ルポ・11:温泉へ行こう!

 激おこ状態で啖呵を切り、ピュアに抱えられて飛び立った厳。

 だがしかし、ピュアの飛行速度がとんでもない速度に達したので、数秒もしないうちに音を上げてもう少しゆっくり飛んでくれ、とピュアに懇願する羽目になっていた。


 それでも、先ほどまでいた草原はあっという間に遥か彼方へと遠ざかり、もちろんマギーに追いつかれることもなく。

 現在は鬱蒼とした樹海の上空を、快適な速度で飛んでいる。


「あれ、ニシル岩山か……」


 いろんな意味でようやく落ち着いて来た厳がふ、と右手を見ると、天を突いてどこまでも屹立する壁のような岩山が見えていた。


「そうですよ。今はピュアたちの巣の反対側が見えていますね」


 厳の呟きを拾ったピュアが教えてくれる。


「そうか……それにしても、本当にこの大陸の、ほぼど真ん中にあるんだな……」


 良く晴れた空の下、現在の高度は1000メートルほどであろうか。

 ニシル岩山のはるか向こうに見える山脈は、厳が岩棚から落ちる前に見た山脈に連なるのだろう。


 広大な大陸の真ん中にそそり立つ、頂上が見えないほど高い岩山。


「……こりゃ、神が棲む場所とか伝わるのも無理ないか」


 厳はふう、と息を吐く。

 

(ま、もうどうでもいいが)


 先ほど、マギーとカブ相手に切った啖呵はほとんど本気だ。

 このままピュアに喰われるのも一興、と思っている。


(アンチムルムルだか赤坂グロリアだか知らないが、何で俺が救世の旅になんぞ出にゃならんのだ。元の世界……地球に戻る方法もないようだし、やってられんわ。……まあ、カブにはちょっと可哀そうな事をしちまったと思うが)


 ちなみに、全次元全世界アルティムルド全次元記録層アカシャ・クロニカの事である。念のため。


 どうせ死ぬなら、この命を救ってくれたエロ可愛い怪物ピュアとヤる事ヤってから喰われて死にたい。


 これは厳の本音である。


「さて、ピュアさんや。どこに連れてってくれるんだい?」


 気を取り直した厳は、背中に感じるピュアの柔らかな胸の感触を楽しみながら尋ねてみた。


「そうですね……とりあえず、ゲンがとっても臭いのでお湯浴びしましょう」


 そして返って来た答えにちょっと凹む。


「え、俺そんなに臭いか?」


 当然と言えば当然ではあるが、こっちの世界に来てから風呂はおろか顔も洗っていない事を思い出し、自分の体をクンカクンカと嗅いでみる。

 しかし、自分では自分の臭いなど解らないものだ。


「そんなに変な臭いはしないと思うんだが……」

「すごく臭いです。カブトムシの幼虫みたいな臭いがします」

「ぐはっ!?」


 ピュアの火の玉ストレートをまともに食らい、厳は『この世界にもカブトムシがいるのか』等と言う感慨を抱く余裕もなく精神こころに大ダメージを受ける。


「なので、お湯浴びするのです!」

「……お湯浴びってなんだよ? 水浴びじゃないのか?」


 ピュアの言葉に少し違和感を感じ、傷心の厳は小声で聞き返す。


「ピュアの、秘密の隠れ家その3にはお湯で出来た川が有るのです! 滝になっている所も有るので、頭から浴びれるのですよ!」


 すると、ピュアがドヤ顔を晒しつつ自慢げに答えて来た。


「それって、もしかして温泉か?」


 お湯の川、更に滝と聞けば、厳にはピンとくるものがある。


「おんせん? て何ですか?」

「温泉ていうのは、温かいお湯が噴き出したり湧き出したりしてる所のことだよ」

「? 良く解らないけれど、じゃあきっとおんせんなのです!」

「そうか! やっぱり温泉か! くぅ~、そりゃ良いな! 行こう行こう!!」

「はいなのです!!」


 微妙に噛み合ってない会話を交わしつつも、大筋で合意する一人と一羽。


「よーし、そうと決まったら善は急げだ。ピュア、ちょうどいい速度で急いでくれ!」

「らじゃーなのです!!」


 そしてピュアは再び加速し。


「ちょうどいいはやさっていっただろおおおおおおおおおっ!!」


 青空の下、時速にして300キロを超えたくらいで厳の悲鳴が響き渡るのであった。





 厳とピュアが観客の居ない大空漫才を繰り広げている頃――


「くそっ! 見失った!」

「ああなったピュアの速さに適うわけないでしょ」


 厳を抱えたピュアをに追いつくことが出来ず、仕方なく戻って来て吐き捨てたマギーに、メイリィが溜息交じりに言う。


あるじ……」


 カブもその場に立ち尽くしたまま、ポロポロと涙を流し続けていた。


「とりあえず、巣に戻りましょう。もしかすると、ピュアたちも戻って来るかもしれないし」

「……どちらにしろ、ここでボーっとしていても始まらんか。おい、お前はどうする?」


 メイリィの提案にマギは頷きを返しつつ、カブに尋ねる。


「……もし良ければ、私もあなたたちに連れて行って欲しい。その方が、主に逢える可能性が高そうだから」


 カブは、涙を一杯に溜めた瞳をマギーに向けて懇願する。


「解った。ピュアがゲンを喰わずに巣に帰ってくれば、まだ望みもある。そうなれば、お前もまた必要になるだろう」


 マギーの言葉を聞いたカブは、ふるふると首を振り。


「もう、そのことはどうでもいいよ。私はただ、主に謝りたいの。私たちバイクは、主の役に立つため、主に楽しんでもらうために存在するのに……さっきまでの私は、主の気持ちなんて考えてなかった。そんなバイク、捨てられて当然だもの。だから今はただ……主にごめんなさい、って言いたいだけ」


 自嘲気味な微笑みを浮かべ、寂し気にそう言った。


「……そうだな。私もゲンの意思など置いてけぼりで、自分の考えと全次元記録層アカシャ・クロニカに記録されている事を履行する事しか考えていなかった。自分の考えを押し付けるだけでは、拒否されるのも当然だ」


 カブの言葉を聞き、マギーも瞳を閉じて悔恨する。

 そんな、一人と一台を見やりつつ、メイリィが口を開いた。


「まあ、あのアホピュアの事だから何にも考えてないくせに、なんだかんだで結構うまくやるわよ。きっと、明日の朝には何事もなかった様に巣に帰ってくるわ」


 深刻さなど一切感じさせないメイリィの言葉に、マギーとカブは顔を見合わせてしまう。


「ははっ。そうだな、ピュアならきっと何も考えずともうまくやりそうだ」

「……私も、あのハルピュイア……ピュアなら、主の心に寄り添ってくれる気がする」


 そして、根拠は全く無いがなぜかメイリィの言う通りになる気がしてくるのだった。


「さあ、そうと決まればとりあえず巣に戻りましょう。マギー、そのT型機械生命体ティニィ・メカニクスを運んであげて」

「え。私がか?」

「だって、その娘結構重そうだもの。ゲンより重いんじゃないかしら?」


 メイリィとマギーのやり取りを聞いていたカブは、不満げに鼻を鳴らし。


「なんだかすごく侮辱されている気がする……でも、昔の主よりは重いけれど、たぶん今の主よりは軽い気がする……」


 そしてブツブツと呟いた。


 ちなみに、おっぱいカブことスーパー・カブC50・1977年モデルの重量は約70キロであり。

 少年~青年期の厳の体重は約62キロ、現在の体重は……85キロの、立派なメタボオヤジであった。


「何をブツブツ言っている。とりあえず、私たちの巣に帰るぞ」

「あ、はい。お願いします」


 マギーに声を掛けられ、カブは慌てて返事をする。

 そしてマギーに抱えられ、空へと舞い上がった。


「主……」


 カブは、厳を抱えたピュアが飛び去った方角を見つめる。


「また、すぐに逢えるよね……」


 そんなカブの呟きは、青空へと溶けていくのだった。



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