感じは黒く染められた革で出来た、ワンショルダー・タイプの背負い袋なのだが、その中は無限に品物を収納でき、収納された物はその時点で時間経過が止まるので、食料などが傷むこともないらしい。


 小物などはポイッと普通に突っ込めば良いし、大物ならば革袋の口を開いて当てればスーッと吸い込まれる様にして入ってしまう。

 出すときは、出したいものをイメージすれば簡単に取り出せる。

 ただ、大物の場合は欲しい物をイメージしつつ革袋を逆さまにするとポン、と出て来るのだが……


 小物を取り出すときには、手を袋の中に入れる必要があり。


「袋の中で誰かの手が、欲しい物を手渡してくれるのには滅茶苦茶びっくりしたけどな」


 小物の場合は、袋に手を入れて欲しい物をイメージすると、袋の中で何者かが手渡してくれるのだ。


「なんか、未だに慣れん。結構怖いわマジで……」


 厳はぶるり、と身震いしつつごちる。

 初めて使った時、袋内で物を手渡された厳は悲鳴を上げてザックを投げ捨ててしまったほどだ。

 そんな厳を見ていたカブはクスクスと笑う。


「そういえば、主はテント畳む必要が無いのに一応畳んで入れるよね」


 そして、片付けを手伝いつつそんなことを言ってくるカブに、


「ああ、まあ気分だな。なんか、ちょっとでも設営した気分になりたいというか。そのうちめんど臭くなってそのまま出し入れするようになると思うが」


 前の世界からの習慣的なもので、それほどこだわっているわけではない厳は軽く応えるのだった。


「よっしゃ、行くか!」

「うん!」


 バイク形態に戻ったカブに跨り、厳はアクセルを捻る。

 と、カブはスルスルと走り出し、あっという間にスピードが乗っていく。

 厳はガチャコン、とギアチェンジをしつつ、


「うーん、今日も良い天気だぜ! やっぱバイクは最高だな!!」


 と機嫌良く言うのだった。



 そして、1時間ほど走っていると。


「主、そろそろガス欠みたい」


 と、カブが訴えて来た。


「そっか。じゃあ油入れるか」


 厳はそう言うとブレーキを掛けてカブを止め、ザックから油袋を取り出した。


「そろそろ補給したいところだな」


 人型になったカブに油袋を手渡しつつ、厳が言うと。


「ん……ふう、美味し。そうだね、もうほとんど無いから、この辺の油沼を探そうか」


 油袋に口をつけてコクコクと飲んだカブが答える。


 油袋の中身は、『油沼』と言う、その名の通り油が湧き出す沼で採取したもので、油の上澄みのようになっている透明かつ混じり物が少ない部分を汲んだものだ。

 元の世界でガソリンや軽油などの燃料を使用していた機械生命体メカニクスの食糧はこれになる。

 また、沼の底部には黒い重油状の油が滞留しており、これはまた他の機械生命体メカニクスの食糧となるらしい。

 

「それにしても、相変わらずお前の燃費の良さには驚くよ」


 カブから油袋を受け取った厳は、そう言ってカブの頭を撫でる。


「ふふ、それが私の自慢だもん」

「ああ、そうだな。燃費が良くて力持ち、そして超頑丈。天下の名車、スーパーカブだもんな」


 そう、前の世界での特徴はそのまま受け継がれているカブなのであった。


「では、出発! 油沼はどの辺にあるかな?」

「なんとなくだけど、北東に向かうと有る気がするよ。ここからは私の自動運転で行っていい?」

「ああ、任せるよ。お前の感覚で走ってくれ」


 カブは厳の許可を受け、自動的に走り出す。


「前の世界でスーパーカブの完全自動運転が実現するのは、一体いつになるんだろうか……」


 手を放しても勝手に動くハンドルを見やりつつ、厳は益体もないことを考えるのだった。



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