ルポ・17:融合形態

「何だ、あれは!?」


 今まさに馬車を襲い、憎っくき人間を叩き殺そうとしていたL型機械生命体エル・メカニクスの雄型が驚愕に叫んだ。


「あれは、まさか……」


 雄型に応える様に、雌型も声を上げ。


「人間とメカニクスが本当に信頼し合っている状態でのみ発動する、融合形態フィズィオンなの!?」

「何だって!?」


 そして2台は驚愕を深め、動揺する。

 何故ならば、2台にとって人間は憎悪と殺戮の対象であり、信頼するなどあり得ない存在だからだ。

 そして、それは多くの機械生命体メカニクスが同じであり、人間側から見ても機械生命体メカニクスと信頼し合うなど殆どの場合で無いという認識のはずだ。


 ましてや、融合形態フィズィオンを可能にする程に、人間とメカニクスが信頼し合うなどと言う事は……


「有り得ない! 有り得るはずがない!!」


 雄型はそう叫び、それまで襲っていた馬車には目もくれずに厳たちに向かって走り出す。


「待ってよ、トレノ!!」


 それを見た雌型も後を追い。


「た、助かったのか……?」


 馬車に乗っていたの1人が、息も絶え絶えに呟いた。




「なんだあいつら、いきなりキレたみたいにこっち向かってくるぞ!?」


 襲っていた馬車を放り出して、すごい勢いでこちらに向かってくる2台に、厳はちょっとビビる。


「この世界の一般的な機械生命体メカニクスにとって、今の私と厳みたいに融合形態フィズィオンを取れる者を見たら、ちょっとしたパニックになったり、事情によってはキレるのも仕方ないよ」


 厳の言葉に平然と返すカブである。


「そういう事は先に言ってくれませんかねぇ……」

「大丈夫。私単体じゃあL型機械生命体エル・メカニクスにはとても敵わないけれど……道すがら説明した通り、心から信頼し合える主との融合形態フィズィオンになった今なら、かなり格上の連中とも対等以上に渡り合える。それに融合形態フィズィオンでも私単独でコントロールは可能だから、主は私に任せて……」


 カブがそこまで言い掛けた時。


「おいおい、自分の主人オーナーをあんまりバカにすんなよ。今なら、俺の戦闘能力とお前のパワーの相乗効果であいつら2台程度なんぞ余裕なんだろ? そうさ、俺とお前カブの1+1は2なんかじゃない。オレたちは1+1で200だ。10倍だぞ10倍!」

「えっ」


 厳はカブの動揺をよそに何10年振りかの『構え』を取り、不敵に嗤う。


「へへ、体に染みついたものは抜けないもんだな」


 その姿は、いつものおちゃらけたスケベオヤジの印象などどこにもなく――


 かつて苛烈な修行をこなして得た、古武道師範代という肩書を持つ『漢』のものであった。


 ちなみに、言うまでもなく2の10倍は20である。が、ここギガ=ラニカの法則によれば、厳の計算もあながち間違いとは言えない数字である。



「むっ!?」

「っ!?」


 すぐそこまで迫って来ていた2台のL型機械生命体エル・メカニクスも、急に変わった厳の雰囲気を察してか、急ブレーキを掛けるように停止した。

 そして、厳たちの様子を伺う様にして凝視する。

 厳とL型機械生命体エル・メカニクスの距離は、数十メートルほど。

 数分のにらみ合いの後に。


「……貴様はナニモノだ?」


 トレノ、ともう1台から呼ばれた白黒ツートーンのL型機械生命体エル・メカニクスが、警戒を滲ませた声で厳に問うた。


「俺か? 俺は宇賀神ウガジンゲン。そういうお前たちは何者なんだ? なぜ馬車を襲っていた?」

「ウガジン……だと? 質問の答えになってないが、まあいい。俺はトレノ、こいつはレヴィンだ。馬車を襲っていた理由? 決まっている。人間を殺すためだ。そんな事より、お前は本当に融合形態フィズィオンなのか?」


 厳に向かい、意外と律義に答えるトレノ。

 どうやら融合形態フィズィオンを間近にして、怒りよりも戸惑いと好奇心の方が勝ったようだ。


「そうだよ。主と私は完全な融合形態フィズィオン。だから、あなた達には負けない」


 と、厳が口を開くよりも早くカブが答えた。


「なんだと? 貴様、T型機械生命体ティニィ・メカニクスか? ガラクタの分際で、よくもそんな口を利けたものだな」

「あなた達が人間を憎む気持ちは私にも解るよ。でも、この世界の人間を手当たり次第に殺すのは間違ってる」

「人間なぞ、どの世界でも同じだ! 俺たちを便利に使うだけ使った後、新しいモノを手に入れれば、まだ使えるのに、走れるのにスクラップにする……ならば、俺たちもそれをお返しするだけだ!」

「確かにそんな人間が多いけれど……でも、そんな人間ばかりじゃない! 主みたいに、古いモノや壊れたモノを大切に修理なおして、活かしてくれる人間だっているんだ!」


 何やらヒートアップしていくカブとトレノであるが、厳はそんな2台のやり取りを結構冷めた目で見ていた。そして……


「はいストップ。どっちも落ち着けよ」


 全く空気を読まずのほほん、とした声で2台の口論に割け入った。


「主、でも……」

「人間風情が口をはさむな!」


 ヒートアップしている2台が声を荒げる。


「カブ、いいから任せろ。おい、トレノ。お前は人間を憎んでいるようだが、お前たちはその人間に造り出されてるの忘れたわけじゃないよな?」


 しかし厳は落ち着いた声で語り続ける。


「くっ!? だからと言って、まだ走れる俺たちをスクラップに……」

「良いからまずは俺の話を聞け。人間にとって、お前たちは道具であり、相棒でもある。だが、道具は飽くまでも道具だ。壊れて修理が困難だったり、コスト的に直すよりも買い替えた方が安い場合は廃棄することも致し方ない。人間だって、事故や病気で死んだり、寿命が尽きれば死ぬしかないようにな」

「……でも! でも私は、どこも壊れていないのに、ただ古くなったからってスクラップにされたわ!!」


 厳を遮り、レヴィンと呼ばれた赤黒ツートーンの雌型が叫ぶ。


「それも仕方がない。人間はどんなに長くても100年も生きれば死んで土へと還る。だが、お前たちはそうはいかない。この世界……ギガ=ラニカではどうか知らないが、地球……の元居た世界じゃ、使わなくなった機械製品は廃棄・リサイクルしなきゃ地球上がモノで溢れちまう。まあ、だからってまだ走れるのにスクラップにされるお前たちが納得出来ないのも解るが……結局、人間も機械も、ある程度の歳を取ったら次の世代に道を譲るしかないのは変わらないんだ」

「……」

「……」


 厳の静かな語りに、トレノとレヴィンは黙り込む。


「俺は前の世界――地球で、俺の出来る範囲内でだが機械や道具を直し、必要とする人間に届けて来た。そして、どんなに古くても思い入れの有る機械や道具が直って喜ぶ人間も数多くいた。いろんな機械が有るように、人間だって様々だ。だから、お前たちも怒りに任せて人間を殺して回る事なんか止めて、この世界で楽しく事を考えたらどうだ? せっかく、己で考えて動ける体を手に入れたんだから」


 厳は更に、そう問い掛ける。


「楽しく活きる、だと……?」


 トレノが、聞き返すというよりも独り言のように呟く。


「そうだ。俺も突然この世界に飛ばされて、初めはやってらんねぇから死んでやろうかとも思った。だが、そんな俺を慕ってくれる奴ら……このカブとかに出逢えて、どうせなら死ぬ前にこの世界を旅してみようと思ったんだ。前の世界からここ、ギガ=ラニカに来る時に一度死んだと思えば、これから先の人生は儲けもの、位に考えてな」


 厳は、そんなトレノと、黙って聞いているレヴィンに向かってニカッと笑うと。


「だから、お前らももっと気楽にやれよ。AE85ハチゴー兄妹よ。前の世界――地球では人間が乗らなきゃ動けなかったお前らも、今は自分で好きに動けるんだ。楽しくやらなきゃ損、だろ?」


 そう、2台に向かって諭すように言った。


「なっ!?」

「!?」


 厳の言葉に、2台が驚愕する。

 何故なら……


「なぜ、俺たちがAE86ハチロクではなくAE85ハチゴーだと解ったんだ……?」


 トレノが、驚きを隠せないまま厳に問い返す。


「ああ、やっぱハチゴーだったか。ハチロクなら、走れる状態のものが廃車されるってのは滅多に無いが、ハチゴーはな……良くて腐りの少ないボディがエンジン載せ替え用に使われるくらいだろうしな」


 車に興味の無い者には何のことだか解らないだろうが、要は同じ車種でも上級グレードハチロク下級グレードハチゴーでは扱いに天と地の差があり、ハチロクであれば廃車にされにくいが、ハチゴーはそうでもない傾向が高い、と言う事である。


「……地球を知っていて、俺たちをそこまで理解しているとは……そうか、お前……ウガジンは、異邦者デーフレムドなのか」

「まさか……でも、それなら融合形態フィズィオンを取れるのも理解できるわ……」


 トレノとレヴィンは、理解した。

 目の前の男が、かつて自分たちが存在した世界――地球から、魂ではなくそのままの存在としてやって来た『異邦者デーフレムド』であることを。



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