ルポ・8:ティニィ・メカニクスを捕獲せよ

 野ブタと野菜のスープと焼肉で朝食を済ませた後、厳は三羽のハルピュイアと共にT型機械生命体ティニィ・メカニクスを捕獲するため、巣から離れた草原まで飛んでいくことになった。


 ちなみに、肩の治療のため昨晩メイリィに破られたツナギとシャツは、手先の器用なハルピュイアの一羽によって、何らかの動物の革を使いササっと補修されている。


「では、行きますよ~!」

「ピュア、あまり先行し過ぎるなよ?」

「マギー、無駄。きっとこのアホピュアは聞いていないから」


 厳を抱きすくめるようにして抱えたピュアと、マギー、メイリィは巣穴の淵に立つ。


「うおお……結構高ぇ」


 巣穴の上、10000メートル以上から落下してきた厳ではあるが、地面から100メートルほどでも高く感じる事には変わりなく。


「まあ、パラセーリングと似たようなものか……」


 かなりビビりつつも、厳は飛ぶ覚悟を完了させた。

 が、その覚悟は飛び立った瞬間に崩壊する。


「きゃははははは!!」

「おわあああああ!!」


 巣の淵から飛び立つと同時に、ピュアは斜めに急降下してスピードを稼ぎつつ樹海の木々の間を縫うようにして地面スレスレまで高度を落とし。

 その勢いを保ったまま、翼をはためかせると今度は急上昇する。


「そ~れっ!!」

「のええええええええ!?」


 そうしてあっという間にスピードを乗せ、マギーとメイリィを置いてけぼりにしてしまったのだ。


「あ~っはははははは!」

「はいりはいりふれはいりほーっ!!?」


 しかも、はしゃぐピュアはただ飛ぶだけではなく空中回転、急降下、急上昇、きりもみ等々……


 ブルー・インパルスも真っ青の曲芸飛行を、時速にして300キロを超えるようなスピードで行うのだから生身の厳にしたら溜まったものではない。

 声も枯れよと叫ぶばかりでなく、朝食べたばかりの野ブタ料理をキラキラと空中散布する羽目に陥ってしまった。

 そんな状況で30分ほども飛んだだろうか。

 

「うん、この辺りなのです!」


 巣から150キロほど北に離れた草原に、厳を抱えたピュアは降り立つ。


「ひーひー……死ぬかと思った。つーか、何度か死んだわマジで……地面に足がついているって素晴らしい……」


 腰の高さほどの草に覆われた草原の中、厳は地面に突っ伏して荒い息を吐くのだった。


「ゲンは根性なしですねぇ」


 そんな厳を見下ろすようにして勝ち誇るピュア。

 ドヤ顔で張る巨大な胸がプルンと揺れる。

 

「いや、根性の有り無しとか関係ねーがら!」


 揺れるピュアの爆乳を凝視しつつも、真顔で突っ込む厳である。

 ちなみに、一緒に来るはずのマギーとメイリィはブッチギったまま、まだ追いついてこない。


「ピュアはまだ余裕綽々って感じだが、マギーとメイリィは影も見えないな……」


 厳が体を起こして今しがた飛んできた方向へ視線を向けても、二羽の姿はまるで見えない。


「ったく、やっぱメイリィに連れてきもらえば良かったぜ……」


 厳はピュアに聞こえないよう、小声でごちる。

 当初はメイリィが厳を抱えてこの草原まで飛んで来るはずだった。しかしピュアが


「ゲンは狩場までピュアが運ぶのです!」


 と主張して譲らず、仕方なくピュアの好きにさせたのだが……


「それでこのザマだよ……」


 厳を抱えて巣から飛び出したピュアは大はしゃぎ状態となり、マギーとメイリィを置いてけぼりにしてしまったのだ。


「それにしても……」


 ふんふ~ん♪ と機嫌よく鼻歌を奏でながら草原を見渡すピュアを見やり、厳は先ほどまでの飛行体験を思い返す。


「解っちゃいるつもりだったけど、とんでもない性能してるよな、ピュアは……」


 空を飛ぶ事を得意とするハルピュイアと言う種族の中でも、群を抜く能力を持つとはいえ、生身にしてあれほどのスピードで飛行できるとは……

 地球とは違うことわりが働いているこの世界においても、ちょっと規格外過ぎる様にも思える。


「まあ、いずれはこの世界を救う一人……いや一羽? だか一角だかになるはずなんだから、これくらいの規格外さは当然か」


 そして、もう癖のようになってしまった溜息を吐く厳であった。


 穏やかな陽気の中、ようやく落ち着いた厳がよっこらしょと立ち上がると。

 それに合わせたかのように、ようやくマギーとメイリィが降下して来た。


「二人とも遅いのです!」


 ピュアは二羽に向かい、ドヤ顔で言い放つ。が。


「ピュア、いい加減にしろ!」

「……こうなると思った」


 さすがに怒ったマギーがピュアの首根っこを押さえこみ、強い調子で叱り出し。

 そんなマギーとピュアを見つつ、メイリィが呆れた調子で呟いた。


「ふええ……だってあんまり空が青かったからなのですぅ……」

「ワケの解らん言い訳をするな! ゲンが無事だから良いようなものの、私たちと違って人間はひ弱に出来ているのを忘れたのか! もし、ゲンが死んだらどうするつもりだ!!」


 マギーにこっぴどく叱られて涙目になるピュア。

 厳はうんうんと頷きつつそれを見ていたが、グスグスと泣きだしたピュアを見ているとなんだかとても哀れに思えて来てしまい。


「まあ、とりあえず何事も無かったんだし、それくらいにしてやってくれよ、マギー」


 と、取りなしてしまうのだった。


「……お前はそれで良いのか? ゲンよ」


 マギーが、掴んでいたピュアの首根っこを乱暴に放し、厳に向かって誰何した。

 ピュアはそのままふにゃふにゃと地べたに座り込み、厳のツナギの裾を摘まんでくすんくすんと鼻を啜っている。


「う~ん、良いとは言えないが……なあピュア、もうあんな無茶な飛び方はしないよな?」

「……はいなのですぅ」


 大きな瞳からポロポロと大粒の涙を流し、上目遣いで厳を見上げつつ答えるピュア。


「ほら、立てよ」


 厳は何故だか、堪らなく切ない気分になりながらピュアを抱きしめる様に立たせてやった。


「……ふえぇ、え~ん」


 と、立ち上がったピュアが厳にしがみ付きながら泣き出す。


「しょうがないなあ……」


 厳は、自分の胸に頭を擦り付けて泣くピュアの頭を、よしよしと撫でてやった。

 

「ゲンは甘いな」


 その様子を見て、ため息交じりにマギーが呟くと。


「でも、ゲンみたいな人間は見たこと無いよね」


 そう、メイリィが答える。


「……そうだな、この世界の人間とは性質も思考も全く違う。やはり、ゲンが落ちて来たことで運命の歯車が回り出すのは間違いない。メイリィ、そろそろおまえにも話しておかねばならないな」

「……何を?」

「まあ、まずはT型機械生命体ティニィ・メカニクスを捕獲してからだ。そろそろ捜索するぞ」


 メイリィに向かってそう言うと、ゲンにくっ付いたまま離れなくなったピュアを宥めに行くマギー。


「……何か、面白そうな事が起きるみたいね」


 メイリィはそう呟くと、楽し気に微笑んだ。




「では、行くぞ」

「はいなのです!」


 マギーとピュアがふわり、と空に舞い上がり。


「……私たちも行くわよ」

「お手柔らかに頼むよ」


 厳を抱えたメイリィも続いて飛び立つ。


「ピュア、先行してT型機械生命体ティニィ・メカニクスを見つけてくれ。お前の目が一番良いんだからな」

「お任せなのですぅ!!」


 そして、マギーの指示を受けたピュアはフンス、と鼻息を荒くして草原を睥睨しつつ滑空する。

 かなりのスピードで飛ぶピュアの真後ろにマギーがピタリと続き。

 厳とメイリィは、二羽よりもかなり高い位置からその様子を見下ろした。


「T型機械生命体ティニィ・メカニクスってのは、こういう草原に居るものなのか?」


 高度は数百メートルほどになるだろうか。

 パラセーリングの経験もある厳はもう空に慣れたようで、落ち着いた声で自分を抱えて器用に空中静止するメイリィに問い掛けた。


「そうね……この辺には油が沸く穴がたくさん有るから、それ目当てに集まってくるみたいね」

「油が沸く? 油ってのは、石油のことか?」


 厳はそう聞き返しつつ、改めて草原を見渡してみる。と、青々とした草原の所々に、何やら黒い点のような場所が見えることに気付いた。


「せきゆ、というものが私たちで言うところの油と同じものかは解らないけれど、主にT型機械生命体ティニィ・メカニクスD型機械生命体デー・メカニクスになるみたいよ」

「……なるほど、そうなのか」


 メイリィの説明に頷きつつ、厳は思考回路を回転させる。


(機械生命体だから、油が燃料になるってことか? とりあえず、その油がどういうものか見てみたいな)


「なあ、メイリィ。後でその油の沸いている穴に行ってみたいんだが……」


 メイリィの顔を見上げ、厳がそう頼んだ時。


「ピュアが、T型機械生命体ティニィ・メカニクスを見つけたみたい」

「え?」


 メイリィの呟きに厳が視線を下に戻すと、先ほど厳を抱えていた時とは比較にならない速さで急降下を始めたピュアの姿がチラリと見えた。



 

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