ルポ・13:夢の実現

 厳とピュアが、隠れ家その3にて大人の関係ピーとなっていた翌朝。


「結局、帰って来なかったな……」


 巣穴の中、まんじりともせずに朝を迎えたマギーが広間の椅子に座り込んだまま呟いた。


「そうだね……」


 同じく、椅子に座ったままだったカブがそれに応える。

 ちなみに、メイリィは昨日巣穴に帰る早々


「疲れた」


 と言って自分の寝床に潜り込み、とっとと眠っていた。

 

「……」

「……」


 そして一羽と一台は再び黙り込み、静寂が場を支配する。

 そのまま、どれくらいの時間が経っただろうか。

 巣穴の中に日の光が差し込み、そろそろ炊事登板の者が起き出して来る頃。

 

「大変なのです! 厳が死んでしまうのです!!」


 半泣きとなったピュアが、厳を抱えて巣穴に飛び込んで来た。


「! なんだって!?」

あるじ!?」


 マギーとカブは、厳がピュアに喰われていないことにホッとする間もなく、広間の床に降ろされた厳に駆け寄る。と……


「……っこ、これは」

「ひ、酷い……」


 そこには、カサカサのヘロヘロの、半分ミイラのような姿になりつつも、満足げな微笑みを浮かべているをとこの姿があった。


「……ピュア、何だこれは?」

「厳なのです……」


 変わり果てた厳の姿に、マギーが呆然とし。


「主……どうしてこんな姿に……」

「ピュアは途中で良く解らなくなって覚えてないのですが、今朝起きたら厳がこんな姿になっていたのです……」


 カブも、己の主の惨状に愕然とする。

 そしてそれにいちいち律義に応えるピュア。


「ふわあ……よく寝たわ。って帰って来たのね、ピュア」


 すると、いかにも起きたばかり、といった様子のメイリィが寝床から這い出て来た。


「あら、ゲンが見事に干からびてるわね。ピュア、たっぷり楽しめたんじゃない?」


 メイリィが、満足げな笑みを晒して床に転がる厳をチラリ、と見てからピュアに聞くと。


「はいなのです! 最初はおんせんに浸かりながらピュアの初めてを厳が優しく散らしてくれて、それからおんせんの中で5回、暗くなったので小屋に移動して5回くらいしたところで、ピュアはなんだか良く解らなくなってしまったのです……」


 最初は頬を染めつつ嬉しそうに話し出したピュアだったが、段々と悲し気な様子になり。


「それで?」

「それで、朝起きたら厳がこんな姿になってて……急いで巣に帰って来たのです……」


 ふるふると肩を震わすピュア。


「厳は、厳はこのまま死んでしまうんですか!?」


 大粒の涙を流しつつ、ピュアが叫んだ時。


「えい」


 広間での騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にか起きて来ていた何羽かのハルピュイアのうち。

 昨朝、厳と一緒に用を足した後、手洗い場所を教えてあげた幼いハルピュイアが厳の首筋に爪を打ち込んだ。


「んほぉっ!?」


 すると、キテレツな声を上げた厳がビクリ、と体を震わし。


「マハリクマハリタヤンバルクイナっ!?」


 意味不明な奇声を上げつつガバリと跳ね起きた。


「な!?」

「あ、主!?」

「厳が起きたのです!!」


 突然の事に驚愕する二羽と一台。

 メイリィはのほほんとした雰囲気を醸し出しつつ、状況を見守っている。


「おじちゃん、おっきしたー?」


 と、この騒ぎの張本人である幼ハルピュイアが無邪気に厳へと問い掛ける。

 起き上がった厳は、先ほどまでの惨状からあっという間に回復し、多少疲れた様子は有るものの、至って普通の状態になっていた。


「あ、ああ……。ところでお嬢ちゃん、何をしてくれたんだい?」


 そして、詳しい状況は解らないまでも、どうやら幼ハルピュイアのお陰で自分が助かったのは理解している様である。


「えーとね、おじちゃんの精力たましい? が限界まで擦り減ってたから、回復毒を打ってあげたんだよー?」


「そ、そうか……ありがとうね」

「うん! いいよー!」


(なんだよ回復毒て……毒なのか薬なのかハッキリしろよ……)


 厳は『回復毒』とかいうパワーワードにうんざりしつつも、しゃがみ込んで幼ハルピュイアと目線を合わせて、頭を優しく撫でてやる。


「あたしねーアリアって言うの!」

「そうか……アリアちゃん、ありがとう」


 厳に撫でられた幼女は嬉しそうに名乗りを上げると、厳に抱き着いた。


「ぐぬぬ……ピュアの厳が取られてしまうのです……」


 と、どこから出したのか小さな布切れを咥えて引っ張ったピュアが悔しげに呟く。


「……おいゲン。あれから何があったか詳しく話してもらおうか」


 ようやく再起動を果たしたマギーがアリアを抱き上げつつ立ち上がった厳に誰何する。が


「そんなの聞かなくても解るでしょ。初心ウブなピュアを弄んでるうちに『本脳』が目覚めて、逆に限界まで搾り取られた、ってとこじゃないの」

「……ご明察」


 ふわあ、とあくびをしたメイリィにピタリと言い当てられ、厳は己のスケベさ故の過ち(?)を認めるしか無かった。


 そうこうするうち、炊事当番によって朝食の支度が整えられ。

 起きて来た連中と一緒に、厳たちも食事をすることになった。

 ちなみにメニューは、一角ウサギの照り焼きとスープ、麦粥である。


「っつーか、ハルピュイアって割と朝からガッツリ喰うよな」


 塩味もちょうどよい麦粥を啜りつつ、厳が呟く。


「当り前だろう。これから狩りに出たり、巣の中で剥いだ革を鞣したり、色々な仕事をするのだから腹ごしらえは大切だ」

「ごもっとも。そう言えば、この巣穴の奥って水はおろか温泉……湯まで湧き出てるんだな」


 昨夜、まだ『本脳』が覚醒する前のピュアを翻弄しつつ、寝物語に聞いたハルピュイアたちの生活情報を話題に出す厳。


「ああ。一番奥には溶岩が流れる穴もあるから火にも困らんし、ゲンも使った排出穴は世界の底まで続いていると言われていて、どんなものでも捨てられる。食料の調達以外は巣から出る必要すらない」

「そいつは良いな。いっそここに引き籠って、ピュアに喰わせてもらうか」


 そう、お道化る厳に向かい、


「いいですよ! ピュアが厳を養ってあげるのです!」


 と、先ほどまで半泣きだったことなど無かったかの如く、ピュアが元気に返事をした。


「はぁ……悩んだ自分がバカみたいだな。ゲン、ピュアに喰われるんじゃ無かったのか? まあ、それはそれとして……ゲン、昨日は済まなかった。お前の意思を無視して、こちらの都合を押し付けてしまった」

「主……あの、ごめんなさい! 私、主の気持ちを考えずに、勝手な事を言って……」


 そして、マギーとピュアが厳に頭を下げる。


「ああ、気にすんな。俺もいい年こいて大人げなかったな、すまなかった」


 厳もそれに応え、二人に向かって頭を下げた。


「そんな! 主は全然悪くないんだから……」

「まあでも、そう言ってもらえて肩の荷が下りた。しかしゲン、これからどうするか考えているのか? もちろん、お前さえ良ければずっとここに居て貰っても構わないが」


 カブの頭を撫でつつ、厳はマギーに向き直り。


「それも魅力的だな。だが、そうなるとたぶん三日くらいで俺は全精力をピュアに吸い取られて死ぬる予感しかしない。まあそれも一興だが」


 ニカッと笑い、厳は言葉を続ける。


「俺は前の世界で夢見てた事がある」

「夢……?」


 厳の言葉に、首を傾げるマギー。

 ピュアは、少しだけ寂しそうに微笑む。


「ああ。俺は、世界中をバイクで……このカブみたいなバイクに乗って旅したいと思っていた。まあ、毎日の生活に追われてそれどころじゃなかったけどな」

「世界中を旅する、か……」


 マギーたちハルピュイアは、その優れた飛行能力によりかなりの距離を移動するとは言え、巣が崩壊でもしない限りは一定の場所に留まり続ける。


「そう言えば、人間の中には旅をすることに価値を見出す者が一定数居るのだったな。ゲンはそういう価値観を持っていたのか」

「ああ、そうだな。前の世界では出来なかったから、って訳じゃないが……この世界を、旅してみるのも良いんじゃないか、と思ったんだ」


 厳は、自分の周りの顔をぐるりと見廻し。


「だから、俺は旅に出るよ。その途中で、ドラゴンだか高位種族だかに会う機会が有れば話くらい聞いてみるし、なんかこの世界のためになる事が出来そうならやってみるのも吝かじゃない」


 良い感じに力の抜けた顔で、そうのたまう。


「ゲン……」


 マギーは嬉しそうに厳の手を握り。


「ありがとう。でも、無理はしないでくれ」


 そう言いつつ、厳の唇に自分のそれを重ねた。


「あーっ!!」


 それを見たピュアが悲鳴を上げるが。


「別にいいじゃない。じゃあ私も」


 マギーが厳から離れると同時に、メイリィもひょい、と宙に浮いて厳に口づける。


「ああーーーっ!!」


 ピュアは更に悲鳴を上げて、厳に駆け寄りメイリィを突き飛ばすようにして自分もキスをした。


「厳はピュアのものなんですからね!!」


 そして厳の所有権を主張してキーキーと騒ぐが、


「はいはい」

「そーなんだー」


 マギーとメイリィに適当にあしらわれ、地団駄を踏んだ。


「あの、主……」


 きゃいきゃいと騒ぐハルピュイアたちを苦笑しつつ見守っていた厳のツナギの袖をカブが引く。

  

「ん? どうした、カブ」

「あの、あのね……その旅に、私も連れてって欲しいなって……」


 そして、おずおずと頼み込むと。


「ああ、もちろんだ。っつーか、お前が来てくれなきゃ、俺のツーリングは始まらないだろ。よろしくな、カブ」


 厳は楽しそうに笑って、カブに応えるのだった。




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