ルポ・9:思わぬ邂逅

「うお、速い!」


 一瞬にして見えなくなったピュアの姿に、厳が驚きの声を上げる。


「まだまだ、ピュアの本気はあんなものじゃないから」


 厳を抱えて空中静止しているメイリィが、それに応えるように少し自慢気な響きを含む言葉を返す。


「俺を抱えて飛んでた時も、まだ余裕を残してたんだな……」

「そう。あの子が本気を出したら、F型機械生命体エフ・メカニクスよりも速く飛べる。まあ、S型機械生命体スペリア・メカニクスには負けるだろうけど……」

「なるほど……それは凄い、のか?」


 エフだのティニィだの、デーだのスペリアだのと、次から次へと出て来る機械生命体メカニクスの名前に厳は混乱してしまう。


「っつーか、そのエフだのティニィだのって、メカニクスの頭に付くアルファベットとかはなんなんだ? 種類みたいなものなんか?」


 メイリィたちハルピュイアはさも当然のように呼び分けているが、厳にとってはちんぷんかんぷんである。


「まあ、そんなもの。例えば、今捕獲しようとしているT型機械生命体ティニィ・メカニクスは比較的小型のメカニクスで、私たちや人間と同じくらいのサイズ。もちろん、例外も有るけれど」

「じゃあ、エフってのは?」

「F型機械生命体エフ・メカニクスって言うのは、鳥みたいな形状で、基本的に空を飛んでいるメカニクスのこと。中には脚が生えてて、地上を走ったりするやつもいるけれど」

「……ガウォークみたいな感じなのか?」


 厳の脳内には、某超時空要塞シリーズに出て来る戦闘メカの中間形態が描き出される。


「がうおーく?」

「ああ、俺の世界にもそんな奴がいるんだよ。まあ、どっちにしても見なきゃ解らんか」


 首を傾げるメイリィに、厳がそう言ったとほぼ同時に。


「獲ったどー! です!」

「よし、こっちだピュア! 動きを封じるんだ!!」


 少し背の高い草の生えた草原から、くすんだ青と白のツートン・カラーを纏った何かを脚で掴んだピュアが舞い上がり、マギーがすぐにフォローに入る。


「……!! …………!!」


 ピュアの脚にしっかりと掴まれ、更にマギーからも抑えられたはジタバタともがきつつ何事かを叫ぼうとしているようだが、人間で言うところの発声器官付近も抑えられているらしく、声ではなく金属が擦れるような耳障りな音しか出ていない。


「あーもう、耳に響いてうるさいから黙れなのです!」

「まあ仕方あるまい。こいつらも必死だろうからな」


 そして、二羽はこの草原に来た時に最初に降り立った、少し開けた場所へ向かってゆっくりと飛んで行く。


「私たちも行くわよ」

「ああ」


 厳を抱えたメイリィも、二羽に続いて滑空に入り。

 数分後、無事に地上へと降り立った三羽と一人の前に、もう逃げられぬと観念したのか、大人しく一体のT型機械生命体ティニィ・メカニクスの姿が有った。


「……まさか、人型だとはね」


 座り込んだの姿に、厳は驚きの声を上げる。

 そう、その姿は明らかに人のカタチをしているロボット……アンドロイドであったのだ。


「え? 違いますよ? あ、でも今は人型だから、違わないですね。え~と……でも違うのですし……」


 つつっと隣に来たピュアが、厳の顔を見上げながらそんな事を言い出す。


「え~と、え~と……」


 だが、上手く説明をすることが出来ず、頭から湯気を上げ始めてしまう。


「ピュア、私が説明するから大丈夫だ。ゲン、コイツは今は人間と同じような形態を取っているが、もう一つの姿を持っている。厳たちの世界にいた頃は、そちらの形態の方が近いと聞いた事がある」

「……そうなのか」


 厳は、大人しく体育座りになっているを観察する。


 体格は小柄で、立ち上がっても厳の首元くらいの背丈だろう。

 頭部は人間のそれに非常に近く、ショートカット状の蒼い髪や黒目の大きな瞳、小さな鼻、桃色の唇に耳まで有る。顔の色も肌色で、かなり可愛らしい。

 細い首と手は少しくすんだ、アイボリーっぽい白で樹脂的な、少し柔らかそうな質感。

 ボディと足はくすんだ青で、金属的な質感が感じられる。

 だが、なぜかそのボディから大きく突き出た胸は硬い樹脂的な質感を持つクリア・オレンジであり、ごく僅かにだが内部構造が透けて見えている。


「う~ん、どこかで見た覚えが有る配色と雰囲気だなぁ……」


 厳は、無精ひげの生え始めた顎に手を当てつつ唸った。

 全体的な印象は、アンバランスに大きい胸を除けば小学校高学年から中学生程度の少女のようである。


「ふーむ……」


 もう少ししっかり見ようとして厳が近づくと、メカ少女はビクリと体を震わせて中腰になった。


「おっと、動いちゃダメですよ?」

「そうだな、それ以上動いたら有無を言わせず破壊する」


 と、その動きを警戒したピュアとマギーが厳を庇うようにして立ち塞がる。


「……解っている。私の出力パワーでは、あなたたちハルピュイアには敵わないどころか、逃げる事もほぼ不可能だから」

「うん、物分りの良い子なのですね!」

「ピュア、相手の言う事を素直に信じ過ぎるな」


 アホ素直なピュアにマギーが注意をする。が、


「大丈夫。この個体からは敵意を感じないわ」


 深緑の瞳を光らせたメイリィが、マギーに向かってそう言った。


「そうか。お前が言うなら大丈夫だろう」


 マギーはメイリィの観察眼に絶対の信頼を置いているようで、そう答えると警戒を解く。


「メイリィがそう言うのなら大丈夫ですね! ほらゲン、もっとしっかり見ると良いのです!!」


 ピュアはあまり深く考えていないのが丸解りだが、まあこの状況で襲ってくる事は無いだろうと考えた厳はメカ少女の前にしゃがみ込んで視線を合わせた。


「安心してくれ。キミをどうこうする積もりはないんだ」


 そして、優しく声を掛ける。


「あなたは、人間……」

「そうだ、人間だ。まあこの世界の人間じゃないけどな」


 厳が苦笑すると、少女の瞳が厳を見詰めた。


「なぜ……? あなたから、懐かしい気配を感じるの……」

「ん? まさかどっかで会った事でもある……ワケないか。そういえば、君たち機械生命体メカニクスも、どこか別の世界から魂になってこの世界へ来たんだっけ」


 厳が話している最中に、少女の体が小さく震え出し。

 その小柄なボディから、カシャカシャと作動音が響き始めた。


(なんか、カブのタペット音みたいだな)


 その作動音が、これまで数えきれないほど修理して来たのそれと似た音に感じ、厳はクスリと笑う。


「あなたの、名前は……?」

「ん? 俺の名前は宇賀神 厳。地球と言う異世界からここへ生身で飛ばされて来ちまったんだ。まあ、気楽にゲンと呼んでくれ」

「……ウガジン!? ゲン!!?」


 厳が名乗った瞬間。メカ少女が叫び。

 黒い瞳をこれでもかと見開き、厳の顔を凝視して来た。

 

「ん? どうしたんだ……って!?」


 少女の様子を不審に思った厳が誰何した時。


あるじ! 本当に主なの!?」


 メカ少女は感極まったように叫び、飛びかかるようにして厳にしがみ着く。


「あーーーっ!! ピュアのゲンに何するのですか!?」


 それを見たピュアが悲鳴を上げ、厳とメカ少女を引き剥がす為に駆け寄ろうとするが。


「待て、ピュア」

「どーどー。大人しくしなさい」


 マギーとメイリィに組みつかれ、邪魔をされてしまう。


「離すのです! ゲンが取られてしまうのです!!」

 

 ピュアは本気を出してマギーとメイリィを引き剥がそうとした。


「少し大人しくしていろ」

「はうっ」


 だが、マギーが素早く即効性の麻痺毒か何かを打ち込んだらしく、全身を弛緩させフニャフニャと地面にへたり込んでしまった。

 そんな中、メカ少女は厳にしがみ付いたまま泣き出している。


「うっ……主……また逢えるなんて、思わなかったよぅ……」

「え~と……俺はキミと会ったことがあるのか?」


 しかし、厳には少女が何者だか思い出す事が出来ずに混乱してしまう。


「うん……私は、あなたの初めてのだよ? この姿じゃ解らないのも無理はないけど……ちょっと、待ってて」

「俺の初めてのバイク、だって……?」


 少女は厳から少し離れ、手を組んで瞳を閉じる。

 と、少女の体が淡い光に包まれた後、その姿が一瞬で変化した。


「ああっ!!」


 その姿を見た厳は、驚愕に叫ぶ。


「あの頃とまったく同じではないけれど、この姿なら解るしょう?」


 人型とは全く違う、二つのタイヤを備えた乗り物……の姿に変わった少女は、確かに厳の記憶の中にあるもので。


「キミは……カブ!! スーパーカブか! それも、俺が中学1年の時に3000円で買って高校卒業まで乗っていた、1967年型のおっぱいカブじゃないか!?」


 それは、紛れも無く厳の初めての愛車。

 1967年型ホンダ・スーパーカブC50であった。



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