ルポ・7:ハルピュイアたちのトイレ事情

 話が完全に終わったわけではないが、厳があまりにも多い情報量に音を上げたのでひとまず終わりにし、一度休んでから話をしようと言う事になった。


「では、お休み。良い夢を」


 厳に向かって含み笑いでそう言いつつ、マギーが自分の小穴に向かおうとした時。


「俺はどこで寝れば良いんだ?」


 と、厳が尋ねる。


「ん? ピュアの寝床に戻ればいいだろう」


 すると、さも当然のようにそう返されてしまった。

 

「ああ、さいですか……」


 厳も、もうどうでもいいや、と投げやりにピュアの寝ている小穴にゴソゴソと潜り込むと。


「ふにゅ~……人間おいしいです……ぬふふふ」


 などと、食欲全開の夢を見ているらしいピュアにあっという間に絡み付かれ、左腕は豊かな双丘の奥に挟み込まれ。

 首筋にはピュアの唇が押し当てられ、体は翼と両足に巻き付かれ、どう見ても捕食寸前という状況に陥ってしまったのだった。


「……まあ、このまま喰われてもそれはそれで一興か」


 時折首筋に感じる硬い牙の感触にちょっとビビッていた厳だったが、だんだん眠くなると同時にある種の境地に達したようで、いつの間にか安らかな寝息を立て始める。


「ンゴゴゴ……う~ん白いワニが襲ってくるぅ……」

「すぴょぴょぴょ……ピュアは初めてだから、優しくして欲しいのです……」


 そして一人と一羽は仲良く眠りこけ、奇妙キテレツな寝言を発し出したのであった。


 それからしばらくの時間が経過し、朝が訪れた。


「すぴょぴょぴょぴょぴょ……う~ん、まだ食べ足りないのです……」

「……朝、か」


 首元から聞こえる奇妙な寝息と寝言に、厳は目を覚ました。

 足元に目をやると、巣穴の中に朝陽らしき光が差し込んで来ている。


「むふふふ……あっちにもう一匹人間が……ピュアが全部食べるのですよ……」

「どんな夢見てんだよ……」


 昨夜、己自身も居眠り中に意味不明な夢を見つつキテレツな寝言を口走り、マギーを呆れさせた厳だったが、それを覚えているわけもなく。


「とりあえず、喰われちゃいないようだな」


 厳は、ピュアの唇が当たっている首筋辺りの確認を、全身で唯一自由に動かせる右腕で行い、傷や流血がないことを確認する。


「しかし、本当に良い乳してるよな、コイツ」


 その際に少し体が離れ、視界に入ったむっちんプリンなピュアのビッグなバストに厳はゴクリと唾をのむ。


「……」


 しばらくの間、眼福を享受していた厳だったが。


「……いかん、俺のマイサンが水分排出を主張し始めてしまった」


 強い尿意を催し、排出するために涙を呑んでこの桃源郷から出ようとした。


「……う、動けん」


 だが、がっちりとピュアに固められていて、ほとんど身動きが取れず脱出に失敗したのだった。


「おい、ピュア。起きてくれ」

「うにゅう……」


 仕方なく、ピュアの耳元に唇を近付けて囁いてみるものの、お約束通り起きる様子は全くない。


「ぐむむ、これはマジでヤバいかもしらん……」


 そして迫り来るダムの決壊。


「ちょ、まずい……くそ、なんとかせねば。ふぬううううう!」


 脱出のため、唸り声をあげてクネクネグネグネと厳が芋虫のようにうごめいていると、


「……何をやっているの?」


 穴の外から声が掛けられた。


「え?」


 厳が声の主へと視線を向けると、それは昨晩肩の傷に薬を塗り込んでくれた、色々とミニマムなハルピュイア、メイリィであった。


「えーと、メイリィだったよな? トイレに行きたいんだが、ピュアに絡み付かれて身動き取れないんだ。すまないが、なんとか俺を引っ張り出してくれないか?」

「といれ……? なに、それ」

「うわあ、トイレ無いんか! えーと、おしっこしたいって言えば解るか?」

「ああ、そういうこと。解ったわ」


 そんなやり取りの後、厳はメイリィによって多少強引に引っ張り出される。


「あいててて……まあ、昨夜のマギーよりは優しい引っ張り出し方で助かったよ、ありがとう。ところで、どこですれば良いかな?」


 力任せのマギーよりはいくらかマイルドなメイリィに感謝しつつ、厳が尋ねると。


「広間の一番奥にある大き目な横穴の中に竪穴が開いているから、その穴の中にして」


 と教えてくれた。


「サンキュー!」


 もはや一刻の猶予もならぬ厳が急いで広間に向かうと、もうかなりの数のハルピュイアたちが目を覚まして広間に出ている。


「あ、ピュアの捕まえて来た人間」

「ピュアは交尾したのかな?」

「じゃあ、私たちも交尾出来るのかな?」

「でも、ニシル岩山から落ちて来たんでしょ?」

「やっぱり普通の人間じゃないのかな」


 小走りに通り過ぎる厳を見て、キャイキャイと騒ぐハルピュイアたち。


(なんとなく、通学中の女子高生に罵倒されているような気分になるな……ヤバい、なんか気持ちいいかもしらん)


 下種な事を考えながら、メイリィに教えてもらったトイレらしき横穴にたどり着く厳。


「お、ここだな」


 そして、その中に入った時。


「……こ、これは……!?」


 そこには、大きな竪穴の中に向かい、しゃがみこんで余剰水分および固形分を排出する数羽のハルピュイアの姿があった。


「マジかよ……」


 見たところ、人間の年齢にして5歳から20歳以上までに見える、バリエーション豊かな美しきハルピュイアたちが恥ずかしげもなく排出行為に励んでいる。


「……やるしかないのか」


 厳は覚悟を決め、竪穴のほとりに仁王立ちすると、もはや猶予はならぬと主張する息子を取り出して水分排出を始める。

 と、付近にいるハルピュイアたちの視線が厳の息子に集中し。


「……新しい世界の扉を開いたかも知らん」


 水分排出を成功させつつも、厳本人の意思を無視して増長する己の息子に恐れ慄くのだった。

 


 ミッションを無事に終えた厳が、一緒に排尿を済ませた幼いハルピュイアに教えてもらった水の湧き出る穴で手を洗ってから広間に戻ると、そこにはピュアとマギー、メイリィが待っていた。


「おはようなのです!」

「よく眠れたか?」

「漏らす前におしっこ出来た?」


 元気よく挨拶するピュアはアホ可愛いし、改めて明るい朝日の差し込む中で見るマギーは落ち着いた大人の女と言う感じだが。


「ああおはよう。よく眠れたと思う。つ-か、メイリィさん直球過ぎませんかねぇ?」


 半笑いで聞いて来たメイリィに向かって、厳は白目を剥いた。


「さて、ゲン。朝食を済ませたら、私たち三人と一緒に出掛けるとしよう」

「ごはんなのです! 昨夜はなんだかんだでまともに食べてないのでおなかすいたのです!!」

「え、私も行くの?」


 マギーの言葉に、メイリィが尋ねる。

 ピュアは何も考えていないようだ。


「ああ、私とピュアだけでも問題ないとは思うが、昨日ピュアが言っていた通り、最近この辺りにF型機械生命体エフ・メカニクスが多く出没しているのでな。まあ、用心のためだ」

「……そう。解ったわ」

「お出掛けなのです! 狩るのです!!」


 マギーとメイリィは何やら企んでいるようである。


「なあ、どこに出掛けるって言うんだよ。あと、ピュアが狩る、とか穏やかじゃないことを言ってるけど、何を狩るつもりなんだ? 野ブタとかか?」


 ものすごく嫌な予感に背筋を寒くしつつ、恐る恐る厳が尋ねると。


「うむ、とりあえず手近な所でT型機械生命体ティニィ・メカニクスをいくつか見繕ってお前との相性を見て、良さそうな個体が居たら捕獲するつもりだ」

「捕獲そのものはピュアがやって、マギーは万が一のサポート、私はあなたをガードするから」

「全部ピュアにお任せなのです!」

「……は?」


 どうやら、厳に拒否権はないようだ。


「……俺、いったいどうなっちまうんだろうか?」


 厳は天井を仰ぎつつ、ここに来てから何度目かの盛大な溜息を吐くのだった。


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