ルポ・14:旅立ちの朝
「じゃあ、そろそろ行くか」
「うん!」
厳が旅に出る、と決めた日から一週間とちょっと経ち。
支度だ何だとゴタゴタしていたら、あっという間に時間が過ぎた。
厳とカブは今、ハルピュイアたちの巣穴から少し離れた街道に居る。
最近は通る人間もほとんどいない街道ではあるが、辛うじて道らしい風情は保っていた。
「ゲン、気を付けて。この世界を楽しんでくれ」
「またね。良い旅を」
マギーとメイリィが、少しだけ寂しそうな表情で笑う。
「ゲンおじちゃん、またねー!」
すっかり厳に懐いた幼ハルピュイア、アリアも無邪気に手を振っている。
他にも、この一週間で関わった多くのハルピュイアが、厳たちに思い思いの声を掛けた。
「マギー、メイリィ、アリアちゃん……それにみんな。世話になったな。ありがとう」
バイク形態に変形したカブに跨った厳は、そんな彼女らの顔を見廻しながら万感の想いを込めて礼を言う。
「俺は、ここでの事を忘れないよ。みんなが優しくしてくれたこと、美味い飯を食わせてもらったこと、旅に出るために貴重な宝や道具、物資を提供してくれたこと。そして、毎日毎日粉しか出なくなるまで絞られて、強制的に回復させられたこと……」
厳は目をつむり、充実した毎日を思い出す。
ピュアの濃厚なキスで朝起きて、朝飯喰って、温泉入って、ピュアに絞られて、マギーに絞られて、メイリィに絞られて、誰かに絞られて、昼飯喰って、ちょっと昼寝してると誰かが跨ってきて目が覚めて、旅の支度をして、狩りから戻ったピュアに絞られて、晩飯喰って、温泉入って、ピュアに絞られて、泥のように眠って、ピュアの濃厚なキスで朝起きて……
「ハハッ。永久パターンって怖くね?」
思えば、朝から晩までヤっていた。本当にありがとうございました。
「……俺、頑張ったよね」
厳は、黄色く見える太陽を見上げながら、生きてるって素晴らしい。と自嘲気味に笑った。
「どうした? ゲン」
「まだ足りないのかしら?」
回復毒の
「勘弁してつかあさい。旅立つどころか朝立つのも困難になってしまいます」
厳はカブから降りると、深々と土下座した。
「……結局、ピュアは帰ってこなかったな」
土下座した厳の背中にキャッキャとはしゃいでよじ登るアリアを見て微笑みつつ、マギーが呟く。ちなみにアリアはマギーの子である。
今朝の出発のために、昨日の夕食以降は厳とHするのを禁止されたピュアは、頬を膨らませたままどこかへと飛んで行き、そのまま姿を見せていない。
「ゲンと別れるのが悲しくて、大泣きするところを見せたくないんでしょ」
それに応え、メイリィが肩を竦める。
そう、ここから厳の旅に同行するのはカブのみ。
ピュアは、行かないのだ。いや、行けない、と言うのが正しい。
厳が旅に出ることを決めた当初、ピュアは一緒に行くと言い張って譲らなかったのだが、厳、マギー、メイリィの説得に併せ、アリアに
「わがまま言っちゃダメなんだよ?」
と純真な瞳で諭されて、泣く泣く同行を諦めたのだった。
「仕方あるまい。何よりも、ピュアはゲンの子を産まねばならない」
マギーが独り言のように言う。
厳とまぐわったハルピュイアのうち、ピュアは間違いなく身籠っている兆候が出ている。他の者は、まだ解らないが。
「それに、ピュアが……ハルピュイアが旅に同行したら、行った先々で大騒ぎになってしまうものね」
メイリィもそれに追従し。
「……まあ、仕方ないよな」
厳も頷かざるを得なかった。
厳の子を身籠っている事を抜いたとしても……
この世界――ギガ=ラニカにおいて最高レベルに高度な知性と社会性を持ち、更にドラゴンとも対等以上に闘える戦闘能力をも併せ持ったハルピュイアではあるが、人間にとっては恐るべき怪物に他ならない。
ハルピュイアに雄はおらず、繁殖のためとはいえ人間の男を襲って拉致し、精力を搾り取ってから喰ってしまうのだから。
そんなハルピュイアが人間の街や村に現れればどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
「パニック必至だろ。常識的に考えて……」
現代世界において、人間以上の知能を持ち空を自由に飛べるトラが街中に現れたらどうだろうか。しかも、そのトラは拳銃程度では傷付けることすら不可能なのだ。
マギーは厳の言葉に頷きながら、
「
と言葉を重ねる。
中には、極めて稀にだが
「個人が
メイリィが笑いながら言うのに、廻りのハルピュイアたちも頷く。
「ま、どうしてもここに帰りたくなったら、渡してある『帰還の石』を使えばどこに居ようとも一瞬でここに戻れるのだから気楽に行けばいいんじゃない?」
「ああ、心強いよ」
メイリィの言葉に、厳は首に下げたペンダントに着けられた蒼い宝石をポン、と叩く。
この宝石は、ハルピュイアの分泌物を特殊な技法を使い加熱凝固させたもので、世界中のどこからでも分泌主のもとへと装着主を呼び戻す効果がある。
しかも、装着者が触れている物や人もある程度まで一緒に飛ばす事が出来る優れモノだ。
ちなみに、分泌主はもちろんピュアである。
「とりあえず、もし
笑いながらそう言う厳。
「まあ、無理に帰ってくる必要は無いが……順調に行けば、ピュアが子を産むのはおよそ300日後くらいだ。気が向いたなら、お前の子に逢いに来るがいい」
「……ああ、そうだな」
前の世界から通じて、厳が子供を持つのは初めてである。
とうとう自分も親になるのか、と思うとなんだか落ち着かなくなった厳は、
「じゃあ、そろそろ行くよ。ピュアによろしく伝えてくれ」
と言ってカブのキックを出そうとする。が、
「主、前の世界みたいにエンジン掛ける必要はないから大丈夫だよ」
股の下のカブからそう言われてしまい。
「あ、そうだっけな。悪い悪い。っつーか、癖ってのはなかなか抜けないな」
と頭を掻く。
「よし、じゃあ行こうか!」
「うん!」
カブに跨り、綺麗に繕ってもらったツナギの背に大き目な革袋を背負った厳は見送るハルピュイアたちに手を振りながら走り出す。
「気をつけてな!!」
「またねー!」
厳の背中が見えなくなるまで見送ったハルピュイアたちは、翼を羽ばたかせて巣へと帰って行くのだった。
「ピュア、来なかったね」
「そうだな」
微かな作動音を立てつつ、厳を乗せたカブは街道筋を軽快に走り抜ける。
当然ながら舗装などはされておらず、あちらこちらの穴が開いてたりもするが、カブはほとんど振動を感じさせずに快適に走っている。
「なんか、滑走してるみたいな感覚だなあ」
地球での走りとは全く違う感覚に、厳が呟くと。
「物理法則とか違うから仕方ないよ。私も始めは違和感すごかったんだよ」
「そうか……」
苦笑気味にカブが答えた。
空は青く、まだ違和感は抜けないもののカブの走りは快適そのもの。
「さてさて、今日はどこまで行くかな……」
厳が機嫌よく呟いた時。
「主! 空を見て!」
カブの声に、厳は空を見上げる。と、そこには……
「ピュアか?」
かなりの高さに、一羽のハルピュイアが飛んでいるのが見えて。
そのハルピュイアは、厳たちの上空を大きく5回、旋回するとキラリ、と光る何かを落として去って行く。
「カブ、ピュアが落とした物の落下地点まで急いでくれ」
「了解!」
そして数分後、ピュアが落としていった物を拾い上げた厳は驚きの声を上げた。
「これは……スマホか!?」
それは、ピュアとHした後の寝物語に厳が話してやった前の世界――地球の話のなかで出て来た物の一つ……遠い所に居ても、いつでも話が出来る機械、と教えたスマートフォンであった。
かなりの高所から落ちて来たにも関わらず、液晶を始め目立った破損個所は無さそうだ。
「いったいどこで見付けたんだ……?」
厳はそう呟きつつスマホの電源ボタンを長押ししてみる、が電源は入らない。
「とりあえず、充電したいところだが……お前のバッテリーって使えないかな?」
「使えなくはないだろうけれど……その前に配線加工が必要になると思うよ」
「そっか、お前にはシガーソケットなんて付けてないもんな。時代からして仕方ないが」
厳はカブの答えに苦笑する。
更に言えば、カブのバッテリーは6ボルト仕様である。
シガーソケットを付けられたとしても、スマホを充電するのは無理かもしれない。
「っつーか、どこまで前の世界の知識や技術が通用するんだか想像も出来ないな」
厳は独りごとのようにごちる。
「じゃあ、とりあえず近場にある
と、カブがそんな提案をして来た。
「そっか、面白そうだな! よし、まずはそこへ行ってみよう!!」
「了解!!」
そして、厳を乗せたカブは加速する。
そんな一人と一台を遥か上空から見守っていたのは。
「……旅の無事を祈っていますよ。私の
名残惜し気に振り返りつつも、巣へと戻るために白い翼を羽ばたかせるピュア。
その姿は、伝説の聖女にも似て。
そして、ギガ=ラニカの新しい歴史が刻まれ始めた。
第一部 完
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
再開は来週末の予定です。
お楽しみにお待ち頂ければ幸いです。
また、ご感想や評価など頂ければ飛び上がって喜びます。
それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
羽沢 将吾
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